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小説:バンビィガール<2-8>壮絶なコンテストバトル #note創作大賞2024


 4月25日。投票最終日。
 朝の目覚めはスッキリとしていた。
 洗顔後のお手入れはささっとして、トーストを焼き、マーガリンを塗って、グラニュー糖をまぶす。飲み物はホットのミルクティー。食器は真っ白で、マグカップも白。えもなにもない朝食を一人静かなキッチンで「いただきます」と手を合わせ、食べる。

 自室に戻り、ノートパソコンを立ち上げると<第8期バンビィガールオーディション>の文字が目に飛び込んでくる。やはり夜中に爆弾や攻防があったようで、かろうじて1位だったけれど2位との差はないに等しい。
 1位:5番 紺野あおい 9502票
 2位:2番 浜村凛   9488票
 3位:8番 深瀬愛奈  8866票
 深瀬さんは正直巻き返せないのでは、と分析しているので、申し訳ないけれど観察対象からは外れている。私と浜村さんの一騎打ちだ。
久しぶりにチャットアプリで誰かいないかなと立ち上げると、珍しくミクがオンラインだった。

『ミク、おはよ』
『うわ、びっくりした。おはよー』
『仕事どう?』
『今は比較的落ち着いてるー。今日やね、最終日』
『うん、最後まであきらめんよ』
『よく言った! 今日は一日チャット立ち上げっぱなしやと思うから気軽に話しかけてー』
 ミクのアイコンが一旦取り込み中になる。
「いいお天気やな」
 東の窓から差し込む陽の光がベランダの手すりをキラキラ光らせている。窓を開けると爽やかな風が部屋に入ってくる。
 何だか気分がいいので、一枚CDを手に取り、コンポに読み込ませる。高校時代から大好きなロックバンドの春ソングは、今日みたいな日にぴったりだ。
 ――そんな気持ちの良い朝は、すぐに緊迫した状況に変わる。
 スマートフォンのバイブレーションがルームワンピースのポケットの中で響く。慌ててスマートフォンを取り出すと、連合軍への書き込みが10件。こんな朝からどうしたんだろうと書き込みを確認する。

「……え?」

『やばい、あっちは朝から爆撃かましてきてる!』
『しかもものすごい量やねんけど!』
『ちょっと待って、3位の8番さんも巻き返してきたー!!』
『逃げて、超逃げてー!!』

 さっき見た時は僅かながらにリードしていたのでは、と慌ててパソコンをリロードすると、そこには衝撃的な数字が並んでいた。
 1位:2番 浜村凛   9705票
 2位:5番 紺野あおい 9502票
 3位:8番 深瀬愛奈  9002票

「うわ、まじか」

 一気に差をつけられた。でも、ここは耐えどころなのかもしれない。
 即座にスマートフォンの方でスクリーンショットを撮って、SNSにアップする。

【20XX/04/25
 おはようございます。紺野あおいです。
 最終日、どうぞ応援の一票をお願いいたします!
 投票終了時間は18時ですので、17時45分までには投票をお済ませください!!
 #紺野あおい
 #バンビィガール
 #バンビィガールコンテスト
 #奈良】

 次にメールを友人知人に一斉送信する。
『お友達、ご家族、そのお友達、誰でも結構です、今日だけお力をお貸しください!』

 チャットアプリが光っている。ミクだ。
『ちょっとちょっと、ちょっと見ない間になんでこんなことに!?』
『わからんけど、一気に突き放す作戦に変えてきたんやと思う。今は先生も仕事中やから動けへんし、私一人で色んな所に呼びかけ中』
『うちの同僚にも呼び掛けるわ。今日だけならお願いしやすいし』
『ありがとう、助かる!』

 連合軍のトピック書き込みが止まる。
 浜村さん陣営はドカン、と一発大きな花火のような投票のあと、全く票が動かなくなったのだ。
 203票差。大丈夫、ひっくり返せる。
 紺野陣営はポツリポツリと票が入っていく。人はそれを「微々たる」と表現するのだろう。でも私にとっては違う。

「ありがとうございました!」

 今までで一番大きな声でお礼を言う。
 そして、連合軍のトピックに書き込みをする。
『皆、いろいろ報告してくれてありがとう。投票できる人はもうしちゃってください!
 17時45分爆弾にお付き合いできる方は、それまでちょっと耐えてて(苦笑)』
 
 入力し終えると、チャットアイコンが光っていることに気づく。あれ、ミクかな? と開くと

『せんぱーい、大丈夫ですか!?』
 なんと女王からだった。
『大丈夫だけど、アナタ授業は?』
『授業中ですよ(笑)』
『真面目にやりなさい』
『いたって真面目な学生です。で、せんぱいは大丈夫なんですか?』
『驚いたけど大丈夫』
『うわお!!』
『どうした女王』
『得票数すごいですよ! 見てください!』

 ああもう忙しいなあと、バンビィガールコンテストのページをリロードすると

 1位:5番 紺野あおい 9735票
 2位:2番 浜村凛   9710票
 3位:8番 深瀬愛奈  9022票

 え、どういうこと? うちにも爆弾があったってこと?
 私は呆然とする。一体これは何? 夢?
 自分のほっぺたをつねると、痛い。夢ではないらしい。
 ひりひりとした痛みをさすって誤魔化していると、今度はスマートフォンが震えている。

『どう? 俺が用意した爆弾は』
「犯人、アンタかい!!」
 思わず声にして叫ぶ。メッセージの送り主はアキヒロだった。
『アキヒロやってんな……びっくりしたわ』
『うちの会社の同期の結束力なめんなよ! 毎日投票もお願いしたけど、最後の日だけは同時刻に頼むわーって』
『いやいや、事前に教えてくれへん?』
『隠し弾あったほうがええやろ? しかも同期の家族にも根回し済♪ 今本社で全員が研修しててよかったわー。同期メッチャおるからな』
 そのメッセージの後に、ひょうきんな笑顔のスタンプが送られてくる。
 アキヒロは私より3学年年下で大学院卒。この春から新社会人なので、なるほど、と納得。
『可愛い可愛いあおいちゃんのために、ボクがんばりました! ほめてほめて』
 何をいってんだこのひと、と思いつつ「ありがとう」のスタンプを送る。
 普段も連合軍でもぶっきらぼうな話し方のくせに。
 私はチャットを女王に送る。
『女王、犯人分かったわ』
『犯人?』
『さっきあったウチの爆弾の犯人。おにぎりだったわ……』
 おにぎりはアキヒロのSNSでのニックネーム。連合軍にももちろん参加している。
『あー、おにぎりさんでしたか。あの飄々とした』
『飄々……いい表現やね』
『あ、また2番さん爆弾投下ですね。小さいですけど』
『皆平日なのにすごくアクティブね……』

 恐らくだけれど「最年長ババアにモデルが務まるか勢」という一定数のアンチがいて、私ではなく浜村さんに投票している気がする。
 それなら立ち向かうのみ。かかってこい!
 あ、なるべくお手柔らかに……と心の中でお願いしたのは皆には秘密。

 午後も激しい攻防が続く。
 でもなんとか1位を守っている。お願い、17時45分爆弾までは耐えて欲しい。

 私は新たにチャットルームを作成して、ミクと女王を招待する。
『アオ、私無理や……見てられへん、怖い!』
『私は勝利の女神は必ずせんぱいに微笑むと思ってます!』
 早速、両極端な二人がチャットルームに現れる。
『あと5時間耐えよう、私も頑張る』
『あ、私クラスメイト並びにゼミ生巻き込んでますので、17時45分爆弾、前回より増えます(にやり)』
『私も同僚に一斉メール送ったで!』
『社内メールで!?』
『だいじょーぶだいじょーぶ、こんなの上司も全然気にせえへんって』
 気にせえへんのは、ミクだけやろ!? という言葉をぐっと飲み込んで、すっかり冷めてしまったミルクティーも飲み込む。
「あと、5時間って長いなあ……」
 スマホを握ったままベッドに倒れ込み、うつ伏せの状態で呟く。
 毎年毎年バンビィガールコンテストの投票はチェックしていたけれど、こんな1万目前の投票は、見たことがなかった。
 そして最初に1万票を達成したのは――。

『やられたー!!』
『まじか……』
『でも5票差! 5票差だよ!』
 連合軍のトピックが騒ぎ出す。
 5票差で、先に1万票を集めたのは浜村さんだった。少し遅れて私も1万票を獲得。
 各陣営のプライドは相当なものだった。粘り合いがすさまじい。
 時計の針が16時半を指した時、こちらも誰が仕掛け人か分からない投票爆弾を落として、浜村さんを突き放した。
 これは誰がやったんだろう?
『今の爆弾は誰やろ……』
 ミクが困惑したようなチャットを送ってくる。
『私の周りじゃないですね。でもラッキーですね』
 女王はよかったよかったとばかりにチャットに書き込んでいる。
『あ、もしかすると』
 それだけチャットに打ち込んで、私は心当たりに電話した。

「お父さん? 今大丈夫?」
『なんや、お前さんか。出先やけど大丈夫やで』
「今、何かした?」
『ああ、お前さんが作ったチラシを旅行社に見せたら、その場にいた全員が投票してくれてな』
「それだー!!」
 私の叫び声に、なんやなんやと戸惑うお父さん。
 お父さん!! いいえお父様!!
 ナイスタイミングですわー!! と何故か心の中でお嬢様言葉を使うくらい大感謝。
 旅行社の名前を聞いたら、とんでもない大手企業だったのでありがたいやら、恥ずかしいやら。お父さんのお仕事の付き合いがある交通社さんの方も毎日投票してくれているのは聞いていたので、しばらくお父さんには頭が上がらない。

 現在の得票数。
 1位:5番 紺野あおい 10205票
 2位:2番 浜村凛   10032票
 3位:8番 深瀬愛奈  9084票

 でも簡単には勝たせてくれないだろうな、と思った。
 今までこちらが動けば、あちらも動くというパターンで何回も1位の座を明け渡してきたから。
 17時30分。残り30分になった。
 またしても浜村陣営の爆弾が投下されて、その差は35票。
『しつこいね』
『ここまできたら、もう運だよ』
 連合軍コミュニティではそんな言葉が書かれるようになった。運もあるだろう。でも、今までやってきたことは運では片づけられない。
『皆、もうすぐ本番だぞー!! 準備はいいかー!!』
 私は言葉で皆を鼓舞する。
『オッケーです!!』
『気合い入れ直します!!』
 私は時計を見つめる。17時40分。

『準備できてる?』
『こっちは大丈夫だよ!』
 仕事中なのにミクはずっとチャットに貼りついてくれていた。
『おおっと、もうこんな時間なんですね、支度しますー』
 女王は作業中だったのだろう、恐らくゼミ仲間に声をかけているはずだ。

 17時45分。
「今まで本当に、ありがとうございました!!」
 そう叫んで、私のスマートフォンから投票する。
『過去最高記録じゃね?』
『すごいすごい!!』
 瞬間最大風速が更新された。350票差だ。

 1位:5番 紺野あおい 10701票
 2位:2番 浜村凛   10351票
 3位:8番 深瀬愛奈  9105票

 ――あとはこのまま逃げるだけ!!

『いけ! そのまま逃げ切れ!!』
『くそー、相手がついてくるよー』
『どれだけ弾数持ってんの!?』
『逃げてくれえええええええ』

 この間も私に入る票には「ありがとうございました!」と言い続けていた。もう泣きそうだ。こんなにも沢山の人に応援してもらって、私は幸せ者だと思った。この経験ができただけでも、オーディションに参加した価値がある。

 残り5分。
『まだ爆弾あるんかーい!!』
『やばいやばい! 逃げて!!』
『5分が長いよー!』
 連合軍も人が増えて、大騒ぎになっている。
『アオ、大丈夫?』
『大丈夫、見届けてる』
 自分の持ち弾は使ったのだから、あとは見守るだけ。
『せんぱい、最高ですよ。ここまで票伸ばせたことを誇っていいと思います』
『サンキュー後輩』

 残り1分。
 残り30秒

「残り15秒!」
 思わず私は自室で叫ぶ。

 5、4、3、2、1

 1位:5番 紺野あおい 10755票
 2位:2番 浜村凛   10753票
 3位:8番 深瀬愛奈  9289票

 2票差?
 よく確認しようとリロードしたらNot Foundになり、確認できなくなっていた。

『アオ、私には2票差でアオが勝ったように見えたんやけど』
『私も2票差確認しました。ゼミ仲間も同じこと言ってます』
『うん……私もなんやけど、この後の発表っていつか知らないんよね。バンビィガールになってからの予定は聞いてるんやけど(笑)』
『えええええ!?』
 二人の書き込みが完全にかぶったのは、時計の針が18時1分を指した時だった。

【20XX/04/25
 こんばんは、紺野あおいです。
 まずは、この一ケ月間応援してくださり、ありがとうございました!
 結果はまだ分かりませんが、悔いはありません。
 スリリングでハラハラして落ち着かない日々ではありましたが(笑)。
 ちゃんとした結果が出たら、こちらでもお知らせしますので、どうか祈っておいて下さい。
 改めてありがとうございました!
 #紺野あおい
 #バンビィガール
 #バンビィガールコンテスト
 #奈良】


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