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恋愛小説、書けません。/Lesson11:「女性心理が分からない二次会」

「結婚式の二次会」という世界は耀介の理解の範疇を超えていた。
 池本側の独身男性が数人、香澄側の独身女性が数人、そこに池本夫妻が加わって10人弱。最近流行しているらしい『創作居酒屋』が会場だった。掘りごたつ式のテーブルに窮屈そうに座る参加者。

 二次会の幹事は池本の会社の同僚。
「改めて、池本くんと香澄さんの結婚に、乾杯!」
「かんぱーい!」
 それぞれがグラスを高々と上げ、近場の人間とグラスを重ねる。耀介の普段の生活では考えられない周りのテンションの高さ。耀介はついて行けず、自然と無口になってしまう。最近アルコールでとんだ災難を食らったばかりなので慎重に飲む。

「菅原さん、ですよね? お隣いいですか?」
 その声で視線を上に向けると、長い髪を綺麗にアップにした愛嬌のある笑顔の女性が立っていた。
「どうぞ、ちょっと窮屈ですが大丈夫ですか?」
「ええ、平気です」
 ……この人が香澄さんの言っていた「俺と話がしたい」と言っていた女性なのだろうか? と耀介は考えながらも、いつもの外面の良さで女性を隣の席に促した。
 しかし、耀介は何を話していいのか分からない。暫くはその女性と一言も会話をしなかった、のだが。
「菅原さん、池本さんと同い年なんですよね?」
 女性の方から切り出した。時間にしておよそ1分半程度だ。
「ええ、中学高校が一緒でした」
 会話が続かない。質問に対して答える事は出来るが「池本の同級生」から話を膨らませるのは難しい。耀介が考えあぐねていると
「申し遅れました、私は香澄の高校時代の友人で松永まつながと申します」
 耀介があまり女性に慣れていない事に気が付いたのだろうか? 松永と名乗った女性が会話の主導権を握る。
「菅原さんは、今ご結婚は?」
「いいえ、気ままな独身ですよ」
「そうなんですか? 意外でした」
 一体どういう質問なのだろうか、と耀介はビールグラス片手にまた考える。二次会に来る面子メンツは大抵未婚が多いと聞いた事があるが、既婚者も参加する事があるのだろうか。それよりも何よりも、今回の二次会は独身限定だと確か言っていただろう?
「今の時期、本当に結婚ラッシュなんです。私達の年齢は。また来月も高校時代の友人が結婚するんですよ」
「そうなんですか。松永さんぐらいお綺麗だったら直ぐに結婚を申し込む方もいらっしゃるのでは?」
 上辺だけの会話に耀介は更に微妙な気分になる。これなら香澄や目の前の松永という女性と同い年の絢乃に「こら耀介何考えてんのよ!?」と怒鳴られている方がマシかもしれないと真剣に思っていた。
「何を仰るんですか、お上手なんですね」
「いえ、本当にそう思いましたので……」
 微笑む顔は悪くない。寧ろ上質だ。しかし耀介は奇妙な感覚に襲われていた。
 香澄に頼まれた手前こうやって会話を続けているが、もし本心なんて曝け出そうものならば、考えただけで末恐ろしいと耀介は身震いをする。なかなか女性の気持ちは分からない。きっと分かっていたなら、既にプロットぐらいは木下に見せているだろう。
「お静かなんですね。池本さんのご学友とお聞きしていたので賑やかな方が集まるのかと思っていたのですが、菅原さんはまたタイプが違うのですね」
「昔から良く『とっつきにくいタイプ』と言われていたので、友人関係を続けてくれている池本には感謝しています」
「とっつきにくい、ですか? そんな風には思いませんよ、私は」

 何故だろう。最後の「私は」に力が込められているように聞こえた。

「おー? 何だか松永ちゃんと菅原、いい感じじゃねーの?」
「もう隆文! 調子に乗り過ぎ! ごめんね、エミ。菅原さんも」
 酔っ払った池本の茶々に香澄が怒る。エミ、と香澄に呼ばれた女性は満更でもなさそうな表情。耀介は一気に酔いが醒めてしまった。狭い席で様々な男女が攻防戦でも繰り広げていそうな世界に、耀介自身が醒めてしまったのだ。

 俺は、池本夫妻を祝う為に来たのだから。香澄さん、申し訳ない。
 そこで耀介は奥歯を少しだけ強く噛み締める。
「悪い、明日仕事だから俺はお先に」
「菅原ー付き合い悪いぞ!」
 池本は相当出来上がっていたが、香澄は何かを察知したのだろうか。
「じゃあ私、外までお送りします!」と叫んでいた。

 香澄と二人、エレベーターの中で会話が始まる。香澄は溜息をひとつ吐くと、本題を切り出した。
「すみません、私の我儘でお引止めしちゃって」
「いえ、大丈夫です」
「エミ……あ、菅原さんの隣に居た子なんですが、悪い子ではないんです。ただ周りがどんどん結婚していくのを見て、焦っている様子があったものですから……菅原さんに不快な思いをさせてしまったのではと」
「大丈夫ですよ」
 やはり池本には勿体無い。何故耀介が帰ると判断したのかを香澄は分かってくれていた。
「隆文が調子に乗っているのをセーブしながら、見ていました。あれでは菅原さんが帰りたく気持ちも分からなくないですよ」
「そんな、松永さんにはお詫びの言葉をお伝え下さい」
「……菅原さんはお優しいんですね。ちょっと隆文に教えてやって下さい!」
「アハハハ! そうですか? 池本の方が僕より数倍優しい奴だと思いますよ」
 エレベーターが一階で止まる。
「今日は香澄さんの綺麗な姿が見られて嬉しかったです」
「こちらこそ、菅原さんに見守って頂けたこと、感謝します。また新居にも遊びに来て下さいね」
「ええ、是非。香澄さん、ワイン好きでしょう? いいやつを持っていきますよ」
「じゃあ、楽しみにしていますね」
 それでは、と耀介が頭を下げて顔を上げると、香澄は深々とお辞儀をしたままだった。

「ああやって出逢いのない男女が交流して、その内恋愛に発展……か。俺には到底理解出来ない世界だな」

 いつもの独り言を呟きながら、耀介は駅へと歩いていった。


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