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恋愛小説、書けません。/Lesson12:「高見さんの結婚願望」

「それではこちらお預かりしますね」
「宜しくお願いします。ご足労をお掛け致しました」
「いえいえ、とんでもございません」

 耀介の自宅、編集者との打ち合わせ用の部屋で隔週連載の原稿を高見に預ける。どうしても仕上げなければならない優先原稿が他社であった為、高見が耀介の自宅に取りに来てくれた。

「あの、高見さん」
「何でしょうか?」
 絢乃とは違ったタイプの可愛らしさの笑顔で、高見が耀介に微笑む。
「高見さんには……結婚願望はおありですか?」
「突然どうなさいました!?」
 高見の発言はもっともで、原稿を取りに来たのに自分の結婚願望について尋ねられるとは夢にも思わず……しかも独身男だ。高見が身構えると耀介が慌てて
「すみません! 藪から棒に。実は先日、旧友の結婚式に招待されまして、その時の花嫁さんが凄く綺麗で感動してしまいまして。しかし男性はタキシードなど余り好んで着たりはしませんから、女性はああいう美しいドレスに惹かれるのかなと男心では理解できない部分を高見さんにお尋ねしたんです。僕はずっと恋愛や結婚と無縁の畑を歩いてきてしまったので……」
 耀介は照れ臭そうに笑う。
 ああ、成程と高見が納得した。耀介が次回作の恋愛小説で行き詰っていることは知っていたので「それならお話しますね」と耀介が出した緑茶を一口飲んでから語り始めた。

「私は付き合って二年になる彼氏がいるんです。でも……憧れはあっても、まだまだだなあと思います」
「まだまだ、とは?」
 耀介は既にメモ用紙を片手に、完全に取材モードになっている。
「まだ社会人として未熟ですが、この仕事にもやり甲斐を感じますし誇りにも思っています。菅原さんの担当にして頂けたことも私の中で自信に繋がりました」
「そう言って頂けるなんて恐縮です」
 耀介は高見がお世辞を言うタイプではないのを知っていたので、その言葉がとても心に沁みた。
「ただ、やはり現実問題として……もしも素敵な結婚式がしたいな、と私が望んだ時には金銭面でも大変じゃないですか。知ってますか? 結婚式、披露宴、その他諸々の平均支出データ」
 新しい情報だ。耀介は「いいえ、全然知りません」と言うと高見が「平均で330万円から400万円程です」と答える。
 何、じゃあ池本はそんな金をきっちり用意してあの挙式を!? と内心驚いていると、高見は更に続ける。
「ケースバイケースですからあくまでも参考金額です。ただ、それだけじゃないんです」
「何か高見さんにはこだわりがあるのでしょうか?」
「ご祝儀でチャラになる事もありますけど……やはり自分達の式ですから、人のお金をあてにするような事はしたくないね、とは話しています。『結婚したいと思っても出来ない』が正確な答えですね」
「成程」
「彼は年上ですが、そこまで高収入でもありませんし、ほら今どこの業界も景気がいいわけじゃないので。それに彼は仕事にも理解を示してくれているので私の夢を知っているんです」
「夢、ですか」
「ええ。私自身いつか一人前の編集者になって、作家さんと一緒にベストセラー小説を作りたいんです」
 そう話す高見の目は、恋愛の話よりも仕事に恋をしているような、そんな輝きを放っていた。それは耀介にとって眩しいものだった。
「高見さんは志が高いのですね」
「そんなことありませんよ! 夢のまた夢です。今は小間使いかもしれませんが、しっかり土台を固めて走って行きます」

 高見の言い切りは力強かった。
 先日の二次会の女性より、こういう直向ひたむきな女性の方が男性は惹かれるのだろうか。耀介の好み、贔屓目かもしれないがそう思った。そして高見と交際している男性を少しばかり羨ましくも思えた。
「いつか、高見さんが綺麗な花嫁姿になった時は是非僕にも見せて下さい」
 耀介が微笑むと、高見が顔を赤らめた。
「菅原さんにそう言われると、物凄く恥ずかしいですよ?」
「そうですか?」
 高見の発言の真意が見えなかったので耀介が首を傾げると、高見はそれこそ歳相応の女性の笑顔で説明し始める。
「菅原さんはきっとお気付きじゃないだけなんですよね。知ってますか? 社内での菅原さんのお話」
「僕の……話ですか?」
 まさか伊田滝登という事がばれてしまったのか? と眉間に皺を寄せると
「ご心配なく、菅原さんが伊田滝登先生と言う事は関係者以外誰も口外していません。出入り業者さん、という位置付けで私と接しているとは説明していますが……凄いんですよ、菅原さんファンの多いこと!」
 高見がやたら興奮しながら話すので、耀介は何事かと思ってしまう。
「ファン……ですか」
「良くある先輩や他校の生徒で格好良い人や憧れの先輩が居た時のノリに近いですね。私、やっかまれてますよー。同期にも『あの人彼女いるのかな?』って探りを入れてくる子いますもん」
 完全に少女漫画の世界だと思った。遠くで騒がれても、実際に言ってもらわないと気が付けないような、寧ろ言われても気付くかどうか分からない男なのにと、耀介は少し残念に思う。
 しかし、池本の結婚式に参列してからだが、耀介の頭の中で「恋愛」と「結婚」、両方を絡めた小説はどうだろうかと考えるようになっていた。そして男子校だった耀介にとって、高見が話す「憧れの先輩」の話は新鮮だった。

「あ、長居してしまいました! 申し訳ありません!!」
 高見が腕時計を見て、若干青い顔になる。彼女は入社して二年目だったはずだ。色々と慣れない事もあって苦労もしているだろう。耀介はそれこそ笑顔で高見に話す。
「いえ、小説のヒントを頂けて感謝します」
「ヒント、ですか?」
「ええ。僕自身分からない事だらけなのですが、高見さんのお話が興味深く参考になりました。有難うございます」
 その言葉に、高見がエールを送る。
「『伊田滝先生』が恋愛をどう描くのか、楽しみにしていますね」
「そう言われると、頑張らないといけないですね」
 耀介がそう言うと、お互いに笑い合った。
 もうすぐかもしれない、俺だけしか書けない恋愛小説を――。耀介は小さな手応えを感じ始めていた。


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