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小説:バンビィガール<5-3>夏のイベントはマシマシで #note創作大賞2024

 日曜日。
「よし」
 私は飾り帯紐をしっかりと締める。
 濃紺に朝顔がプリントされている浴衣に、紫の帯。飾り帯紐はオレンジで。
 髪の毛はおだんごスタイル。カラン、コロンと下駄が鳴る。
「風流やねえ」と知らないおばさんに言われて、思わず照れ笑い。
今日は全国金魚すくい選手権、奈良県予選大会だ。
事前にインターネットでポイの選び方や金魚のすくい方や攻略法を調べて勉強した。とはいえ金魚素人なので、予選通過できるなんて思ってはいない。
電車に乗って、近鉄郡山駅まで向かう。
浴衣を着ているのが私だけなので、電車の中でかなり浮いていた。

 一週間の休養はほとんど眠っていたので、疲れが溜まっていたのだと実感した。不思議なことに誰からも連絡がなく、睡眠の妨げになることもなかった。
 眠ることでデトックス効果があったのだと思う。今は元気いっぱいだ。

 大和郡山駅の改札でバンビィ号を見つけ、乗り込む。
「おはようございます!」
「おはよう、あおいちゃん」
「おはようございます」
 渚さんに永井さん、そして椿さんが挨拶してくれる。
 今日の団体戦は、渚さんと永井さんと3人1組で参加することになっている。椿さんは動画担当だ。「時間があれば私も応援に行くー」と矢田さんが言っていたよ、と渚さんから聞いて笑ったりしながら、車は大和郡山の山の中にある体育館へ。
「うわあ、人がたくさん!」
 思っていたよりも盛況で驚く。体育館の外では普通の金魚すくいも出店されている。屋台もあってお祭りだ。
「はい、これゼッケンね」
 渚さんが受付を済ませて、ナンバリングされたゼッケンを渡してくれる。それを安全ピンで胸と背中に留めて、気合いは十分。
「団体戦、選手入場です」のアナウンスで、私たち団体戦参加者は行進しながら会場入りする。浴衣姿の人もチラホラいて、少々安心する。渚さんたちは奈良うまうま市でも着用していた月刊バンビィの特製ポロシャツ。
 椿さんが「意気込みをどうぞ」とカメラを向けてくるので、私は「目指せ10匹! です。頑張ります!」と答えた。
 ルールはポイを選ぶ時間が1分、そして3分間にポイひとつで何匹すくえるか。
 私は既に用意してきたバッシュに履き替えている。これもルール。靴は体育館シューズやスニーカーと決まっていて、風情はないけれど仕方ない。細かいルールもたくさんあって正直覚えられないけれど、非常識な金魚すくいのやり方じゃなければ大丈夫そうだ。
「緊張しますね」
 永井さんがどうしよう、といった表情でカチコチに緊張しているので「私も初めてなので緊張していますよ」と伝える。
「渚さんは何回目ですか、参加」
「私は3回目かな」
「おおう、プロフェッショナル」
「そんなことないわよ」
 渚さんが照れている。聞けば渚さんは最高20匹すくったとか。これは期待できそうだ。
 各水槽には審判員の方がいて、事前注意などを教えてくれる。
「よーい」
 笛の音が鳴り、競技スタート。競技は片手のみで行うので、ボウルが近くにないときはポイを持っている手で手繰り寄せなければならない。それが意外と難しく、すくった金魚を逃がすことが多々。渚さんも永井さんも私も無心で金魚をすくっている。

結果、月刊バンビィチーム、渚さん13匹、永井さん5匹、私4匹……。

「予選突破ならずです、無念!」
 椿さんのカメラに向かって悔しいアピール。
「皆さんお静かすぎて、困っちゃいましたよ」
「いや、あの空間では無言が正解だからね」
 椿さんと渚さんが会話している中、永井さんが私の肩を指でつんつん、と突いてきた。
「惜しかったですね」
「はい、残念です……私が皆さんの足ひっぱっちゃったので反省中です」
「そんなそんな! 紺野さんが一生懸命だったので私も集中できたんですよ!」
 新卒らしい愛らしさで、永井さんが力説してくれる。
「ありがとうございます。そう言っていただけると報われます」
「あの、以前からお聞きしたかったのですが」
「何でしょう?」
「ダンス、お上手ですよね。何かコツってありますか?」
 永井さんもバサラ祭りのバンビィチームに参加している一人だ。
「上手いだなんて! アイ先生や泉原さんならともかく」
「いえ、私は紺野さんのダンス、好きなんです。こう、ピシーッと止めるところは止める、メリハリがすごく格好いいです」
「ありがとうございます! そう言ってもらえると頑張れます。今日も練習ですし、本番まで一緒に頑張りましょうね!」
 私がグッドサインを出しながら話すと、永井さんも笑顔でグッドサインを返してくれた。

 今日は荷物が多い。練習着に帰るときの服、バッシュなどなど全てナイロン製の大きなバッグに詰め込んでいるからだ。浴衣であることは風流だけれど、このバッグは全然風流じゃない。しかも中学校の修学旅行で使った年季ものときたもんだ。荷物が入ればこの際何でもいいやと思った昨日の私をぶん殴りたい。
「今日のお昼はどうしようかな」
 軽自動車の車内で、渚さんが運転しながらお昼の話題を振ってくる。
「暑いから、さっぱりしたものが食べたいですね!」
 永井さんが元気よく答える。
「日曜だし、どこも混んでるからMOONでいいんじゃないすかね」
 椿さんが提案したMOONとは「Café MOON」。編集部が入っているビルの1階、ティラミスパフェが絶品のあのお店だ。
「そういえばMOON、冷やしそうめんはじめたよね?」
「カフェなのに、そうめんですか!?」
 私が驚いていると、渚さんが「冷製パスタみたいな感じのそうめんね」と付け加えてくれる。
「た、食べてみたい!」
 私の言葉に「じゃあ、編集部にも戻るしMOONにしますか」と決定した。

「あー、美味しかった……」
「美味しかったですねえ」
「バジルそうめん、ほっぺた落ちるかと思った」
 私と椿さんはバジルそうめん、渚さんと永井さんはトマトそうめんを食べた。マスターは一体何者なのだろう。スイーツも美味しいし、そうめんをあんな風にイタリアンアレンジしてさっぱり仕上げるだなんて。
「じゃあ私、着替えさせてもらいますね」
 編集部で使っていない部屋を借りて浴衣を脱ぎ、練習着に着替える。
 そして大きなバッグを背負い、永井さんと平城宮跡へ向かった。
 7月も中旬を過ぎ、夕方なのにまだまだ空は明るく、暑さも残っている。平城宮跡に入ると緑の匂いが濃くなって、夏なんだなと実感する。
 永井さんのおしゃべりはとても面白く、興味深いものだった。
 インターンで月刊バンビィの事務方を手伝い、最初は事務職にしようかと思ったけれど「雑誌をつくる面白さ」を間近で感じ、編集部に応募したこと。
 まだまだ雑用が多いけれど、毎日が楽しいこと。
 そんな話を聞いていると、私もバンビィガールに応募した頃の緊張とワクワクを思い出し、初心に帰れた。

 いつもの場所に、いつものメンバー。
「あおいちゃん! 永井ちゃん!」
「アイ先生!」
 私と永井さんは、アイ先生の所へ一目散に走る。
「あおいちゃん、心配してたんやでー!」
「アイ先生、痛いです……」
 アイ先生が全力で抱きしめてくれるので、結構痛いけれど、とても嬉しい歓迎だった。
「今日も頑張って練習しような!」
「はいっ」

 ――本番まで一ケ月ちょっと。気合い入れ直し。

「お母さん、衣装どうかな」
「ええやんええやん、シックやけど目立って、ええ感じやわ」
 夜、バサラ祭りの練習から帰ってきて即お風呂に入り、衣装合わせをする。
「もう衣装完成したんですね!」とアイ先生に言ったら「衣装に早く慣れて欲しいから」とのこと。
 私たちセンターだけはトップスが白のサテン生地で出来た半分着物のような衣装。右側の袖が長いたもとになっている。左側はノースリーブで、裾はおへそが見える丈感。襟の部分には金刺繍が施された黒の生地が使われていて、袴風のパンツは黒で仕上がっている。
 センター以外のメンバーは配色が逆になっていて、トップスは黒のサテン生地に白袴風パンツ。
 衣装を受け取ると、いよいよ始まるんだなという気持ちになる。
 問題は私の体調と実力が伴うか……。無事フィナーレの総踊りまで踊れますように。
倒れたりしませんようにと願うばかりだった。


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