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恋愛小説、書けません。/Lesson14:「同窓会」

 耀介は実家方面に向かう電車を待っていた。小学校の同窓会となると、卒業以来逢っていない人間はほぼ全員になる。クラスで唯一私立受験をしたので、時々中学の帰り道に元クラスメイトと遭遇して一言二言交わすぐらいの、些細な交流しかしていなかった。
「17年前か。早いものだな」
 耀介の独り言が白い息と共に空へ上ってゆく。今日はかなりの冷え込みになったので、耀介にしては珍しくダウンジャケットを羽織っていた。外出時のスーツに馴染み過ぎてしまいラフな格好をしなくなってしまっているので、カジュアルスタイルは珍しい。書店で恋愛小説を買う以外は、だ。

 帰宅ラッシュから若干ずれていたので、耀介はゆったりと座席に腰掛けて故郷まで帰ることが出来た。日が暮れていく街を窓越しに眺めながら、頭の中では小説の事ばかりを考えていた。物書きの宿命なのだろうか、どうしても車内の人間観察をしてしまう。
 居眠りするスーツ姿の男性、楽しそうに会話する女子高生、買い物帰りであろう年配の女性……。きっとこの人達にも沢山のドラマがあるのだろう。恋愛小説でなければ、全く違う発想を基に2作品ぐらいは書けそうだが、今は恋愛小説だ。

 駅前の居酒屋はそこそこ広く、良く宴会をしていることは学生時代から知っていた。昔からあるので、地元に根付いた店とも言えるだろう。そして店の前には、かなりの人数の団体。
「あれ、菅原じゃねえの!?」
 その団体の中の一人が叫ぶ。すると続々と「うわ、菅原くんだ!」「久し振りじゃない!」という声が波の様に広がっていく。耀介はと言うと、照れ臭くて軽く会釈をするのみ。
「結構集まったなあ。しかも菅原ってレアキャラじゃん!」
 当時、クラス委員をしていた加藤が嬉しそうに話し掛けて来る。
「麻乃から聞いて、来てしまったよ」
「でかした篠塚ー! しかもその口調が懐かしいぞ!」
 俺はいつからこの口調なのだろうか? と一瞬耀介が疑問に思う。この間の池本の結婚式前にも、池本の口からその話題が出た。余程特徴のある喋り方をしているのだな、俺は。苦笑いを浮かべて耀介は加藤と会話していると、幹事の一人が叫ぶ。
「はいはい、皆立ち話は中に入ってから! 通行人の邪魔になるでしょう!?」

「本日はお集まり頂きまして……」
「堅苦しいぞ加藤!」
 今回の幹事は、加藤ともう一人、山崎やまざきというクラスメイトの女子だった。旧姓のままなので独身のようだ。自己紹介の時に女性陣が「旧姓早川です」と言う度に「おめでとう」コールが走る。
 小学生の頃はクラスで様々な問題もあったのだが、大人になるとある程度「人と接する」形が出来上がっているので盛り上がった。
「皆お久し振りです。菅原耀介です。あの頃はチビでしたが、今はお陰様で身長も伸びました。現在は父親の会社を手伝っています」
「確かにお前チビだった! 俺追い越してねえか?」
「今は178ぐらいだと思う」
「マジかよー!!」
「男子うるさい!」
 クラスの男性陣が騒ぐ。男子と言う表現も懐かしいな、と耀介が笑う。スポーツを本格的にやっていなかったのに身長が伸びたのは恐らく父親の遺伝だろう。
 実にクラスの4分の3が集まるという高出席率で、同窓会が始まった。実家は東京からも程近いので、地元から離れていない人間が多い。
「じゃあ、皆グラス持ったー? 布名原ふなはら小学校6年1組メンバーの久々の再会を祝って、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
 今日も耀介はアルコールに慎重だった。クラスメイトに煽られようが決して飲みすぎないぞ、と心に誓っていると
「菅原くん、随分格好良くなっちゃったわね!」
「そうかな」
 幹事の一人、山崎が隣に座った。彼女も当時はクラス委員で面倒見の良い子だった。麻乃とも仲が良かったので、小学生だった頃から抵抗なく話せていた女子の一人だ。
「麻乃が来れなくて残念! 菅原くんに伝えてって言ったのは私だったの。実家から出てるって話、ちょこっと聞いてたから」
「そうなんだ、有難う」
 首に沿うラインのボブカットから見える首筋は、やはり女の子から女性へと変身しているなと実感させられる。元々クラス内でも可愛い子と男子から人気があった山崎は、可愛い女性と言うよりは「綺麗な女性」だ。
「今日の出席率、凄いな。加藤と分担して連絡したのかい?」
「そうそう。この間偶然電車で加藤くんと逢ってね、それじゃあ同窓会やっちゃう? ってノリに。でも誰が何処に住んでるかなんて把握しきれなくて、ネットワークをフルに使ったわよ! 皆地元の中学だったから、そっちの方から攻めたの。でも菅原くんは私立に行っちゃったでしょう? だから来てくれて嬉しいよ!」
「おー? 山崎、菅原にアタックか?」
「何でそうなるの! 小学生の時みたいよ、田辺くん!」
 山崎が耀介と話していると茶々を入れてくる男子がいたり、かなり賑やかだ。しかしその賑やかさは、この間の二次会とは違う「居心地の良い」賑やかさだった。

「あーそうだそうだ。俺今さ、出版社に勤めてるんだけど」
 加藤の「出版社」という一言で、耀介が固まる。クラスメイト達は加藤の話に耳を傾けた。
「噂なんだけどさ、伊田滝登って知ってんだろ?」
「あったり前だろ! 青木賞作家だぞ!」
 耀介は黙って、乾杯だけして放置していた温くなったビールを一口飲む。
「伊田滝登ってこの辺に住んでるらしいぜ」
 そしてこの言葉に、口に含んだビールを思い切り吹きそうになった。一体何処からそんな情報が流れているのだ!? と耀介は身バレを恐れる。
「えー!? マジかよ!?」
「顔すらマスコミにも、ネットにも流れてないのに何で分かるんだよ?」
「俺ん所の出版社に出入りしてる業者がそんなことを話してたんだって。信憑性はそんなにないぞ」
「加藤、いい加減だな!」
「良くそれでクラス委員なんてやってたよねー」
 男子と女子が笑い出す。しかし耀介は笑えない。本当は笑わないといけない所なのだが、笑えない。まさか「伊田滝登」本人がここに居るなんて夢にも思わないだろう。そんな耀介の様子に気が付いた山崎が心配そうに声を掛ける。
「どうしたの? 菅原くん」
「あ、ああ……ちょっと風邪気味で、ボーッとしていたようだ。申し訳ない」
「何で謝るのよ? その癖、ちっとも変わってないわね」
 山崎が笑顔で指摘する。
「俺、そんなに謝っていたのか?」
「謝ってた謝ってた!『謝り大臣』って麻乃と呼んでたぐらいなんだから!」
 あっけらかんと山崎に言われて、耀介は心の中で「麻乃!」と叫んだ。これだから篠塚家姉妹は、と若干腹立たしく思っていると、山崎がまた笑う。
「今麻乃に対して怒ってたでしょ! 顔に出過ぎ。面白いね、相変わらず」
 山崎が軽く笑い飛ばしてくれたお陰か、先ほどの「伊田滝登の正体」についての話題で怯えていた心が軽くなった。
 その後は「今度結婚することになりました!」や「もうすぐ出産します」というお目出度い話題も飛び出していた。道理でお腹の大きな女性がいるなと思っていたので、ここは祝福の拍手を耀介も送る。
「結婚ねえ……縁遠い話。菅原くんはどう?」
 こういう流れでの質問ならば、耀介自身も答え易い。先日の二次会が余りにも悪印象になってしまっているのも理由の一つだが。
「まさか。俺の方が縁遠いよ。中学から男子校だったからな」
「私、仕事が営業だから、男性と張り合うぐらいじゃないとすぐ潰されちゃうのよ。だからしょっちゅう『山崎は可愛げがない』って言われるの」
「それは失礼な話だな。山崎さん、可愛くて綺麗な女性なのに」
 真顔で耀介が言うと「何!? 酔っ払っちゃってるの!?」と山崎が照れて耀介の背中を軽く叩く。まるで絢乃のようだ。
「でも、大変だな。長い間営業の仕事を?」
「私は一度転職してるの。大卒で入った所では事務だったんだけど、これが全然向いてなかったの。今の仕事はハードだし、ノルマもあるけどやり甲斐はあると思ってるわよ」
 働く女性として、高見と山崎の姿が被って見えた。やはり生き甲斐や、やり甲斐を感じて仕事に取り組む女性は輝いて見えるなと耀介が実感していると
「ねえ、菅原くん」
「うん?」
「来週の火曜日、暇?」
「ああ、今の所は特に用事は入っていないが」
 耀介がシステム手帳を広げてチェックをしていると、山崎が『爆弾発言』。
「じゃあ、再会記念にデートでもしちゃおう! たまには女性らしいことさせてよ!」
 この山崎の発言で、耀介が男性陣からも女性陣からも盛大な野次を飛ばされる羽目となった。


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