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小説:バンビィガール<3-2>どうも、バンビィガールです #note創作大賞2024


「これが契約書です。読んで分からないことがあったら聞いてね」
 ビルの1階にある、これまたお洒落カフェで、矢田さんと三橋さんと向かい合う形で座り、契約書を渡される。
 主にギャランティのこと、守秘義務、そして髪型。
 髪型を大幅に変えることは月刊バンビィではNGとなっていた。
「あの、髪型なんですけど、前髪くらいは切っても大丈夫でしょうか?」
「ああ、大丈夫大丈夫! 極端にバッサリ切ったりしないでねー、ぐらいのものやから」
 私の質問に矢田さんがニコニコしながら答えてくれる。
 普段、割と伸ばしては切る、を繰り返しがちな私。しばらくはロングヘアでいないといけないことが確定した。
 内容に不備がないか確認して、署名する。
「はい、これでOKです。今日からの一年間、バンビィガールは私たちの仲間です!」
「よろしくね」
 三橋さんと矢田さんが笑顔で書類を受け取った。
「ここからは明日のことも話したいんやけど、まずはさー、パフェ食べへん?」
「ですね、食べましょう! ティラミスパフェ」
「ここのティラミスパフェ、絶品やから!」
 この人たちは、それ狙いでここを話す場所に選んだのか!? と思うくらい、ティラミスパフェを連呼している。
「じゃあ、私もお願いします」
「よっしゃ! すみませーん、ティラミスパフェ三つお願いしまーす」
 私が呆気にとられていると、矢田さんが恥ずかしそうに「職業病なんよね」と話しだした。確かに月刊バンビィの中でもグルメ特集は多いので、納得する。
「あとね、私たちの年齢先に言っとくわ。私が29、渚さんが……?」
 矢田さんが三橋さんに振ると、ちょっと照れくさそうに「30ですね」と答える三橋さん。
「というわけで同世代です! だから気を遣わず、分からないことはどんどん聞いてほしいし、アイディアがあれば教えて欲しいんよね」
 矢田さんの瞳がキラキラしていて、まるで何かを思いついた子供のよう。史上最年長モデルという立場に正直引け目を感じていたのだけれど、こんな風に同世代という共通項があるのだと分かると嬉しくなる。
 しばらくして
「ティラミスパフェ、お持ちしました」
 イケオジなマスターらしき人がティラミスパフェを持ってきてくれる。
「やったー!! はよ食べよ食べよ」
 矢田さんは、無邪気な子供のようにスプーンを握っている。
「紺野さん……あおいちゃん、って呼んだ方がいいかな? 遠慮せずどうぞ!」
 三橋さんが勧めてくれるので、いただきます、と一口頬張る。
「!! めっちゃおいしい!!」
「やろー、おかげで太る太る」
「わーこれは皆に勧めたい!!」
 口に運ぶスプーンが止まらない。これは美味―!!
「やっぱり神様っていると思うんよな」
 唐突な矢田さんの言葉にびっくりする。
「学生モデルちゃんは学生なりの着眼点があって面白いし、勉強になる。でも、私らと同じ感覚でバンビィを盛り上げてくれる人をここ数年求めてたんよ。そしたら、おもろい子がおるなーって書類選考の時に思ったのが、あおいちゃん」
「あの応募書類はラブレターでしたね……」
 しみじみと三橋さんが微笑んでいる。
「は、恥ずかしいのでやめてください」
 A4用紙3枚に渡って、これまでのこととこれからの展望を書いた、あの応募書類は正直勢いで書いたので恥ずかしいどころの騒ぎじゃない。でも、あの時の熱量がちゃんと伝わっていたことを知り、恥ずかしさより嬉しさの方がまさった。

「おいしかったー、ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした!」
 あっという間に三人とも完食。美味しかった……。
「そう言えば何か忘れている気が……」
「ああ! 明日の撮影のこと説明してない!」
 まったり食後のコーヒーを堪能している矢田さんと正反対に、我に返って慌てる三橋さんが年上の方に失礼かもしれないけれど、可愛いと思ってしまった。
「えっと、6月号の特集が『今こそ行きたい!奈良の新店名店』なんですけど、色んなカットをスタジオで撮影します。あとレギュラーのヘアサロン連載も」
「目次の横にある写真ですよね?」
「そうですそうです。午前中にヘアサロンさんでヘアメイクと撮影、その後にスタジオに軟禁状態になります」
「な、軟禁!?」
 物騒なワードに怯むと、「ああ、拘束時間が長いのでそういう表現にしました」とあっさり返されたので安心する。
「お願いしたいことがあるんですが、5月末から6月末ぐらいに着ている洋服や小道具をなるべく沢山持ってきて欲しいんです。小道具はアクセサリー類とか伊達メガネとか靴とか。ちょっと面倒なんですが……」
「大丈夫です!」
「あと、ヘアサロンさんの営業時間外にヘアメイクしてもらうので、朝がめちゃくちゃ早いです。今回のサロンさんがちょっと駅から遠いので、天理駅に7時半集合でも大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
 言われたことをスケジュール帳にメモしていく。
「モデルは初めてじゃないんだっけ?」
「旅行雑誌のモデルなので、そんな本格的なものではないですが経験はあります」
「明日、筋肉痛に気を付けて!」
 矢田さんがニカッと笑う。
「もっとお話していたいけれど、タイムリミットですね」
 三橋さんの言葉にスマートウォッチを確認すると、もう16時だった。
「あおいちゃん、香芝やもんね。気をつけて帰ってな」
「ありがとうございます」
「私たちも会議頑張るんで!」
 三橋さんがグッドサインを出す。
「あの、お茶代は……」
 私が恐る恐る聞くと、矢田さんが振り向きざまにこう言った。
「け・い・ひ♪」

 カフェを出て編集部のお二人とお別れしたあと、せっかく西大寺まで来たのだから「ならファにでも寄るかー」という気持ちになった。
 ならファとはならファミリーの略称で、近鉄百貨店と専門店街がひとつになった都心部のショッピングモールだ。ならファは北口方向なので南北自由通路へと向かう。
 私が学生時代の頃は南北を移動するには開かずの踏切もしくは「何か事件が起きそうな地下道」を通っていかなければならなかったのだけれど、大和西大寺駅の大規模工事のおかげで南北自由通路が設けられ、移動がしやすくなった。
 時間が時間なので学生の帰宅時間と被っていて、ならファはいつもより人が多くいるように感じられた。女子高生はいつ見ても元気で可愛い。ポップコーンみたいな女子高生たちの会話の波を潜り抜け、専門店街へと向かう。
「あ、これ可愛い」
 色んなブランドを回っては、ディスプレイを参考にどんな洋服がイマドキの着こなしなのかをチェック。気に入ったものはお買い上げ。夏に向けて、洋服の色もカラフルになっている気がする。
 一通り買い物を終え、大和西大寺駅から橿原神宮前行きの急行に乗り家路を急ぐ。帰宅ラッシュに飲まれながら、明日のことを考える。なんてったって7時半に天理駅。家に帰ったらありとあらゆる洋服を厳選し、スーツケースに詰め込まなければならない。天理駅は絶妙に遠く2回の乗り換えがあるゆえ、7時前には家を出ないといけない。
 電車の中でダッシュしたら早く着くシステム、早くできないかなあ、などとアホなことを考えながら、家路についた。

「ただいま!」
「おかえりー。あおい、夕飯は?」
 お母さんが夕飯の支度をしている。本当はこの段階で手伝うのがルーティーンなのだけれど。
「いる! あと私忙しいから夕飯になったら呼びに来て!」
 それだけ叫ぶと急ぎ足で自室へ向かう。ドアを開け、今日買ってきた洋服の紙袋と、トロフィーが入っている紙袋はデスクの椅子に置き、ウォークインクローゼットを開けて『とりあえず今着れるもの』をポイポイと出していく。
 ファッション誌のモデルなら洋服は事前に用意してもらえるけれど、ひとえにモデルと言っても種類が違う。
 ファッションモデルと呼ばれる人たちは「服の良さを十二分に発揮させる人たち」と認識していて、私のような情報誌のモデルなどは「キャラクター」に重きを置かれている、と思っている。
 スーツケースいっぱいに服を詰め込み、小道具はナイロンの旅行バッグに詰め込み、支度は完了。あとはご飯を食べて、お風呂に入って、いいパックでお肌のお手入れをして、寝る!! デビュー上等! と気合いを入れる。
 ――入れたのだけれど、お母さんの「ご飯できたでー」の声に、へなへなと力は抜け、気合いを入れていた両手の拳を緩め、ダイニングキッチンへと急いだ。


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