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小説:バンビィガール<5-2>夏のイベントはマシマシで #note創作大賞2024

 朝から何となく、身体に違和感を覚えていた。
 食欲もない。何故だろう、と理由を考えても思い当たらない。
 今日はバンビィの編集部に呼び出しがかかっている。何をするかは聞いていないけれど、きっと楽しいことなんじゃないだろうか、と食欲がないことはすぐに忘れてしまった。

 電車に乗り、大和西大寺駅に降り立つ。
 アスファルトからの陽炎が容赦なく揺らめき、照り返しもきつい。
「早く編集部に行こう」
 独り言を呟いて、目指すは月刊バンビィ編集部。

「こんにちは」
 今日も美しい生駒山の緑を感じながら、編集部に足を踏み入れる。
「あおいちゃん、お疲れ様!!」
「あおいちゃん、お疲れさーん」
 渚さんに矢田さんの声を聞いて、何故かほっとする。
「あれ……なんか、あおいちゃん顔白くない?」
 矢田さんが私の顔を覗き込んで、真顔になる。
「そうですか? ファンデーション塗り過ぎたのかな……」
 もしくは日焼け止めかな、と自分の頬を手で押さえる。最近メイクの加減が迷子になっているので、厚塗りしすぎたかなと後悔。
「うん、青白いというか、具合が悪そうというか……」
 渚さんも私の顔を見て、心配そうにしてくれる。
「大丈夫ですよ! ちょっとお手洗いお借りしますね」
 くるりとお手洗いのある方向へ身体を向けた瞬間だった。

――ブラックアウト。

 消毒液のにおいがする。遠くの方で人の声が聞こえる。
 瞼が重たい。うっすら見えるのは、心当たりのない天井だった。
「気が付いた? アオ」
 髪の毛を一つに纏めたミヤコの姿が見えた。でもなんでミヤコが?
「ん? あれ、私ミヤコんちにいたんやっけ」
 今までのことは夢だったのかな、バンビィガールになれた夢を見ていたのかな。
 意識が朦朧としている私に向かって、ミヤコが少々大きめの声で話してくる。
「違う! ここ私の職場! 病院! アオは運ばれたの!」
「運ばれたって……どこに?」
「まだ意識がはっきりしてないやろうし、ゆっくり寝て!」
「わかった……」
 確かにすごく眠い。私はまた深い深い眠りの海へと沈んでゆく。

 今までのことは夢だったのかな。
 連合軍で応援してもらった日々。バンビィガールになれて号泣したこと。初撮影で緊張したこと。それから……バサラ祭り……。
 やけにリアルで長い夢だったな……。

「アオ、アーオ」
 私を呼ぶ声が聞こえる。でも眠い。
「んん、もうちょっとだけ寝てたい……」
「点滴終わったで」
 点滴? 点滴ってあの点滴? 少しずつ意識がはっきりしてきて、右腕を見ると確かに止血シールが貼られていて、点滴していたんだと気付く。
「あおいちゃん、大丈夫? ごめんなさいね」
「あおいちゃん、ごめんなあ。もっと早くに気づけていたらよかったんやけど」
 渚さんに矢田さんがベッドサイドに座りながら私に謝ってくる。何故謝っているのだろう。そもそも何故私は病院にいるのだろう。
「あの、私ってどうなったんですか?」
「まったく覚えていないのね」
「お手洗い借りるって言って、そのままバタッて倒れちゃって、意識なかったんよ」
 あー! そういえば、とようやくどういう状況だったか思い出す。
 それで今お手洗いに行きたい気持ちが湧き上がってきているのだなと分かった。
 どうやらここは急患が運ばれてきたときの処置室らしい。
 ミヤコは私に近づいて、説明してくれる。
「アオ、先生曰く過労やろうって」
「過労……?」
「おばちゃんには私から連絡してあるから。仕事早上がりして来るって」
「ありがと、ミヤコ」
「すみません、色々とお世話になって」
 矢田さんと渚さんがペコペコとミヤコにお辞儀していている光景は、少々違和感がある。
「いえ、アオの幼馴染として、そして患者さんに対して当たり前のことをしたまでです」
 ミヤコが立派な返答をした、その時だった。
「あおい、あんた大丈夫なん!?」
 突如現れるお母さん。登場の仕方が派手だ。
「お母さん、声でかい……」
「あ、ごめんごめん」
 相当急いで来てくれたのだろう、お母さんの命とも言えるこだわりのカールヘアーが風でぐしゃぐしゃになっていた。
「あおいさんのお母様ですか、月刊バンビィの矢田と申します。この度は申し訳ございません」
 矢田さんが椅子から立ち上がって、お母さんに謝罪する。
「いえいえ! うちの子変なところで頑固で……編集部の方にもご迷惑をおかけして申し訳ございません」
 変なところで頑固ってどういう意味やねん、という言葉を飲み込み、更に渚さんまで加わった謝罪大会をベッドで聞く私。
「おばちゃん。アオ、もうちょっとしたらお家帰れるから」
「あ、そうなんや。ごめんなミヤコちゃん」
「ううん、あ、先生」
 比較的若いメガネの先生が私たちに近づいてくる。
「ご家族の方も来られたのかな?」
「はい」
 ミヤコが先生に頷く。
「紺野さん、随分無理していませんでしたか?」
「いえ、特には……」
 いや、今日は無理をしていた。食欲がないのも、違和感の正体も気づいてはいたけれど、目を逸らしていた。
「血液検査の結果は、ちょっとした貧血があるので、鉄分摂って下さい。それ以外は正常値なので問題ないでしょう。もう帰っても大丈夫ですよ」

 私はお母さんの手を借りて、ベッドから降り立つ。
 その時、渚さんが私に「あおいちゃん、しばらくバサラ祭りの練習は休もう」と提案してきた。
「え……」
「わかるよ、練習にいけないと不安になるの。置いていかれる気持ちになるのも。でもね、本番で倒れちゃう方がもっと大変なことになるから。アイ先生にはちゃんと言っておくから、安心して。ね?」
「そうやで。それに来週は金魚すくい大会あるやろ? 今は休も」
 そうだ、矢田さんの言う通り、来週の日曜日は金魚すくい大会だ。地を這ってでも出たいイベントが控えていることに気が付き、私はコクリと頷いた。

 私たちは仕事があるから、と矢田さんと渚さんが先に帰る。
「お世話になりました」
 私とお母さんはお医者さんに頭を下げて、お礼を言う。
「アオ、気を付けて」
「ミヤコ、ありがと」
 ミヤコが見送ってくれる。職場のミヤコを見たのは初めてだったので、嗚呼すごいな、ちゃんと看護師っていうお仕事を全うしてるんだな、と親友の仕事振りを見られて嬉しかった。
「帰りはタクシーにしよ」
 お母さんがテクテクとタクシー乗り場まで歩いていく。
「え、電車でええよ」
「倒れた人間に発言権はない! 自己管理できへん大人は一番あかんのくらい、あんたも分かってんねんやろ?」
 確かにそうだ。自己管理ができていなかったから、今回のことを招いたのだ。
「……ごめん」
「帰ったら水分とってゆっくりし」
 お母さんの言葉に素直に頷く。

 こうして、私は一週間の休養を取ることになった。


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