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菩薩様はCMML(慢性骨髄単球性白血病)

自立式の杖がカコン、カコン、と音を立てます。
私の隣には、私の夫、菩薩が第三の足である杖を使って歩いています。
「じゃあ、行きましょうか」
今日も私と菩薩は、一緒に歩いています。

白血病かもしれない~診断まで

2022年3月。
菩薩が悲鳴を上げました。
立ち仕事の命とも言える足に異変が出たのです。
「足なら整形外科かしら、病院行ってきてください」
「うん、わかった」
普段なら病院キライ、行きたくないという菩薩ですが、相当つらかったのでしょう。素直に病院へ行きました。
整形外科では腰の骨が少し曲がっているから痛いんじゃね? と湿布薬とコルセットを処方してもらい、しばらく過ごしていたのですが

ちっともよくならない。

「もしかしたら内科的な問題かもしれないですよ? 近所の内科行ってみます?」と内科受診を勧めました。
「そうだね、そうするよ」と面倒くさがりの菩薩が頷いたときには、ああ相当痛いのだろうな、と納得しました。

2022年4月21日。
何気なく受診した内科での採血。
シフト制の仕事のため、結果を聞けるのは1週間後。
しかし、菩薩は気づいていたのに仕事の忙しさでスルーしていたのです。
血液検査の次の日から何度も内科から電話がかかってきていたことを。

それから1週間後。
確か10時頃だったかと思います。
目を覚ますと、タバコを吸っている私服姿の菩薩の姿。
「おはようございます、早いですね」
私が朝の挨拶をすると
「おはよう。ヒカリちゃん、今いい? 目、覚めてる?」
「はい、目、覚めてます」
「病院行ってきたよ、それでね」

そこで一呼吸置いた菩薩。
「僕、白血病かもしれないんだって」
「……はい?」
寝耳に水とはまさにこのこと。
白血病? てことは白血球数多いの?
私も持病があり2ヶ月に一度採血をしているのですが、人よりも多いといわれる私の白血球は平均して12000。
菩薩の血液検査データを見せてもらうと

ごまんななせんて。
おいおいおい、初めて見たわ、そんな数字。
「それで病院からずっと電話がかかってきてたみたい(事後報告)」
「出ろ(怒)」
「先生曰く、田舎の町医者がこの数値を見たら白血病を疑います、って言われた」
「……」
内科の先生は今すぐ診てもらって欲しいと、まずは県で1番大きい県立医大病院に電話アタックしてくれたらしいのですが、電話が繋がらないので断念。
隣の市立病院(割と大きめ)には繋がったので紹介状を書いてくれてました。
「なので、お昼から市立病院行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
今思えば、私もついていけば良かったと思います。後悔先に立たず。
この市立病院での診察が、怒涛の検査ラッシュの始まりとなりました。
市立病院で行った検査は
・腹部CT
・血液検査

菩薩の弱点……それは針。注射ダメ、採血は寝て採取してもらわないとクラクラ~。
多分この文章を見せただけで気持ち悪くなるレベル。
でもそうも言っていられない。我慢です。

で、結果。
脾臓の大きさが普通の8倍デカい。
白血球数、51900。

慢性骨髄性白血病? なんだそりゃ。
この時の私は無知だったので、白血病にも色んな種類があることを知りませんでした。
主に急性か慢性か、リンパ性か骨髄性か、その他もろもろ……。ググれば出てくる白血病の種類。
恐らく慢性骨髄性白血病(CML)でしょう、と言われ
「詳細な検査は医大病院でしてちょ」と紹介状とCTデータを持たされ帰ってきました。
調べてみると、慢性骨髄性白血病は9番の染色体と22番の染色体がくっついてしまってどーのこーの。
フィラデルフィア染色体という異常な染色体がナントカカントカ。

なるほどわからん。

慢性骨髄性白血病はお薬(飲み薬)を飲めば良くなるという、白血病の中でも唯一治療法が確立されている病気とのこと。ふむふむ。
早めに医大病院で骨髄検査してくださいねー。と送り出された菩薩。
骨髄検査ってどんなのよ? とググると

骨髄穿刺せんし

という何やらストロング臭漂うワードが。

慢性骨髄性白血病の原因は染色体と遺伝子がイタズラをして症状が出るそうです。
その染色体や遺伝子が本当にイタズラしているのか調べるのが骨髄検査(骨髄穿刺)なのです。
病院にもよりますが、骨髄穿刺や、場合によっては骨髄生検というものもするそうです。

骨髄穿刺せんし:局所麻酔後、腸骨(骨盤の骨)に針をぶっ刺して骨髄液を採取すること
骨髄生検:骨髄穿刺よりも太い針で細胞を採取すること

ググると出てくる予測変換
骨髄検査 痛み どのくらい
痛いのかあ……菩薩大丈夫かな。
ちなみに、あまりにも「痛いで」と書いてある情報が多すぎたので、菩薩は自ら情報をシャットダウンしました。うん、針だもんね。

そして2022年5月18日、医大病院診察日。
色んな窓口であれこれ手続きして(市立病院で撮ったCT検査データとか提出)、まずは予診。
恐らく研修医であろう青年先生が話を聞いてくれて、血液検査。
「めっちゃいっぱいとられた、と思う」
そう、彼は採血現場を絶対に見ない人。見たら病気がわかる前にヘヴンが見えます。
しばらく待って、受診です。
今度は若くて明るそうな先生がニコニコしながら
「とりあえず分かるデータだけ出しました。白血球や血小板の数値を見る限り、慢性骨髄性白血病を疑いますね。なので骨髄検査をします。
骨髄穿刺と生検両方しましょうね(にっこり)

両方キター!

なおこの日の白血球数は52100。
血小板もやや多めでした。

ここで菩薩が先生に質問。

「骨髄検査は痛いとうかがったのですが……(ガクブル)」
「麻酔は痛いかもしれませんが、麻酔効くと大丈夫ですよー(にっこり)」
その先生のにっこりがウソだと知るのは、割と早かったです。
待合所で40分ほど待って、戻ってきた菩薩に笑顔はありませんでした。オキノドクニ。

以下、菩薩の感想です。

※全然詳細ではないのでニュアンスでお察しください。

「骨髄穿刺は、骨髄液を抜く時にヒュッ、ひぃぃぃてなった……。
 生検の方は
 はい、もっと奥まで行きますよー、
ぐぐぐぐー、いぢぢぢぢ!!
足バタバタしそうになって、看護師さんに優しく押さえられたの。
 それでさ、
あれ? 痛いですか? 麻酔足しときまひょって足してもらった……」
「カワイソウニネー」
骨髄穿刺には1ミリの針、生検では3ミリの針を使ったそうです。
3ミリて。ふっと。
でっかい絆創膏を貼られていて、私が子宮内膜症で治療した時の畳針みたいな注射のことを思い出しました。
さあ、これで2週間後に結果が分かります。
それまで、もっとCMLについて勉強しなくては。
お薬代のことも調べなくちゃ。

しかし、そんな簡単なものではありませんでした。

次の診察にて。今回は東京からお義母さんも来てくれました。
「菩薩さ~ん、〇診へお入り下さい」
とうとう運命のお時間です。
まず菩薩が先陣を切って診察室へ、その後にお義母さん、そして私が入りました。
「あ、ご家族の方もいらっしゃるんですね、よかった」
ん? よかった?
ちょっと引っ掛かる言葉ですが、まずは先生からのお話を聞くことに。
「初めましてHと申します。よろしくお願いします。ちょっとですね、厄介なことになっていまして」
H先生、マスクの上からでもわかるくらい、ちょっと困ったようにお話を始めました。
「当初僕らも慢性骨髄性白血病(CML)を疑っていたので、染色体と遺伝子検査を実施しました。ですが……」

ですが?

「菩薩さんからは染色体異常も遺伝子異常も見つかりませんでした」

え? と、いうことは? あの白血球数の多さはどう説明されるんですか?
状況がよく飲み込めていない私、軽くパニックに。

「つまり、菩薩さんの病名は慢性骨髄単球性白血病(CMML)と言います。
 難治性で原因が分からないので、治療法はただ一つ、骨髄移植などの造血幹細胞移植です。何かが悪さをしているけれど、何かが分からない。ならば全部の細胞をぶっ壊して、新しい細胞を入れる、そういう治療になります」



え?

更に先生からはとある点数表を見せられ

「該当する、該当しない、該当する、該当しない……菩薩さんは2点なので、生存の中央値は13ヶ月になるんですね」
生存期間中央値とは、その集団において50%の患者さんが亡くなるまでの期間。菩薩の命は治療しても、あと13ケ月かもしれない。

菩薩、しんじゃうの?
私は隣にいた菩薩を見ました。彼は先生をまっすぐ見つめ、動じることはありませんでした。

抗がん剤治療と移植と

まさかのCMML……。診察室を出てすぐにググったのですが
情報がない。
非常にレアケースの白血病でした。
うーん、困った。何で情報がないのだろう。

この答えはすぐにわかりました。
罹患する患者さんの年齢層です。
60~70代の男性に多いそうで、そりゃX(旧Twitter)とかブログとかやらないよね、と納得。
私は情報収集のためのブログを立ち上げました。(noteでも少しだけ書いていた時期がありました)
すると、まるで奇跡のように同世代のご主人が同じCMMLだという方のブログにたどり着き、交流を始めました。
同じ境遇ということで、本当に励まされました。
菩薩も勿論その方のブログを読んで、色々と背中を押してもらったと言っています。病気と闘う上で大切なことは、仲間がいるかどうかも大事になってくると思います。
私の場合には親友がいました。インターネットでは同じような病気と闘っている人たちがいました。時に慰め合い、時に支え合い。だからこそ仲間はいた方がいいと思うのです。

菩薩には三つの移植方法を提示されましたが、夫婦で話し合い
臍帯血さいたいけつ移植でお願いします」と伝えました。

臍帯血とは
お母さんと赤ちゃんを結ぶへその緒を「さい帯」と言い、そのさい帯と胎盤の中に含まれる血液を「さい帯血」と言います。

さい帯血は赤ちゃんが産まれると、へその緒や胎盤と一緒に処分するのが通常の流れですが、このさい帯血には血液を造る細胞(造血幹細胞)がたくさん入っていて、白血病などの病気に苦しむ患者さんの治療に使うことができるのです。

https://www.bs.jrc.or.jp/bmdc/m0_01_02_qa.htmlより抜粋

移植方法が決まれば、あとは抗がん剤治療をして移植です。
ビダーザという抗がん剤治療入院の時は入院最終日の前日にうんこがでないというアクシデントで病棟をざわつかせたり、コロナのせいで移植する日が後ろ倒しになったりと色々ありましたが、無事9月21日に入院。
そして10月5日に移植が決まりました。移植までは抗がん剤治療で緩やかに菩薩の細胞を壊していきます。

のですが。

移植が上手くいくことを生着、と言うのですが(厳密に言うと好中球の数の問題)1回目の移植では生着せず……(生着不全と言います)。
恐らく病気がわかってから菩薩が一番落ち込んだのがこの時だったと思います。とは言っても
「あーあ(ため息)」
このくらいの落ち込み方で、逆にこちらが不安になるレベルでした。

「次(の移植)があるよあるよー! 元気になるなる!」と励まし、菩薩が立ち直った頃でした。H先生はすぐに次の臍帯血の依頼をしてくださっていたので安心していたのですが、移植前のある日。いつものように洗濯物を取りに(この頃はコロナ蔓延時かつ白血病という病気なので面会が出来ませんでした)病棟に行くと、H先生と偶然お会いし、そのままカンファレンスルームへ通されました。

端的にまとめると、珍しい菌が菩薩の体内で見つかり、もしかすると死ぬかもしれないよ、と。

何かの冗談かと思いましたが、抗がん剤治療で菩薩の身体には白血球も血小板もありません。身体が菌を追い出すことが出来なくなっていました。
本人には菌がいるね、しか伝えていないけど、予断を許さない状況です、と言われ、家に帰ってからわあわあ泣きました。
あの時は本当に辛かったけれど、もっと辛いのは菩薩だと涙を拭きました。
次の日にはスッキリ。
親友が大きな神社に連れていってくれたのもありますが、気持ちは穏やかでした。
祈ることしかできないけれど、まだ彼は生きているから。

そして感染症対策チームが薬などで菌を蹴散らしてくれて、抗がん剤治療プラス放射線治療(閉所恐怖症の菩薩にとって苦行でしかなかったとのこと)で菩薩のしぶとい細胞を抹殺し、2回目の移植は無事成功したのです。

ちなみに、皆さん移植ってどんな風にするかご存知でしょうか?
中心静脈カテーテル(CVカテーテル)を首から太い血管に刺し、そのカテーテルから臍帯血や骨髄液などを注入するのです。菩薩はCVカテーテルが一番嫌だったと回顧しております。

理由→首に鉛筆刺されてるみたいな抵抗を感じる

移植については、私はもっと大変なものを想像していたので(全身麻酔手術とか)、移植が3分くらいで終わったと聞いた時には「カップラーメン……」と呟きました。
骨髄移植だともっと注入する量が多いので、点滴らしいですが。

私たちには「遠距離夫婦」の期間があったのですが、入院生活中はそれの延長線上みたいな感覚がありました。勿論書類などの提出は大変ではありましたが(オガワ、書類苦手病)、割と平穏に時が過ぎていたと思います。
菩薩のスマホがへっぽこすぎてビデオ通話すらできず、音声のみの会話と毎日の採血データを共有し「今日は数値上がってますね!」など、ポジティブなことを探しては励まし、菩薩も菩薩で「今日はこんなことがあったけど、がんばった」と自分を褒めるのが上手な人だったので、悲観的にならずに済んだのだと思います。

あとビックリしたのは1回目の移植で血液型がAB型になった菩薩、もともとB型。
2回目の移植によりA型になりました。もう原型ないじゃん。

退院~現在

生着を喜び、退院するまでに5ヶ月強かかった菩薩。
最近聞いた「何が辛かったか」、放射線治療の後遺症による味覚障害。恐らくこの時、菩薩のテンションが過去イチ低かったと思います。何を食べても味がしない。でも食べないわけにはいかない……苦しい日々だったと思います。1年ぐらいはほとんど味覚障害との闘いでした。
幸い移植によるGVHD(移植片対宿主病いしょくへんたいしゅくしゅびょうという移植後の病気)はほとんど起こりませんでした。これは同じCMMLに罹った人たちと比べて不思議だね、というくらい出ていません(現在進行形)。

ただ、肺に影があるのです。
これを私の症状に当てはめるとこんな感じ。

「尾てい骨、骨折しました」(処置方法→なし)

この肺の影こそが、菩薩の命を落とそうとした菌の残骸(?)なのですが、特にできることがないそうです。悪さもしない、レントゲンにも映らない。CTでようやく端っこにあるねとわかる程度。大きさも変わらず現状維持。

「じゃ、現状維持でいっか☆」とH先生。
デスネー。

そして現在の菩薩はと言うと。
1~2ヶ月に1回の診察、ワクチン接種(免疫が赤ちゃんなので・なお自費です……)、職業訓練校で勉強するため毎日元気に学校に行っています。
風邪をひくと長引いてしまうけれど、それ以外は問題ありません。
ふらつきもほとんどなくなりましたが、それでも狭いホームを歩くときに怖いので杖必須。
菩薩は病気になる前もなってからもマイペースを崩さず、ここまで歩いてこれました。
彼は誰に感謝しているのでしょうか。尋ねてみました。

伏せたところは私の本名。泣けるやないか。

私、そんなに特別なことはしていないのですが……。やれることをやっただけなので。でも、菩薩にそう思ってもらえているのは純粋に嬉しいですし、支えてきて良かったなと思います。

もしかしたら再発するかもしれない。
でもその時も、私たちは乗り越えられる。
そう信じて、今日を生きるのです。

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