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恋愛小説、書けません。/Lesson9:「真実の愛への招待状」

 今日のスケジュールは全て消化した。耀介が自宅マンションのエントランスでロック解除しマンションに入ると郵便受けに向かった。出版社からの冊子等は全て宅配便で送られて来るので、この郵便受けに届く郵便物は「完全プライベート」の物だ。
 ダイレクトメール、デリバリーの広告、要る物要らない物をそこで確認し、郵便受けのそばにあるゴミ箱に不必要な広告類は全て破棄する。
「あれ……これは」
 淡いブルーの封筒には型押しされたマーガレット。送り主は男子校時代の友人、池本からだった。しかし池本だけの名前だけではない。池本の名前の下に女性の名前。
 それは、結婚式への招待状だった。

 池本とは男子校時代、一番親しくしていた間柄だ。耀介は友人と呼べる人間が少ない。その中で池本とは長い間友人関係を続けている。大学は別々だったが、時に顔を合わせてお互いの近況などを報告し合っていた。卒業後はIT企業に入社し、エンジニアとして活躍している。
「とうとう結婚か」
 スーツを脱ぎ、トレーナーにチノパンというラフな「部屋着」に替えながら、耀介お得意の「独り言」が始まった。
 彼女がいる、というのは随分前に食事した際に聞いていた話だった。何でも大学時代から7年ぐらい付き合っているらしい。一度だけ彼女を交えて食事したことがある。池本には勿体無いくらいの綺麗な人だった。
『そろそろ結婚考えないとなー。結構待たせちゃってるし。俺の仕事も忙しいからさ、なかなかタイミングがなー』
 そんな池本の声が懐かしく響く。そうだよな、もう俺たちも結婚とやらが現実めいて来ているんだな、と封筒を眺めながら耀介は微笑んだ。日付を見ると、どうやら「ドタバタして決めた感」のある日程だった。確か絢乃の姉であり同級生の麻乃あさのの結婚式の時は2ヶ月前には招待状を送付していた気がするのだが、池本の挙式は3週間後。
 出欠葉書を出す前に、少し池本と話したいとスマートフォンのアドレス帳から池本の名前を弾き出し、コールする。仕事かと思いきや、意外にも相手はすぐに電話に出た。
「池本、俺だ」
『よう、久し振り。お前が電話を掛けて来たってことは届いたんだな』
「ああ。ようやくか、おめでとう」
『サンキュ』
「元気にしているのか?」
 耀介の言葉に、池本が溜息交じりで答える。
『元気どころじゃないぞ。結婚するのにこんなにエネルギー使うなんて思ってもみなかったぜ。正直睡眠不足で倒れそうだ』
「そんなに大変なものなのか」
 結婚は大変、耀介の頭の中のメモ帳にインプットされる。それぐらいは想像できるが、麻乃の時は踏み込んで聞くことがなかったので、正直この電話は「半分取材」のようなものだ。
『お前も結婚する時は覚悟しとくんだな!』
「そんな縁なんてこれっぽっちもない」
 耀介が誰もいない部屋で真顔になって池本に言い放つと、相手は大笑いだ。
『あはは! お前全然変わってないのな! 仕事はどうよ?』
「まあ、何とか」
 池本には「親父の会社に入る」と嘘をついている。本当に耀介が作家の伊田滝登というのは身内しか知らない。下手に詮索してこない人柄も、長い付き合いが出来ている理由の一つかも知れない。
『結婚の準備なんて、毎日が修羅場! 別れ話の連続だぞ! それで最近じゃお互い疲れ過ぎて喧嘩すらしてねーよ』
「それはご愁傷様だ」
『くそー独身貴族め!』
 心底悔しそうな声を上げる池本に、耀介は穏やかな声で伝える。
「でも、嬉しいのだろう?」
『そりゃ……な』
「素直になれって。香澄さん、喜んでいたのじゃないか?」
『あー待て待て。実はな……』

 電話越し、次の池本の台詞で耀介はわざとらしいとも言える位の驚きを見せた。

「そ、それは本当なのか?」
『でも、俺もそろそろだと思ってたから丁度良かった、かな?』

 池本の口から飛び出した言葉は『俺がプロポーズしたんじゃなくて、香澄がプロポーズしてきた』だった。可憐なイメージのお嬢さん、というのが耀介が抱いた印象だったので本気で驚いたのだ。
「しかし、最近の女性は積極的なんだな……」
『んー、でもちょっと複雑だったかも……』
「どうしてだ?」
『そりゃ一世一代の大勝負だろ? こういうのは男から切り出すもんだろ』
「意外とそうでもないかもしれないぞ」
 そこで耀介は、何故か絢乃の姿を浮かべていた。
 アイツなら恋人が出来て結婚したくなったら『さっさと言いなさいよバカ!』ぐらいは言いそうだと想像し、込み上げてくる笑いを必死に噛み殺す。しかし池本にはその噛み殺した笑い声が届いてしまっていたようだ。
『菅原、お前彼女でもいるの?』
「いるわけないだろう、お前が一番良く知っているはずだ」
『アハハハハ! お前学生時代からモテてたのになー』
「いや、池本の方が確実にいい男だった」
 学生時代を懐かしむように、男二人が会話を続ける。
『それで、お前都合は? こっちも急な日程で申し訳ないと思ってるんだけどさ……』
「ああ、大丈夫だ。もし用事があったとしても無理矢理にでも休みを取る」
『親父さんに怒られるぞ!』
 その言葉で耀介の胸に僅かな痛みが走る。
 嘘をついていることは正直心苦しい。池本なら話しても大丈夫だと信じてはいるが、この大変な時期に打ち明けることでもないと耀介の中で「近々正直に話そう」と決める。
「親父には事情を話すさ。そこまで了見狭い人間ではないと息子としては思っている」
『お前のその独特の話し方、やっぱり菅原って感じする。妙に懐かしくなっちまった。学生時代に戻りたいなー』
「確かにあの頃は呑気にやれていたものだな、俺達は」
『校則もそこまで縛られるようなものじゃなかったし……あ、でも俺夏服が嫌いだった。あれさえなけりゃ殆ど完璧。女子はいないけどな』
「あー、あれはちょっと目立つな、俺も正直好きではない。今でも時々電車で見かけるが、変える気はないのだろうか」
『OB会でお前がお偉いさんになってくれたら変わるんじゃね?』
「馬鹿なことを言うな、無茶だそれは」
 耀介達が通っていた中学高校は、冬は濃紺の学ランなのだが、夏は何故かチェックのスラックスだった。そのチェックの色のチョイスが微妙で、良く他校の生徒に笑われていたのを覚えている。
『実はまだ残業中でさ……悪いけど、そろそろ』
 池本の声につられて、デジタル表示を見ると夜の11時を過ぎた頃だった。
「もう11時だぞ? 香澄さんが心配しないか?」
『あー、まだ一緒には暮らしてないし、俺も納期が近いから……結婚式と新婚旅行の休み取るのに苦労したぜ』
「大変だな」
『働かざるもの食うべからずってな! とりあえず葉書出しても出さなくてもお前は参加ってチェックしておく』
「ちゃんと出すさ、無理だけはするなよ」
『ああ、じゃあ結婚式の日に』
「またな」
 あいつはどんどん俺を追い越していくな……。耀介は学生時代の幼い自分と池本と過ごした日々を思い出しながら、型押しされたマーガレットを見つめる。

 ――マーガレットの花言葉は『真実の愛』。


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