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恋愛小説、書けません。

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note創作大賞2024/恋愛小説部門/恋愛小説、書けません。置き場
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2024年6月の記事一覧

恋愛小説、書けません。/Lesson22:「雑炊」

恋愛小説、書けません。/Lesson22:「雑炊」

 インターホンが鳴る。熱で朦朧としているが、覚束ない足取りで部屋にあるモニターを確認する。

『耀介、大丈夫?』
「絢乃……。ちょっと待ってくれないか、解除するから」

 耀介はオートロックの解除ボタンを押す。
 暫くして玄関先のチャイムが鳴ったので鍵を開けると、グレーのコートを身に纏った絢乃が心配そうに耀介を見つめ立っていた。
「……入ってくれ」
「うん、お邪魔します」
 耀介は相変わらずの足取

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恋愛小説、書けません。/Lesson23:「泊まっていけば」

恋愛小説、書けません。/Lesson23:「泊まっていけば」

 耀介は食べ終わると医者に処方された薬を飲み、ベッドへ潜った。
 その間、絢乃はキッチンの後片付けをしていた。
 絢乃が用事を済ませ耀介の寝室へ入り、今度は寝間着を着替えさせる為に耀介の汗をかいた肌を拭いたりしていた。逐一「申し訳ない」とうわ言のような耀介の謝罪を「いいのいいの」と軽くあしらう。
 弱っている幼馴染から頼られるのは嬉しい、耀介なら尚更。そんな思いで絢乃はかいがいしく世話をしていた。

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恋愛小説、書けません。/Lesson24:「柔らかな手」

恋愛小説、書けません。/Lesson24:「柔らかな手」

『大丈夫、そばにいるから』
『私はここにいるから、耀介の隣に』
『怖くない、怖くない』
『一人じゃないわよ』
『汗が凄いわね。拭いてあげるから』
『明日になったら、元気になるからね』

 声すらも知らない母のような言葉が聞こえたような気がした。
 それは幻聴だったのか、現実だったのか。

 ――気が付けば、既に外は明るかった。

「ん……」

 ライトグリーンの遮光カーテンの隙間から入る陽射しで、

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恋愛小説、書けません。/Lesson25:「その時間は穏やかに」

恋愛小説、書けません。/Lesson25:「その時間は穏やかに」

 耀介が目を覚ますと、南向きのバルコニーのガラス戸から燦々と太陽が降り注いでいた。気がつくと、ガラス戸が開け放たれ、髪の毛を一つに纏めたジャージ姿の女性。

「耀介、起きたの?」
「……ああ……」
 どうにか普通に返答したが、耀介の心の中で鼓動が高鳴るような気がした。熱のせいだな、と勝手な回答を頭の中に浮かべる。
 笑顔が眩しく見えるのは、気のせいだろうか。絢乃の笑顔は、何故か耀介の視線を絢乃では

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恋愛小説、書けません。/Lesson26:「初恋はそこに」

恋愛小説、書けません。/Lesson26:「初恋はそこに」

 絢乃が笑うと、俺の心は満たされる。
 絢乃が怒ると、正直辛い。
 どうしてそう思うのだろうか。耀介は悩んでいた。
 昨日の帰り際の抱擁は、一体何だったのだろうか。
 耀介も絢乃も、子供ではない。大人だ。
 しかし絢乃の抱擁は、まるで幼き頃に守ってくれていた絢乃の優しさ、そのもののように耀介は感じていた。

 とりあえずは安静に。絢乃の忠告を守って耀介はベッドに潜り込む。

 ――夢を見た。幼い頃

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恋愛小説、書けません。/Lesson27:「大切なものはそばに」

恋愛小説、書けません。/Lesson27:「大切なものはそばに」

 絢乃のお泊り看病から3日後のこと。絢乃から電話が掛かって来た。

『具合、落ち着いた?』
「ああ。お陰様で。絢乃様に感謝している」
『絢乃で結構。それで用件は?』
「お前の……これは何だ、小さい白いボトルが洗面台に置きっぱなしだったんだ」
『あ、それクレンジングクリーム!』
「電話で大声を出すな……」
『ごめんごめん、じゃあ会社帰りにそっち寄るから』
「ああ、待っている」

 たまには絢乃を持て

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恋愛小説、書けません。/Lesson28:「恋愛小説、書けます!」

恋愛小説、書けません。/Lesson28:「恋愛小説、書けます!」

 風邪は忘却の彼方へ。耀介はダークグリーンのスーツを身に纏い文華社へ向かう。
 使い込んだ皮の鞄には、ちゃんと出来上がったプロットが入っていた。

 あれから耀介は巻き返すが如く、恋愛小説に取り組んだ。女性心理も男性心理も、結局は「同じところに行き着く」部分があると実感したからこそ、もう迷うことはなかった。
 大切なものがそばにあるからこそ、耀介は「書くこと」を捨てずにいられた。

「どうでしょう

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恋愛小説、書けません。/Lesson29:「ずっと隣で」

恋愛小説、書けません。/Lesson29:「ずっと隣で」

 気が付けばお互いに外せない用事がない限り、土日を利用して絢乃が耀介の自宅にやって来る。バスルームには、女性物のシャンプーにコンディショナー、そして絢乃愛用のクレンジングクリームに基礎化粧品一式。
 クローゼットにはレディースのルームウェア。そして何故かワンピースが数枚。
 全て、耀介が恥ずかしがりながらも自分で購入したものだ。ワンピースは耀介が絢乃に着て貰いたいと思って購入したもので、それを渡す

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恋愛小説、書けません。/Lesson30:「大安吉日」【終】

恋愛小説、書けません。/Lesson30:「大安吉日」【終】

「おめでとう!」
「おめでとー菅原!」
「お幸せにね!!」

 沢山の人々の祝福の言葉を受ける一組のカップルが、色取り取りのフラワーシャワーを浴びる。幸せそうに微笑む新郎新婦は、今日この場にいる誰よりも輝いていた。
 ――菅原、と言っても耀介ではなく、今日は侑介と絵里奈の結婚式だった。
 晴れ渡った空には雲一つなく、そして春の陽気。チャペルに咲いている色取り取りの花々。この世の全てが二人を祝福して

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