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東京NEO-FARMERS!の仕掛人・松澤龍人氏の農業観・農地観

今回は、東京NEO-FARMERS!の仕掛人・松澤龍人さんに農業観・農地観を伺ってきました。
 
1992年より東京都農業会議に勤務。2006年から新規就農相談の担当となり、2009年に東京都内初の新規就農者を誕生させ、2012年には東京都内の新規就農者等で組織の仕掛人となり東京NEO-FARMERS!を結成した松澤さん。東京都での新規就農希望者の多くは松澤氏のもとに訪れており、松澤氏はこれまで累計1,000人以上の新規就農の相談に対応してきたとのこと。
 
松澤さんの執筆した書籍や関連画像は、こちらから(
https://nogyokan.com/matsuzawa-ryuto)。
 
生産緑地は耕作適地というお話や、東京では新規就農希望者が1万人に1人でも1,400人になるというお話。東京NEO-FARMARS!のきっかけはもちろん、松澤さんの仕事観や、そのきっかけなどもお話しいただきました。
 
※「現代の農業観・農地観」(https://nogyokan.com/)からの転載記事です(調査日2021年5月31日、掲載日2021年6月21日)
 


■プロフィール

松澤 龍人 氏

1968年生まれ。
東京都農業会議事務局次長兼業務部長。1992年より東京都農業会議に勤務。1994年から現在まで農地関係制度を担当。2006年から新規就農相談の担当となり、2009年に東京都内初の新規就農者を誕生させ、2012年には東京都内の新規就農者等で組織の仕掛人となり東京NEO-FARMERS!を結成。東京都での新規就農希望者の多くは松澤氏のもとに訪れており、松澤氏はこれまで累計1,000人以上の新規就農の相談に対応してきた。

農地専門相談員。東京税務協会にて東京都主税局職員を対象とした農地法の研修を担当するなど、多数の講演会・研修会の講師を務めてきた。

共著書籍として、『都市農業・都市農地の新たな展望』(農政調査委員会、2021年)、『農地・農業の法律相談ハンドブック : 農業委員・農地利用最適化推進委員必携 改訂版』(新日本法規出版、2020年)、『Q&Aとケースでみる生産緑地2022年問題への対応・承継・税制のすべて』(新日本法規出版、2020年)、『ケース別農地をめぐる申請手続のチェックポイント : 権利取得・転用・税制等』(新日本法規出版、2019年)、『これで守れる都市農業・農地 : 生産緑地と相続税猶予制度変更のポイント』(農山漁村文化協会、2019年)、『ケース別 農地の権利移動・転用可否判断の手引』(新日本法規出版、2017年)、『都市農業必携ガイド : 市民農園・新規就農・企業参入で農のある都市づくり』(農山漁村文化協会、2016年)。東京NEO-FARMERS!の取り組みは、吉田忠則『逆転の農業』(日本経済新聞出版、2020年)でも紹介されている。

共著論文として「東京都における相続に伴う農地処分類型からみた生産緑地の存続性」『工学院大学研究報告』108(2010)、「東京都における相続を契機とする生産緑地の存続傾向」『農村計画学会誌』27(Special issue)(2009)、「東京都における都市住民と関わる農業活動に対する農家の対応」『都市計画論文集』38(2003)。

■新規就農希望者1,000人以上から相談を受けた

――東京都内の新規就農希望者は、基本的に松澤さんに相談しているというのが実態でしょうか?

松澤:そのようなケースが多いかと思います。

――どのくらいの人数の方が来られますか?

松澤:私が担当になった2006年から累計だと1,000人以上ですかね。

――1,000人中でいうと、実際に就農した人は何人ぐらいでしょうか?

松澤:1,000人といっても、実際にいろいろな相談もありますので。その場で終わってしまう人もいます。また、相談後に進む研修先については、2020年に東京農業アカデミー八王子研修農場ができたので、そちらを紹介したりもしています。

東京農業アカデミー八王子研修農場ができる前は、すべて都内の農業者に頼んで研修先として受け入れてもらっています。そこまでたどり着くのが、1000人のうち何人かという話で。

――農家での研修というと、「農の雇用事業」を使うということでしょうか?

松澤:「農の雇用事業」などを使って、農家に雇ってもらって研修します。これまでの受け入れは、150人とか、それぐらいだかと思います。


■東京で新規就農が難しい理由

――基本的に東京での新規就農者の受け皿は少ないということですか?

松澤:少ないですね。

――なぜ少ないのでしょうか? 東京で新規就農が難しい理由というのは?

松澤:東京の農地というと、その約3~4割は市街化区域にある生産緑地です。生産緑地は、新しく制度(都市農地貸借円滑法)ができるこの2年半前までは貸借は現実的にできなかったわけです。そのほか約4割が山村(奥多摩町・檜原村)・島しょ部(伊豆・小笠原諸島)が占めるという特殊なところです。

――青梅市では新規就農する方がおられたりしますよね?

松澤:ですので、残りの約2割の市街化調整区域にある農地を借りて、新規就農をしています。

――東京の農地は基本的に市街化区域と市街化調整区域に分かれていて、あとは、奥多摩町と檜原村、島しょ部ですよね。市街化区域以外であれば新規就農が比較的しやすいということですよね?

松澤:もちろん新規就農はできますが、結局、農地が少なく、さらに、島しょ部などは、通常イメージされる「東京での新規就農」という感じでは受け止められてはいません。

――市街化区域での新規就農が難しい理由について基本的なことから教えてもらえますか?

松澤:市街化区域というのは開発が前提の地域のため地価が高く、農地は固定資産税等を抑えるため、生産緑地に指定して維持されているわけです。相続税も高額であることから、相続税納税猶予制度という制度を利用します。まず、相続税納税猶予制度の適用を受けた農地は、一生涯、自分か家族かで農業をやるということで適用を受けなくてはならなかったので、都市農地貸借円滑化法が施行される2018年9月1日までは、貸借ができなかった。

――例えば、都市農地貸借円滑化法が施行される2018年8月31日以前に貸していたら、その猶予が納税の関係で、どのくらい影響がありますか。

松澤:その場合、利子税を付して納税するので高額になりますね。生産緑地も結局、貸してしまうと、主たる従事者が変更されるので、相続があっても、生産緑地の行為制限の解除はできないし、相続税納税猶予制度の適用も受けられないということになってしまいます。ですので、そもそも貸借は無理だったのです。

それで、相続税納税猶予制度を受けている農地については、まず市街化調整区域で、2009年11月15日から貸せるようになりました。市街化調整区域の農地で相続税納税猶予制度を利用する人はほぼいませんが、まずは制度の整備ができて、都市農地貸借法によって、市街化区域内で貸借しても相続税納税猶予制度が継続されるようになったということです。


■新規就農がしたくてもできる場所はわずか

――通常、農業というと、新規就農を増やそうという動きがあると思うのですが、なぜ、東京は進まないかというと、税制面での理由があるということでしょうか?

松澤:税制面というか、制度ですね。

――制度的に新規就農をしたくてもできる場所が少なかったということですね。市街化区域では農地を持っている人も貸せなかった。貸したら税金が重くのしかかることになっていたということですよね。

松澤:そうですね。

――あとは地方と全然、税金額とかも違いますよね。地方だと固定資産税とかもあまり高額ではないですし。

松澤:都内も市街化調整区域ありますが、市街化調整区域では固定資産税の評価はとても低いです。

――都市部になればなるほど、大きな額になりますよね。坪いくらぐらいになるのですか。

松澤:例えば、ある23区の農地でしたら、10アールで年190万円の課税というところがあります。まぁ、一番高いところでですけどね。

――普通にしておくとそのくらい税金がかかるものが、生産緑地にするとどの程度になりますか?

松澤:約4,000円ぐらいですかね。そのかわりちゃんと農地として管理しなくてはなりません。原則、多用途への使用はできません。

――そういうルールがあって、要はそのルールの縛りで新規就農が難しかったということですね。


■以前は、ほかの県でと断っていた

――新規就農の希望者からの相談は、昔からあったのでしょうか? それとも、松澤さんが新規就農を担当させるようになった時期から、新規就農したいという声が増えてきたのでしょうか?

松澤:昔からありました。ただ、結局、引き受けられない。

――引き受けられないと……

松澤:そうです。以前は、都内は島しょ部以外難しい。他県なら可能性があるのではなどと断っていたのです。

――なるほど。

松澤:しかし、それがいやになってしまい、やってみようかなと思ったわけです。

――なるほど。その時、何か、きっかけはありましたか?

松澤:まず、やはり、断り続けるのはどうなのかなというのと、あとは、瑞穂町などで農家どうしの農地の貸借がはじめられるようになっていたのです。

――市街化調整区域ですね。

松澤:はい。それで、現地での様子を聞いたら、もしかしたら新規就農の可能性があるかと思ったのと、やはり、その時、井垣夫妻という新規就農希望者が現れて、どうにかしてあげたいと思ったのもあります。

――井垣夫妻?

松澤:井垣貴洋・美穗さんという、(島しょ地域を除き)都内ではじめて新規就農した夫婦です。こういう人達がいたので、どうにかしたいなと。

――なるほど。今も新規就農は、基本的に市街化調整区域ということですね。

松澤:そうですね。


■市街化区域で新規就農できる条件

――例外的に、市街化区域での新規就農もニュースで紹介されていますよね。

松澤:限られた条件が整えばということですね。日野市で生産緑地を借り受けて全国ではじめて新規就農した川名桂さんのケースなどです。結局、相続をした時にちゃんと次の人が農地として維持してくれるかどうかは、わからないじゃないですか。

――市街化区域で新規就農できる条件というのは何でしょうか?

松澤:相続が発生した時に、その次の代が生産緑地として農地を維持し貸し続けてくれるかどうかです。逆にいうと相続があったときは、宅地にできてしまうわけです。つまり生産緑地を借りて新規就農をしたときに、所有者(貸付人)に相続が発生し、相続税を納付するためにその生産緑地を相続人が宅地に転用して売らざるを得ない状況になったときは、生産緑地を返還せざるを得ない。そうなると新規就農者は職を失ってしまいます。

――市街化区域に新規就農するといっても、農地を買い取っているわけではなく、当然、借りている状態ということですよね?

松澤:そうです。市街化調整区域と違って、実際には買い取れないです。生産緑地は宅地と同等の地価となりますので、とんでもなく高額です。

――今の世代の農地の所有者が、「この若手いいな」と貸すことはしても、では、その次の世代に所有権が移った時に、次の世代が同じように相手方を見てくれるかということがポイントでしょうか?

松澤:たぶん、借りていたら、何年間かの信頼関係を築くことになるわけですからそういうことではなく、結局、相続が発生した時に、相続税の納付のため、その農地を売らなくてはならないという状況になる場合が多いわけです。

――相続税を支払うために農地を手放すわけですね。

松澤:相続税の額によると思いますが、相続税納税猶予制度の適用を受けて維持する相続人も、もちろんいます。

――所有者からすると、宅地にしたら儲かるとか、お金が手に入れたいから農地を売るというよりも、単純に相続税を支払うために、宅地化せざるを得ないというような状態ということですね?

松澤:はい。そのようなケースが多いと思います。

――逆に、借りている人にとってみると、今の世代は借りて良かったけれど、相続が発生した時に、農地を返還せざるを得なかったり、そもそも、そこが農地ではなくなってしまう可能性もあるわけですか?

松澤:そうです。生産緑地の貸借は、使用貸借(無償)が多いですが、相続が発生した際には返還できるようになっている契約が多いですね。

――なるほど。

松澤:そうなってくると、新規就農者にとってみれば自分の職業が、農地の所有者の状況次第では、なくなってしまうかもしれないということになります。

――そうですよね。


■市街化調整区域でまず農地を借りて、市街化区域で規模を拡大

松澤:ですから、生産緑地で新規就農することは難しいです。周辺の農業者が一時的に生産緑地を借りるというのであれば、ぴったり当てはまりますが。

――なるほど。農家として、ほかにメインで農業をしている場所があって、一部だけちょっと規模を拡大するつもりで借りるなら、まだリスクは低いわけですね。

松澤:そうです。新規就農であれば、市街化調整区域で農地をまず借りておいて、市街化区域で規模を拡大する、そういった発想が出てきます。

――なるほど。

松澤:自分はけっこう、そう提案をしますが。たぶん、全国でも自分ぐらいしか、そんなこと言わないのではないですかね。(笑)

――市街化区域内は、バッファー領域というか、農地として使えるときは規模拡大に使って、所有者の相続が発生した時には状況によっては撤退という感じで、柔軟に位置づける感じですね。

松澤:はい。それが一番、理想ですね。


■生産緑地は耕作適地

松澤:ただし、市街化区域の生産緑地はインフラがいいわけですよ。畑はきれいだし、市街化調整区域と違って水などもある。耕作適地です。

――市街化調整区域には水がないというのは本当ですか?

松澤:畑ですしね。東京は水田が少なく水路があまりない。市街化調整区域というのは、都市整備しない場所ですから。

――とはいえ、市街化区域内での用水といえば、おそらく農業用水ではなく上水道でしょうから、水道代が高いのではないでしょうか?

松澤:はい。ただ、水があるか、ないかは大きな違い。

――水があることが重要。

松澤:そうです。水がないとできないことが多いです。

――なるほど。

松澤:水を撒くとかではなく、いろいろな作業で必要じゃないですか。手を洗ったり、野菜洗ったりなど。

――では、農地の条件としては、市街化区域の方が、設備的にはいい。少し意外な感じもします。

松澤:市街化区域の方が農地の条件はいいですよ。周辺住民によく売れるし、ただ、周りは気になる。

――気になるとは、具体的にはどういうことですか。

松澤:あまり朝早くからトラクターをかけると騒がしいとか。

――土埃などもありますね。

松澤:そうです。そのような点は大変ですが、それ以外においては、とてもすぐれている農地と感じます。傾斜地も少ないし、水もあるし。もっというと、例えば自分の家の前の直売所で1,000万円とか売り上げてしまう。

――そんなに売れるのですか?

松澤:そうですね。施設でトマトを作って、家の前ですべて売ってしまう。それで1,000万円以上とか。

――そういう人はだいたいどれくらいの規模をされていますか?

松澤:ハウスで20アールとか、そんな感じなのでは。

――庭先販売ですね。

松澤:あと自動販売機。

――そういった経営ができるからこそ、そこに農地が残っているわけですね。

松澤:ですから、市街化区域の生産緑地の方が確かにいいはいいです。ただ、課題としては、新規就農者にとっては家賃の高さがありますよね。あと、先ほど言った騒音とか……インフラ問題でいえば駐車場とか……

――駐車場がないということですよね。駐車場にしてしまうと、もうそこは農地じゃなくなってしまって、税金が上がるからということですか。

松澤:基本的には、畑にあまり駐車してはいけない、ということになっているので。

――地方だと普通に停めていたりしますが。

松澤:そうそう。東京都内も実際のところ多いですが、まともに言われると。

――ルールですしね。

松澤:はい。ですから、そういう問題はあるかと思います。

――では、新規就農者にとってみれば、市街化区域内の農地は魅力的だけれど借りにくく、東京都内でいえば、市街化調整区域は比較的入りやすいけれど、少ないということですね。比較すれば、市街化調整区域では、農地の条件として、傾斜や用水の面で難がある。

松澤:本当に東京都内の農地が少ないですよね。市街化調整区域の農地なんて、極端に言えば、北海道の篤農家20人をあわせたほどの規模ともいえる。

――東京都の市街化調整区域は約1,700haで、市街化区域内は約3,700ha。市街化区域の方が断然多いですよね。


■やはり、常識は打ち破らないといけないので

松澤:こういった事情から、東京では新規就農ができないというのが常識でした。

――なるほど。

松澤:やはり、常識は打ち破らないといけないので(笑)

――なぜ、そう思われたのですか?(笑)

松澤:やはり、いやだったので、相談されて毎回断るのが……。結局、新規就農って、どこでも「担い手がいない」といって、新規就農したいというと「難しい」という話しで。今の規制改革会議など国レベルの議論にもなっていますが、担い手がいないのに、新規就農者に与えられる農地がないとか、そういう現実も受け止めながらも挑戦しなくてはと。

――なるほど。

松澤:農地制度というのは、自分はいいシステムと思っていて、農業をやりたいという人がいれば、その人たちには安く貸すというシステム。一方で、どうしても農地所有者にはメリットが少ないと感じられてしまう。

――詳しく教えてください。

松澤:農業を職業にしたい人などには貸す。そのかわり、その人達は、たとえば、10アール与えられたら、それを50万円、60万円の農作物を生産できる技術があるとか、そういう人には農地を安く借りてもらおうという考え方です。ですから、普通、本当に安くて、都内でも畑10アールの賃借料が年間1万円とか無償とかです。

――安いですよね。

松澤:本当に安価です。サラリーマンが昼ごはんを月に1日我慢すれば、10アール借りられるような値段なわけです。つまり、農地制度というのは、基本的にお金があっても買ったり借りたりできないシステムなのです。

――なるほど。

松澤:それがまだ日本に残っていると。特に東京みたいに新規就農の希望者が多いところは、安く貸せるシステムというのは、やはり必要なのだなと思ったりしています。そういうふうに、農業をする人が安く借りられるシステム。

――なるほど。

松澤:逆に「安く借りることになっているのですよ」と所有者に言うと、おかしのでは?ということになるケースもある。こちらは、農地を新規就農者に貸してもらえないかとお願いするわけですが、それは、使ってない家をきれいにして使うから安く貸してくれよと話しているのと同じですからね。地権者は憤りを感じる。「お前、俺の農地は月数百円かと」と。それは怒りますよね。しかし、説得します。

――なるほど。そうしてようやく、無償や安く貸し借りしてもらえるわけですね。

松澤:そうです。

――安いくらいなら、無償の方がよいということもありますか? 制度的に。

松澤:そうですね。無償で契約すると、特に生産緑地では、相続があった時に途中で返してもらえるような契約ができるので、そちらの方がいいという人も多いです。

――なるほど。


■東京の人口は1,400万人もいますから、新規就農をしようと思う人が1万人に1人でも1,400人になる

――とはいえ、説得は難しそうですね。

松澤:やはり、農地を借り受けるための説得というのは遅々として進まないケースが多い。なので、新規就農者に貸せるような農地は少しずつしか出てこない。その一方で、新規就農を希望する人は多い。

――希望者はそんなにいるのですか?

松澤:はい。今日も午前中に相談者が来ていて、毎日のように相談がありますよ。法人の新規参入も含めて。

――新規就農者を呼び込む努力をされている地域からすると羨ましい話ですね。

松澤:しかし、それは東京だからだと思います。東京の人口は1,400万人もいますから。新規就農をしようかなと思う人が、1万人に1人いても1,400人になるわけです。

――なるほど。


■東京で新規就農をするのであれば、どうしても東京でなければならないという理由が必要

――松澤さんの職務上、業務的にいえば、今までの同じようにほかの県を紹介するとか、行ってくださいと言えるわけですよね。ただ、松澤さんは、それだと嫌だなと思われた。東京で何とか新規就農できる道がないかと考えられたわけですが、その理由は何でしょうか?

松澤:そうですね。先ほども話しましたが、農業といえば、担い手が少ないといわれているわけでしょう。その一方でやりたいといってくる人たちがいる。そういう状況で断るのは嫌だなと思いました。

――なるほど。

松澤:ただ、東京で新規就農する理由がないといけない。たとえば、いま新規就農したくて20~30人が待っているわけです。その中にあなたは並ぶことになるのですよと。どうしても東京でやりたいという理由があって待てるのなら、研修先を紹介しますよ。というような話しをしています。

――そんなに待っている人がいるのですね。

松澤:研修中でずっと待っている人もいます。

――そうなると、新規就農を希望する人でも、なぜ関東なのか、なぜ関東のなかでも東京なのか、という核がないと待てないわけですね。

松澤:そうです。たとえば、八王子市に家を買っていて、奥さんが通勤して働いています。そして、子供もいますというのであれば、これは自宅から離れられないなと。八王子市であればもしかして近くに農地があったりするわけです。であれば、八王子市で農地が出てくるまで研修し(農業者宅等で雇用を受け)ながら待ちますか、となるわけです。

――なるほど。

松澤:そういう話です。でも先ほどの話に戻りますが、やはり、農地は簡単に出てこない。

――単純にいえば、借りる方は安く借りたいし、貸し出す方は高い方がいい。

松澤:農地制度の中でも、賃料が高額だとダメですよというのがあります。地域との調和要件の中に、周囲より極端に高い金額というのは、許可とか、認定とか受けられないという。

――ある意味、上限があるということですね。

松澤:そうです。東京都内の賃借料の平均は市街化区域以外で10アールあたり年1万円ほどです。

――10アールあたり年1万円。

松澤:そうです。ですので、高くとも賃料は3倍以内と考えられます。

――逆にいえば、高くてもいいから農地を借りたいだとか、貸す側と借りる側で話が合っても、制度上は通らないということですよね?

松澤:それはダメです。

――そうなると、ますます貸す側から農地が出てこないわけですね。若い人にやりたい人がいても、じゃあ、うちを使ってよという人はなかなか出てきにくい。そういったことを、松澤さんは説得されてこられたという感じですか?

松澤:そうです。ですから、たとえば、10アール月10万円とかで借りるということであれば、おそらく貸してくれます。逆に借りる側にとって120万円支払って農業をはじめても続けられないですよね。10アールで120万円以上の利益を出すのは大変なことです。

――そうですよね。

松澤:農地法の仕組みとして荒れた農地を本当に使わないなら、所有者から取り上げて貸せますよというものがあります。しかし、そんなことしたら、所有者と耕作者との間で紛争になりますよ。

――農地法では、かなり厳しい措置を取れることにはなっていますが、現実としてはそのような措置がとられていないというように思いますが、実際にやっているところはあるのですか?

松澤:ないです。できないでしょう。

――ですよね。(笑)


■市街化区域で人・農地プランを作成するのは困難

――現実的にそういう手段が取れない中で、一方では人・農地プランという制度もありますよね。人・農地プランについてはどのように考えられていますか?

松澤:それが問題で。

――松澤さんは人・農地プランのご担当ですか?

松澤:担当というか、結局、人・農地プランの作成と位置づけが新規就農者が活用できる農業次世代人材投資資金(旧青年就農給付金)の要件になっているのです。(一社)東京都農業会議としても、農地中間管理機構として農地があれば新規就農者などの担い手にどんどん貸していきます。

農地中間管理事業を通じて農地を借り新規就農した者は、農業次世代人材投資資金の要件に人・農地プランの位置づけが除外されます。ただし、市街化区域はそもそも農地中間管理事業の対象ではないです。ですから、人・農地プランを作らないと新規就農者は農業次世代人材投資資金(旧青年就農給付金)の年150万円を受け取れない。

――新規就農者向けの国の補助金を、市街化区域ではもらえないということですね。

松澤:そういう実態です。市街化区域で人・農地プランが作れるわけがないじゃないですか。生産緑地は何かあったら宅地にできてしまう場所なのですから。

――はい。人・農地プラン自体が将来的なビジョンですからね。

松澤:ビジョンないですよね。生産緑地は結局所有者次第です。相続が発生すると宅地になる可能性がある。それが現実です。

――地方であれば、この集落営農が引き受けますよとか、このおもな若手の認定農業者がやりますよといったようなビジョンを作れますが、東京都の市街化区域内だと結局、個人の相続関係の話になってしまう。それでは人・農地プランの立てようがない。

松澤:そうですね。プランがたてられない。

――はい。ただ一方で、それを作らないと新規就農者向けの補助金をもらえない。

松澤:そうです。すごくかわいそうです。生産緑地を借りて新規就農した者だからといって他の地域の新規就農者と根本的に状況はかわらない。特別に多くの資金を持っているということはありませんから。

――ルール上はできるけれど……、現実的には難しいということですね。


■東京NEO-FARMARS!のきっかけ

――東京NEO-FARMARS!というのは、松澤さんがいなければできなかった?

松澤:そうかもしれませんね。最初に井垣夫妻の新規就農を導き、その後3人ほど就農しました。それは、ただ、農地の貸借を手伝っただけで、その頃は、東京都農業振興プランのなかに新規就農という位置づけもない。誰もしてこなかった。一部の人から自分もだいぶ批判を浴びました。今もそうですが、批判を浴びたりもするのです。

――批判というのは、誰からくるのですか。

松澤:それはあまり言えませんが。

――普通、新規就農が増えると喜ばれるようなイメージですが。

松澤:自分もそういった意味では孤独な活動で、新規就農した4人も地元で孤独になってしまうのではないか、ならば、新規就農者だけで集まる機会を月に1回持とうということになりました。

――なるほど。

松澤:そういうふうに続けていたら、新規就農者だけではなくて、農家の婿に入った農業者なども来るようになったのです。

――新規就農にかかわらず、若手の人たちも一緒に来るようになりはじめたわけですね。

松澤:はい。それ以降、新型コロナウイルスの緊急事態宣言が発令されるまでは、必ず毎月集まっていて。そして、そうやって集まると、いろいろな人が来るようになって、デザイナーとか、応援したい人とか、もちろん新規就農を考えている人とか。

――なるほど。

松澤:それで、みんなでマルシェに参加するとかなって、そのうち参加者でこの集まりに名前を付けようという話しをしていたみたいで。話しがあったので、じゃあ、そうすれば、と私が言ったら、みんながうちには中心者がいなくて、松澤さんしかいないですよ、みんなを知っているのは、と。

じゃあ、私がその名前でいいか、とみんなに聞いたら、いいよとなって、東京NEO-FARMERS!という名になりました。そして、そのあとも世話人みたいなことをやっている感じです。ですから、うちはお互い全員知っているということはないです。私のことは知っているけれど。

――そういうことなのですね。ということは……

松澤:お互いがみな知り合いとかいうわけではないです。耕作地も離れているので。

――新規就農者どうしがすべて知り合いではないということですね。

松澤:そうですね。

――個別には飲み会とかで仲良くなるというのはあると思いますけど、基本的にはみなさん、松澤さんを通じて、ほかの人との関わりが生まれているという。

松澤:そうだと思います。

――今、何人ぐらいいらっしゃいますか。

松澤:100人くらいいるかと思います。基本的に新規就農者と新規就農をめざす人、そしてそれを応援する人で集まったコミュニティです。そうしたら、最近でも「面白そう。参加したい」と農家の若い後継者なども集まるようになりメンバーになっています。

――後継者というと、親が農業をやっていて、その子どもで農業以外の仕事をしていたり、親から農業を継いだような人たちですね。

松澤:そうです。親世代が農業をやっている子供世代ですね。これから農業を一生懸命やりたい、多様な仲間をつくりたい、今後どうやっていくかなど話したいなどと来ますね。

――ということは、もはや新規就農とかという話ではなくなってきて、若手の人たちも入ってくるという……

松澤:そうです。メンバーは、(作業場などの)インフラが悪い中でも農業で食べていかなくてはならないので。一生懸命やっている人の刺激を受けたいということで、後継者が来るのだと思います。


■自分の好きなことを仕事にしているから

――そういう人たちどうしは話しが合うのですか? ある意味、新規就農する人からみれば、農地を持っている後継者のことを羨ましいと思う人もいるじゃないですか? たとえ同じ年代でも、立場や経緯からして違うわけですよね。新規就農でなかなか農地も手に入らないグループと、農地があるグループと。

松澤:うちの場合は、みんな話しが合いますよ。あと、びっくりするのは、お互いにあまり関心がない。

――といいますと?

松澤:何だかおもしろいのですが、それが東京NEO-FARMERS!の特徴です。たとえば「農業の問題やこれからについて熱く語ろうぜ」みたいなものには、決してのってこないです。そんなに熱くないです。

――新規就農の人たちも?

松澤:そんなに熱くない。あまり不満など口にしないです。月例会(毎月の飲み会)に農林水産省の職員の方も時折参加してくれるのですが、「農水省は何やっているんだ!」とか「こうして欲しい」というのがメンバーからまるでないので、居心地が良さそうですよ。違うかもしれませんが。(笑)

――え?

松澤:要は、自分の好きな仕事をしているから基本的にはハッピーだと感じているの

――地方に行くと、若手農家の集まりとかあるじゃないですか。そういうノリともまた違う?

松澤:全然違います。お互いこういうような支援を受けて、こっちは受けられないとかあったりしますが、お互いの悪口は言わないし、自分の吸収するものだけ吸収してという感じで。明るいですしね。

――けっこうドライというか……、いやドライというより、一匹狼という感じですかね。

松澤:典型的なのが、ある有名な農業系の起業家やフリーランスの方が、「あなたたち、今まで不満が貯まっているでしょう、これからのことを熱くいろいろ語らないか」と言っても、「別に」という感じですよ。(笑)

――なるほど、なるほど。

松澤:ですから、自分の仕事をこれからどうやっていくか、そして楽しめるかということに、主眼が置かれている。

――なるほど。そうした方々をつなげるというのは、松澤さんにしかできないというわけですね。

松澤:そうかもしれませんね。みんなが別に農業に不満があるわけでもないし、楽しくやりたいという感じが多いです。


■温泉地でのCSAの取り組み

――ちなみに、この東京NEO-FARMARS!をきっかけに、新しいビジネスというか、マルシェとかは別に、たとえば、同じような花を作っている人たちが一緒に始めるとか、そういうのはないです?

松澤:そういう取組みはなく、東京NEO-FARMARS!青梅G(グループ)は仲が良くて、特に地元農家の娘がメンバーにいて、皆がそのお父さんに農地のあっせんなどでお世話になっていて……

――その中でのつながりはあるわけですね。

松澤:そうです。JR小作駅前でマルシェをグループで定期的に開いたり、あと、CSAというのをやっています。

――企業と結びついたCSAですね。

松澤:いいえ。岩倉温泉という一軒しかない温泉地があって、そこにみんなで野菜を先に購入してもらって、そこに取りに来てもらう、というCSAの取り組みをしています。


■今の新規就農希望者は、農業が特別な職業だとは思っていない

――東京NEO-FARMERS!もはじまって年数が経つわけですが、大きく変わってきましたか? 基本的な根っこの部分で変わっていないことなどありますか?

松澤:最初のころは、福岡正信『自然農法 わら一本の革命』を読んで死ぬ気で来ましたみたいな人が多かった。就農に至らない人たちでも、本を読んで、命かけて農業やります的な人が多かったです。

――福岡正信『自然農法 わら一本の革命』とか、ほかにもいろいろ、石川拓治『奇跡のリンゴ』などとかですよね。

松澤:そう、本で感銘を受けたとか。今は違います。

――今はどうですか?

松澤:今は普通の職業と受け止めて来ます。

――転職関係?

松澤:そうです。いまの新規就農希望者は、農業が特別な職だとは思っていない。だから農業をやるのは、別に社会のためとかもでもないですし。

――昔はどちらかというと、そちらの方が強かったわけですね。農業に対して、ほかの職業とは違う価値を見出している人たち。

松澤:そうです。「農業をはじめるなんて、棺桶に一本足を突っ込んでいる覚悟で」、と受け止める側もそのような感じで。

――受け入れる側もそういうようなことを言っていたわけですね。

松澤:そうです。今はともに違います。過去に比べれば。

――昔よりは…。それはなぜですか。世代が変わったのですか、それとも時代?

松澤:時代でしょうね。新規就農の希望者にとっては、今は終身雇用みたいなのもないじゃないですか。今日の朝、相談に来た人も、一流大学を出ていると言っていました。でも、本気で農業をしたくなった、と。

――そういう人たちがいるわけですね。


■仕事って結局、生活の長い時間を占めるので人生になってしまう。農作業が好きであれば、好きな仕事で人生が満たされる

松澤:ですから、相談のなかで農業は大変ですよと言っても、どの職業でも大変だからと、100%言います。農業を特別な職業だと思っていない。つまり、どんな仕事も結局、将来が保証されているわけじゃないので。

――ブラック企業とかもありますしね。

松澤:そう、仕事って結局、生活の長い時間を占めるので人生になってしまう。そうなるとそんなにお金を稼げなくても好きな仕事で時間を費せるというのも悪い選択肢ではない。メンバーの唯一の共通点は農作業が好きだということです。

――それが全員の共通点。

松澤:はい、それだけです。お金稼ぎたくないの? と言えば、稼ぎたいとは言います、誰でも。でも、自分の好きな時間を送る程度の収入で満喫したいという感じが多い印象です。

――なるほど。人生とか時間とか、時間の使い方とか……

松澤:そうです。

――今、そういう人たちが多いと感じますか?

松澤:多いです。一生懸命働いていますけど。やはり、時代がちょっと変わってきましたかね。


■「一番の夢は」と聞かれれば、相談に来る人や新規就農を一緒に進めている希望者が一人もいなくなって「やりきった!」と思える日が来ることですかね

――松澤さんご自身の中で、この15年ぐらいで考えが変わった部分、変わらない部分というのはありますか。昔と何も変わらない?

松澤:それを考えるヒマがありません(笑)。毎日のように相談があるので。時折、「今後の展望や活動はどうしていきますか」などとの質問を受けますが、何もないです。私はいつでもここにいる、マンネリですと。要するに、この仕事をやり続けるというか。新規就農をした人だけを外から見て、私のところに訪ねに来て「今後は?」ということでしょうが、まだ一緒に走っているのが20~30人ぐらいいますからね。私が仕事を辞めたいと思っても彼らがいるので辞められないです。

――一緒に走っているというのは、新規就農したいけど、まだ農地が見つかっていない人たちですね。

松澤:そうです。新規参入を希望している法人も含めて。結局、自分を信用して、今、一緒に考えた(新規就農するまでの個々にたてたプラン)のとおりの道に進んでいる最中なわけです。研修中だとか。何とか新規就農を実現したり、最終的な道を示してあげるなどしないと、私は辞めるに辞められないです。いつもそっちの方に引っ張られていて、本来なら、農業に就いて終わりなのだと。ですが、就農後も、信用してくれているのか、様々な相談を受けたり、売場の交渉をしたり、世話人みたいな位置づけになっているので、売場の交渉などは、まず自分に話しがあって進めていく。

これは多くの協力者があってできることなので感謝しかありません。ですが、基本的には、いつもどうやって新規就農をさせてあげられるかばかり考えています。すでに新規就農した者も農地を拡げたいし、そのなかに新たな就農者をねじ込んでいくしかない。

そのようななかでも、外食や小売関係、流通関係の方、特に(株)COROTの峯岸代表がいつも東京NEO-FARMERS!のメンバーのことを考えてくれて、都外の相模原市のメンバーにまで物流を組んで営業をかけてくれて、都心部の東京国際ファーラムのシズラーなどの取引を実現したり。すごいと思いませんか。このような活動を受けて、東京都が(一社)東京都農業会議に事業化までしてくれています。

――すごいですよね。

松澤:応援団がいるのです。本当にありがたいです。明日も会うのですが、東京NEO-FARMARS!みたいな農業者を応援したくて会社を辞めて、野菜の販売で起業したという人がいて。これまで面識もなかったのですが。(笑)

――東京NEO-FARMARS!を応援したくて会社を辞めるって、そんな方がいるのですか?(笑)

松澤:いるのですね。(笑)ただ、すでに先ほど話した峯岸さんなどにお世話にもなっているので、被ってしまうかなと。でもその人の発想がよくて、ガソリンスタンドなどに「お客さんへの景品を(ティッシュボックスなどから)野菜にかえませんか?」という営業をかける。多くが断られるそうですが、めげずにとってくる。じゃあ15万円分、松澤さん、野菜用意してくださいと。いやぁ、男前だなって。

ただ、基本は就農させなといけない人がまだたくさんいるので、この十何年、息つく島がないです。要するに、誰かが必ずいるわけです。「一番の夢は?」と聞かれれば、相談に来る人や新規就農を一緒に進めている希望者が一人もいなくなって「やりきった!」と思える日が来ることですかね。研修しているだけでは終わっていないでしょう。次、農地見つけて、その後は自治体と調整したりしなくてはならない。そういう仕事が一切なくなる時が来ないかなと思って。それが一切なくなったことがないのです。この15年の間。

――なるほど。行ってしまえば、人によってはそこまで業務しなくてもいいじゃないと思って働く人もいると思うのです。

松澤:そうですかね。

――研修にしても、まだ終わっていないと松澤さんおっしゃいますが、仕事としては研修先を紹介してあげたから、この人はこれで終わりという仕事の片付け方だとか。東京はもうどうせできないから、こういうことはやらないとか、東京NEO-FARMARS!だって、各自が別に繋がるつもりないでしょうとか。だから、やらないという人もいると思うのです。

松澤さんはそうではなくて、人々を東京NEO-FARMARS!という形で繋げたり、あるいは、研修中、新しく入りたいという相談してくる相手はもちろんですけど。研修中の方々も気を配って将来のことを考えたり、売り場を作ったり、人を繋げたりとされているわけですよね。松澤さんにとって、自分の中の原動力というのは何でしょう。それで給料が上がるのですか?

松澤:上がりませんよ。逆に……

――ある意味、自分で自分の仕事を増やしていますよね?(笑)

松澤:そう。農地がうまく耕作されず、農地の所有者から「お前を信用したんだぞ」とこちらが怒られたり、研修に行ってもトラブルがあるわけで……

――これで給料が増えるだとか、キックバックがもらえるとかならですが。

松澤:研修先でトラブっても、私が研修生の味方をしてあげないと、彼らが孤独になってしまうではないですか。ですから、農家から嫌われることもあります。あと、急に農業を止めてしまう人とかも今まで2人ぐらいいたので、そういう時に……

――責任というか批判は、組織というより松澤さん個人に降りかかってくるわけですよね。

松澤:そうですね。黙って勝手に出ていった新規就農者がひとりいて、農地などの世話をしていた農業委員さんから「毎日、お腹が痛くて眠れない」と電話が来て、本当にすみませんと。

――研修生が逃げて。

松澤:そう。「でも次の人がいますから」と言ったら「ふざけるな」と言われましたけど(笑)

――(笑)

松澤:でも本当に次の人がその農地を継いで新規就農していますよ。(笑)


■基本的に働きたい人は働けばいいと思っています。あと、やはり農業界に貢献したい。

――松澤さんご自身のそういった仕事への向き合い方は、何かこれまでの、生まれてからこれまで、小学校とか中学校とかでもいいですが、何かきっかけはありますか?

松澤:ないですね。

――それでは、何が自分をそう動かしているのだと思いますか。突き動かしているものはありますか?

松澤:ないです。何でしょう、どうにかしてあげたいというのは、昔からあるのかもしれません。ひとつは、信念があって「働きたいと思っている人は働けばいい」と思っているのです。働きたくないという人を働かせるのは難しい。

――はい。

松澤:新規就農を相談に来る人は、少なからず働きたいと思っている人です。

――はい。

松澤:働きたいと思っているなら、働いてみろよと。私は、本当にそれだけです。働ければいい。

――それが信念?

松澤:そう。

――手を差し伸べるという感じ?

松澤:そうです。若い人がこんなに働きたいというのはすごいことじゃない?

――はい。どちらかというと、働いていない人を労働力として使うとか、そういう発想にいきがちですよね。

松澤:そうはいっても、その前でダメな人もいっぱいいます。ちょっと難しそうだなとか。たとえば、今、働きながら徐々に農業に行きたいとか、それだとちょっと、気持ちはわかるけど難しいよと。やはり職業で農業に就きたい人がいっぱいいるので、その人たちが優先になりますから。そういう話はありますが、基本的に働きたい人には働く場所を提供べきだと思っています。あと、やはり、農業界に貢献したいのもあります。

――なるほど。

松澤:そうはいっても、本当の一番の理由は、東京NEO-FARMERS!のメンバーみんなのことが好きだからですよ。誰も気がついていませんが(笑)。

――(笑)

松澤:よく、東京NEO-FARMERS!のことを、松澤の息がかかっている連中と評する人がいますが、決して、そんなことはない。私は息をかけてない、みんなから息をかけられている。(笑)

――感化させているのではなく、させられているという。

松澤:そう。私も大変な目にあっているのだから。

――なるほど。


■「働く」というのはいいじゃないですか。というか、働きたいを実現できる、そういう社会でありたいよね

松澤:「働く」というのはいいじゃないですか。というか、働きたいを実現できる、そういう社会でありたいよね。

――どういう社会ですか。もう少し詳しくお願いします。

松澤:自分の経験では何かやりたいという時に、それを否定する人間が多かった気がしています。たぶん、小さい時にそういう経験があったのかも。何かやると、難しそうだな、とか、差別的なことも。

――松澤さんの周りに、ということでしょうか。

松澤:そういうことかもしれませんね。そういう印象がある。本当に根底に流れているのが二つあって、やはり、ひとつは、これをやりたいと思ったら、努力してやればいい。そして周りは、差別なく純粋にそれを受け止めてあげればいい。

――それは農業関係なくということですか。

松澤:農業関係なく。そういう社会であってほしい。たとえば、自分が失敗したり失業したりして、何か頼りたいと思っても、門前払い的であったら、やっぱり良くない社会だと思うじゃないですか。

――:はい。

松澤:そしたら、ちゃんと話しを聞いて、真剣に向かいあってあげればいい。例えば、農業をしたいのはわかるけれど、東京都内では、こういう条件や状況があって全部示してあげて、「さぁ、あなたならどうする」と一緒に考えていく。

相手の状況や考えていることをすべて聞き出して一緒に考えいくというのがとても大事で。そうすると、相手がこれはどうやって解決していくとか、東京がいいとか言っても、それは難しいぞとか。今の社会では、個人情報の関係とか、自分のやり方は歓迎されないのかもしれませんが……

――難しいとは言うけれども、可能性は示すという……

松澤:そうですね。例えばどうしても杉並区でやりたいと言われても、これまでも農地を貸してくれる人がなく、本当に難しい。生産緑地で長期間借り受けることもできなそうだ。それでも待ちますか? それならどうやって待ちますか。

一方、違うところだったら就農できそうですよ。早く農業に就きたいとならば、埼玉県では農業大学校などで勉強して2年後には就農できるシステムがあります。そしてあなたのプライオリティは何ですか。という話し合いを進めるという感じですね。

――なるほど。

松澤:ですから、その他のことも。例えば農業次世代人材投資金などは、税金だから厳しいですよ、活用しない方がいいですよ。といった対応がとられることもあるようですが、そうではないのかなと。自分で失業してそういう補助金や基金があったら、使いたいと思うのが普通じゃないですか。それを真っ向から否定するのではなく、話しを聞いて、ちゃんと向かい合ってあげればいいのだと思います。

――なるほど。それが松澤さんの根底に流れている二つのうちの一つ目ですね。


■昔は学校をドロップアウトしたような若者をちゃんと面倒を見てくれる大人がまわりにたくさんいました。私も「そういうふうになりたいな」と常日頃から思っていて。そういう人に憧れていて。

――松澤さんの根底に流れている、もう一つは?

松澤:私たちの世代というのは、ドロップアウトするようないわゆる不良みたいなのがたくさんいました。学校を中退するとか。そういう時代だった。

――学校によるのではないですか?

松澤:そうかもしれないですね。(笑)でも、その時に必ず引き取っていた大人がいたのですよ。工場をやっている人とか学校を中退したような若者をちゃんと面倒を見てくれる人。私は、そういう人になりたいな、と常日頃から思っていて。そういう人に憧れていて。

――受け止める人がいたわけですね。

松澤:そういう社会的弱者などを雇ってあげたりするわけで。ああいう人になりたいな、とずっと思っていて。東京NEO-FARMARS!のメンバーでも、過去の相談時に「差別を受けるような地域出身だから何をしても難しい」と言うから「ここではそんなちっぽけなことは誰も気にしない、全く関係ないよ」と。

――そうなのですね。そう思うようになったのは、いつぐらいからですか。

松澤:それはもう、学生の頃から思っていました。

――小学校、中学校とか?

松澤:そうかもしれませんね。そういう人たちを見て。

――松澤さん本人が不良だったわけではないですよね?(笑)

松澤:たぶん違います。(笑)


■今は社会のインフラがかなり整備されていて、何かあったらこういう相談所行きなさいよ、とちゃんとしているじゃないですか。ただ、それだけで本当に解決に結びつくのだろうか。それだけでよいのだろうかと。

松澤:今は社会のインフラがかなり整備されていて、何かあったらこういう相談所に行きなさいよ、とちゃんとしているじゃないですか。ただ、実態、その先はどうなるのだろうかと。じゃぁ次はここに行ってください、とか担当者がかわりましたとか。本当に解決に結びつくのだろうか。それだけでよいのだろうかと。

――農業に限らず、形式的には相談窓口などがいろいろありますが、そうではないということですね。それは、先ほど言った、難しいと言って最初から断ってしまうような社会を感じられていたイメージと重なる話ですね。

松澤:そうですね。何か難しいじゃない、いろいろなことをしてみたくても、様々な制約があって。でも、そういう制約なんかもちゃんと理解して相手方にたって現実と向き合って、面倒を見る人とか、本当は社会インフラとして必要なのではと。

――社会インフラとして、そういう人たちが存在しているということですね。東京都の新規就農希望者には、松澤さんが手掛けるまで、そういう人たちがいなかったということですよね?

松澤:どうですかね。そういうことかもしれません。


■農地法のシステムはやはり守っていくべき

――何かほかにあります、言い残したこと。まだいろいろあると思いますが。農業や農地に対する思いなど。

松澤:いろいろありますね。非常に難しい質問で、大きくて、コンパクトには言えないと思いますが。農地法のシステムはやはり守っていくべきではと思っています。

――そういうシステムというのは?

松澤:結局、お金とかあれば、買えるとか、借りられないようなシステムであって、現実は難しい面もあるけれど、農業をする人にちゃんと農地がいくよう法律で誘導するという。

――お金があっても農業をしないなら、貸せませんよと。

松澤:そうそう。そうじゃないと、転用されたり、全然、農業をしない人が買ったり借りられたりすると、新たに農業をしたい人たちが入れなくなる。ですから、そういうシステムは残さないと。一方で農業はどうしても兼業向きだと思うのです。水田などを見ていると。働きながらも水田を広くやっていますというような。

――それは東京に限らず? 全国の、日本の農業というイメージですか?

松澤:はい。水田が全国の農地の多くを占めているでしょ。大規模にやっている人以外は、兼業という感じですよね。やはり野菜をはじめとした農産物で収益を出していくのは難しい。

新規就農に相談に来る人にもいうのですが、農作物というのは基本的に同じ時期にできてしまう、なら高い時期までとっておくかといっても生鮮品なので長い間とっておけない、そして、どうしても買い叩かれるという商品性がある。この三大課題をどう解決していく? と。

――豊作貧乏になることもあるわけですよね。

松澤:野菜が高くなると、すぐテレビで「高い!」と騒ぐし……。ですから、そういう商品で儲けを出すのは非常に難しいと思うのです。


■新規就農希望者を何とかしてあげようとやれば違ってくる。地方でも人で溢れるのではと私は思います。だって、東京でも新規就農希望者が溢れていて、新規就農者ゼロだったのが100人になったのですよ。

松澤:あと農家というのは、インフラがあって、ある程度の規模の家を持っていて、作業場があって、文化的遺産のような風景に溶け込んでいる景色などもある。これらは代々の農家がつくりあげてきたもので、それだけの努力も払われています。

東京もそうですが、農業者の多くが神社の総代とか、民生委員とか保護司という社会的役割を果たしている。保護司などは私より大変です。このような社会性を持っている地域で「いきなり知らない人が入ってきても」というのも、よくわかります。ただ、やはりもう少し、受け止めてあげてもいいのかなと。

結局、どうして東京に新規就農者が来るのかというのは、人口が多いからというのはもちろんあるわけですが、どうやら「なかなか食えないよ」という話しから入るところが多くあると言うのですよ。

もちろんそれは正論です。これまで市場で確立してきた地域の特産物を作ったら、なんとか生活ができるのではということです。マニュアル化されている産地もあるようです。確かに東京のように家庭菜園の延長なようなことをしても、食べていくのは難しい。

でも、一大決心をして、新規就農しようと決断した人は、野菜をつくりたいなら、その多くが「多くの人に自分の作ったおいしい野菜を食べて喜んでもらいたい」などと思っている。つまり、一度そのことを受け止めてあげて、失敗してもいいから挑戦の機会を与えてあげる。

――挑戦というのは?

松澤:好きなものをつくって、販売する。ということ。東京ではそれができそうだから多くの人が就農を希望しているのではないかと。

――東京は農業の適地ではないですよね。

松澤:そうです。東京は全く新規就農の適地ではない。でも、なぜ、うちに集まるのだろう。と考えていたら、そういうことかなと。別に突き放すわけではなく、じゃあ、売り先探すよといって物流をくんだり、スーパーと売場交渉したりの支援をしている。もちろん、あまり初期投資させないなどのセーフティーネットは張りますが。

――地方で新規就農をしようと思えば、自由度と流通はトレードオフなところがあって、農協が勧めるものを作れば、自由度はないけれど流通は安定しているとか……

松澤:そうですね。でも一回、挑戦させてあげるべきだと思いますよね。

――地方でもということですね。

松澤:自分は15年間新規就農者を見続けています。見てきたから、就農前と就農直後、就農後しばらくしたときに持つ段階的な悩みなんかがよくわかるのです。そのなかでどうやってモチベーションを保っていくかとかも。

――なるほど。

松澤:就農前は研修していても農地が見つからなくて困りますね。じゃあ、農地が見つかって新規就農すると規模を拡大したい、農地を増やすと次に売り先に困りますね。そして労働力とか機械・作業場とか家とかのインフラどうしましょうと。

すると結局、少量多品目や有機農業だと身体がきつい、やはり産地はいいな、ということになります。不思議なことに、好きなことをしているからか、あまり「農業は儲からないからやめたい」みたいなことにはならないのです。もちろん、そのターニングポイントを早めにキャッチして、フォローしてあげるというのが大切ですが。

――なるほど。

松澤:新規就農希望者を何とかしてあげようとすれば違ってくる。地方でも人で溢れるのではと私は思います。だって、適地でない東京でも新規就農希望者で溢れていて、新規就農者ゼロだったのが100人になったのですよ。

――松澤さんが担当される以前は、新規就農者ゼロだったというのは、ほとんどゼロではなく、本当にゼロでした?

松澤:本当にゼロ。島しょ部は除きますけどね。地方でも最初は自由にやらせて、そこに定着させてやって、できるだけ売り場のフォローをしてあげて、売れるような形で。インターネットだけではなく、いろいろな方法があると思う、できることが。

それをやって、それで、その人たちが今度、やっぱりこれではやっていけないから違うものに移るとなれば、それはそれで応援してあげて、そこで産地化していくとか。個を周りで押しつぶすのではなく、個を一回、引き立たせてあげれば良いのだと思って。

そうすると、比較的もっともっと人が集まってくるのではと思います。もちろん地域の農業者との関係は(新規就農者ばかり応援しているなどの声が出るなど)難しいところはあるかと思いますが。


■他県との連携と東京NEO-FARMERS!的活動の全国展開

――いま松澤さんの取り組みは、東京都内に限られると思うのですが、他の県、他の地域などとのかかわりはあったりしますか?

松澤:まず、農地の少ない都内での新規就農が難しいことから、神奈川県の相模原市からお声がけいただき、新規就農希望者の受け入れ(農地のあっせん)をしてもらっています。基本的に東京で研修をしながらも農地が見つからない人達です。現在、3人の新規就農者と1法人が新規参入しています。

3人の新規就農者は、東京NEO-FARMERS!相模原Gのメンバーとして、もちろんこちらも売場の確保などの協力や支援をしています。また参入した法人ではこちらから一名の従事者を紹介し、新規就農した3人の緊急的なアルバイト先となっています。

さらに、最近では、埼玉県の入間市農業委員会から農地のあっせんの協力をいただいています。隣接する都内の瑞穂町や青梅市などの新規就農者や認定農業者などが市や町内だけでは農地の拡大ができないからです。本当にありがたいことです。

さらに、東京NEO-FARMERS!の活動が、鹿児島県の霧島市で「霧島NEO-FARMERS!」、大阪府では、東大阪市を中心に「COOLFARMER‘west」が結成され、拡がっています。全国的に活動が拡がるなんて、びっくりです。青梅市のちっぽけな居酒屋からみなで酔っ払ってスタートした活動が。(笑)

(おわり)

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