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【No.15】水の声 水泳部員をぶっち抜く帰宅部員の奇跡の物語

校内水泳大会 (坂本久美子 後編

俺は全力を尽くし、そしてゴールした。
その時の俺にとっては、順位など関係ない。
俺は、水の声が指示したように、すぐに水中に潜った。

次の瞬間だった。
時間はどれくらいだったのだろう…?
一瞬…いや、それ以上に長く感じた。
だが、それがどのくらいの時間だったかは定かではない。

さっき水に飛び込んだ時の彼女の幻覚のようなものが頭の中に入ってきた。


小学低学年位の少女がプールで泳いでいる。
しかし、その目線の先には高校生くらいの女の子が泳いでいた。
その少女は、その姿を真似するかのように一生懸命になっている。

やがてその少女は大人になり、高校生くらいの姿になる。
室内プールの先生の指導に目を輝かせ、その姿を目で追っては憧れの眼差しになっていた。

その子はそのままの姿で母親になっている。
あまり時を経たずして、母親になったという意味だろうか?
その後も水泳をしていた。

場面ががらりと変わり、彼女の目の前にさっきのオッサンが現れた。
彼女はオッサンの指導に明け暮れる毎日を送った。
そして、オッサンが手にしたファイルの中を見て驚きの顔をしていた。
オッサンは真剣な眼差しだった。
彼女はうなずいていた…

彼女が泳いでいる…。
その泳ぎは…そう、俺と同じなのだ。
寸分の狂いもない、そのまま同じの泳ぎを彼女はしていた。
そして、俺なんかよりも速く感じ、その泳ぎにはまるで天使が降りてきたかのようにキラキラ輝いているようにも感じた。
オッサンは笑顔でうなずきながらも厳しい表情でメガホンを片手に彼女に何かを訴えていた。

『私が水泳を好きになった過去の出来事。でも、本当は私は水泳の先生になりたかった』
いきなり水の声が話しかけてきた。
俺『さっきあのオッサンに聞いたよ』
『清水先生がここに来るのは知っていた。私は清水先生にとっても感謝しているの。そして申し訳ないとも思っているの』
俺『なぜ?』
『私は火事で死んでしまったわ。そして清水先生の夢も死んでしまった…私は死後の世界で後悔に打ちのめされた』
俺『オッサンも後悔だけが残ったって…』
『私はあなたに私や清水先生の夢を託したわけじゃないの。ただ、私はあなたを通じ、清水先生に伝えたかった』
俺『え?』
『先生の編み出した泳ぎの進化した技を先生に見せたかった』
俺『進化した技?』
『そう。あなたならできる。今からいう事を良く聞いて…そして、それを清水先生に伝えて』

俺はその驚愕の泳法を頭の中で映像で見せられた。
やり方も説明された。
次の鈴木との対決で、これをやれというのか?

『さあ、上に上がって、クラスメート達の声援に答えてあげて』


水の声は新泳法を俺に託した。
俺は戸惑いを隠せないまま、上に上がり顔を出した。


全てのコースの選手がゴールしていた。
俺は一体何位だったのか?
全然わからなかった。
泳いだ後に水の中に潜ったからだ。

何人かは不思議な顔で俺を見ていた。
選手達は俺を見ていた。

『小川、お前何やってたんだ?』
『いや…』

答えるに答えられない。
説明できないのだ。

自分が何位だったかわからないまま、プールから上がる。
クラスの選手達がいきなり俺に抱きついた。
『おめぇ、スゲェよ!』
『こんな事ってあるのか?』
『何なんだ、おめぇ!!』

俺は頭の中がパニックだった。

俺『で、何位なのよ?』
選手達が答える
『3位だよ、バカヤロー!!』
『おめぇ自分の順位も確認しないで潜るんだもんな』
『意味わかんねぇよ!!』

なんと、最下位から一人で一気に3位まで上り詰めたのだ。
1位は勿論鈴木たちのクラスだった。
2位との差は1秒あったかなかったかのタイムだった。
俺は正直に悔しかった。
水の声がしっかりと聞こえていれば…。
もしかしたら2位になれていたかもしれない…。

その後クラスでは俺は一気に英雄扱いになる。
皆、さっきより喜んでいた。
笑顔、何処を見ても笑顔ばっかりだった。
だが、俺は新木に1位を約束していた。
それが約束できなかった。
悔しかった…。
それでも新木は笑顔で拍手してくれていた。

少しホッとした瞬間、さっきの水の声が教えてくれた新泳法が頭の中に蘇った。

俺に出来るのか?
練習なしの一発勝負だぞ?

心の中で少し、不安がよぎった。

校内水泳大会(後編)

普通ならここで水泳大会は終わる。
しかし、今回の水泳大会はこの後にメインイベントがある。
そう。男子、女子共に速かった上位7名が競い合う。
鈴木の申し入れによって実現した、ある意味での俺への挑戦だった。

プールでの放送で男女それぞれの上位7名の名前が読み上げられた。
男子は俺以外は鈴木を筆頭に水泳部ばかりだった。
鈴木のほかにもう一人速いヤツがいた。
小松という男で、県内のベスト8にも入る実力者。
意外にも茂野一派の一員だった。
俺はコイツは特に嫌いだった。
礼儀もクソも何もあったもんじゃない、最低最悪の人間だった。
短気で、何かとすぐに手を挙げる。
暴力が全てで、暴力で物事を解決しようとする勘違いしたヤツだった。
『最後の競技まで15分休憩にします。』

俺は、この時間中にさっき教えてもらった泳ぎをイメージトレーニングもかねて必死になって覚えた。
その姿はまるで異常者だろう。
他の人たちは俺に一切近寄ろうともしなかった。
…新木意外は。

新木『何やってるの?』
俺『ん…ああ、新しい泳ぎ方の練習』
新木『何それ?』
俺『さっき潜った時に水の声が教えてくれた。これなら鈴木に勝てるかもしれない』
新木『本気で勝とうとしてるの?』
俺『うん。』
新木『さっきのリレーの時の泳ぎ…小川君は泳いでいたから見れなかったけど、信じられない速さだよ。』
俺『だから全国4位の男なんじゃない?』
新木『…え?』
俺『新木ぃ、約束守れなくてごめんな。リレーで一位に出来なかった。せっかくお前が俺を選手にしてくれたのに、ごめんな…』
新木『ううん、そんな…』

俺は練習を止め、新木の顔を見ながら言った。
俺『鈴木に勝つ。だから、その時は今日の放課後にあの喫茶店に来てくれ。』
俺は自分でも信じられないくらいに自信に満ちていたと思う。

二人でいる姿は皆には見られている。
しかし、あの時のように馬鹿にしたりちゃかしたりするヤツはもういなかった。
どう思われていたのか、そんなことは知る由もないが、俺達二人は校内水泳大会をきっかけに,、その距離を縮めていたと感じる。

『5分前です。皆さんプールに戻ってください』
『選手はスタート台前のテントに集合してください』

放送が流れた。

『小川…』
帽子を取った中田がプールの外側から俺に声を掛けた。
他の連中も中田に気づいた。
中田はそんなことはお構い無しに、俺に言った。
『お前の泳ぎ最高だよ。俺、お前の泳ぎ見てなんかすげぇもん感じたよ。鈴木に勝てよな』
笑顔だった。
不登校になってしまい、さっきまで自分の存在を隠すようにいた親友の中田が勇気を出して大きな声で俺に言ってくれた。

俺『まぁ、見てろや!』
俺と中田は笑顔でいた。
それにつられるように、クラスメートも俺に期待の言葉を投げかけた。
『がんばれ』『お前ならいける』
『水泳部じゃねぇのによ…かまして来いよ!』

俺は笑顔だった。

最後に新木が俺の手を握りながら無言で笑顔を見せてくれた。
あの時の笑顔は今でも忘れられない最高の笑顔だった。

スタート台に向う。
俺は一気に闘志を燃やし始めた。

徐々に選手が集まりだす。
俺は、ほぼ水泳部の中に混ざろうと思ったが、その前にやらねばならないことがあった。
鈴木を含めた水泳部員達が俺を見る。

突然、茂野一派の小松が俺の前に立ちはだかる。
小松『小川ぁ、ぶっ潰すからな!』
俺は小松を睨むことなく、全く無視して聞こえなかったかのように、小松を素通りする。
小松『てめぇ!!』

俺には雑魚を相手にする前に伝えなければいけなかった。
水の声からのメッセージをあのオッサンに。
来賓席のオッサンの目の前に行き、その他の来賓の方々に一礼をしてからオッサンにさっきの水の声のことを話した。
そして、オッサンの編み出した坂本久美子専用の泳ぎを、その坂本久美子が進化させた新しい泳ぎを、今から俺がするという事を
オッサンは目を見開きながら、大きくうなずいた。
『坂本さんの新しい泳ぎ、見ていてください』
俺はオッサンにしっかりと伝えた。

そして俺は振り返り、小松を睨み続けた。
まさに一触即発。
何が起こってもおかしくなかった。
小松『無視してんじゃねぇぞ、小川ぁ!』
俺『雑魚は引っ込んでろ』
小松『ああ?』
俺『お前の泳ぎ、遅すぎるって事、俺が教えてやるよ』
小松『はぁ、てめぇ自分わきまえろよ』
俺『ぎゃーぎゃーうるぁせぇなぁ、雑魚は』
このやり取りを教師が止める。
止めなかったらきっと喧嘩になるとでも思ったんだろう。
どっちも問題児だったしね。

俺は鈴木の前に立った。

俺『もうちっとまともな水泳部員はいねぇのか?』
鈴木は笑いながら言った。
鈴木『いや、流石にあいつには俺も参ってるよ』
俺『だろうな』
俺も笑いながら答えた。

俺『お望み通り、この場に来てやったよ』
俺のその一言で、一瞬鈴木は鼻で笑った後にがらりと表情を変え、俺を睨みつけるように言った。小松の睨みなどとは違う、本物の男がする睨みだった。

鈴木『ああ。この瞬間をどれほど待ち望んでいたか…お前が小学4年の時、水泳部でもないくせに物凄い泳ぎ見せ付けて検定試験に受かって、その後水泳部に来るかと思ったら来ないし、断っていたって言うし』

鈴木は昔の事を話し始めた。
鈴木『全国に行っても、お前ならどう泳いだだろうとか、お前なら何位になっていただろうって、そればっかりだった。中学になってもお前は水泳部に来なかった。俺はお前の考えがわからなかった。でも、この大会の選手名簿のお前の名前を見た時、俺はやっとお前と勝負が出来るって嬉しくなった』

少し笑顔になりながら、俺の顔を見ながら言った。
鈴木『この前の勝負もお前はブランクがあるのに俺と同着だった。本当は悔しかったんだぜ?お前にこの気持ちわかるか?全国4位の男にはそれなりのプライドがあるんだ』

俺にはわかるようでわからない全国を見てきた男だけが語れる真実だった。
鈴木『あの後、お前と遊んだり色んなことしたけど、やっぱりお前はわからない…』

俺は言った。
俺『プライドなんか捨てちまえ。そうすればお前にだって特別な何かが聞こえてくるはずだ』

鈴木は俺をより一層わからなくなってしまっただろう。
訳の分からない言葉だったろう。

俺『お前に勝つぞ。本気でいくからな!』
鈴木『ああ。俺だって本気で行く!』

俺達の本当の友情はここから始まったのかもしれない。


中学一年生にとって100メートル自由形などほとんどありえない競技なのかもしれない。
その過酷な長さは、それこそ水泳部でもない限り泳ぎきる事は難しいし、最後のほうでは体がへばるだろう。

鈴木の申し入れによって実現した100メートル自由形。

その競技が始まった。
最初は女子。その後に男子でこの校内水泳大会は終わる。

この噂は学校を越え、近所以上に知れ渡っていた。
そして、最初以上にギャラリーに人がいたことを今でもよく覚えている。

時間的にも夕方前。4時過ぎ位で、プールの策には人がよじ登り、プールサイドには生徒意外にも近所のおばちゃんや年寄りまでもがいた。
そして、鈴木を目当てに来た他校生や、高校生もいた。
帰宅時間も重なって、ちょうどいい時間帯だったんだろう。
プールは人、とにかく人で敷き詰められていた。

女子の100メートルが始まった。
俺は別に見ることもなく、さっきのイメージトレーニングの続きをしていた。
水の声が俺に伝えた事をそのまま実行するために。
幸い俺には鈴木のようにプライドがない。
もしも鈴木だったらこの泳ぎをすんなり受け入れる事はないだろう。
なぜならプライドがあるからだ。
ある意味では自分の泳ぎを否定されるような指導である。

ところが俺にはプライドどころか、元来、自分の泳ぎすら持っていない。
俺の泳ぎは水の声が教えてくれた泳ぎ…言ってみれば清水のオッサンが坂本久美子に教えた坂本久美子専用の泳ぎ。
これしか知らないし、これしか出来ないのだ。
そして今から泳ぐ泳法は、清水のオッサンの泳ぎに坂本久美子がプラスしてアレンジを施した全くのオリジナルの泳ぎである。
その泳ぎを、この水泳ド素人の俺がやるのである。
考えても見れば、俺は水の声に振り回されっぱなしの水泳をするのだ。
自分でも何がなんだかと考えてしまう。
しかし、このおかげで俺は人より多くの経験をする事になったことは言うまでもない。

新木の勇気を出して言ってくれた、俺を選手にしてくれた事が、今この瞬間に沢山あるのだ。

あの勇気ある一言がなかったら、俺はこの時も腐っていたと思う。

とても感謝しなければいけない。

プールから耳の中に歓声が聞こえてくる。
女子の100メートルが終わったんだ。

この校内水泳大会最後のプログラム『男子100メートル決勝』が、今始まろうとしていた…。

つづく

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