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【No.13】水の声 水泳部員をぶっち抜く帰宅部員の奇跡の物語

全員の泳ぎが終わり、それぞれの種目に入った。
リレーになるまでしばらく時間があった。

新木も泳ぎ終わり、彼女もその番ではトップだった。
流石は水泳を得意としていただけある。


しばらくして、だっこしていた近所の子供が帰って、俺はまた一人孤独になっていた。
別にいつものようになっただけ。
周りは声援で必死。俺はそこに打ち解けないだけ。
夏の日差しは容赦なく照りつけた。

暑さが突き刺さるような真っ青な空を見ては雲の大きさに思いをはせ、その先にあるものを探すような、そんな暇な時間を過ごしていた。

その時、水泳部顧問と一緒に俺の前にスーツ姿のオッサンが来た。
このクソ暑い日にジャケットも脱がないで額には汗をにじませるオッサン。

『…きみ』
オッサンが俺の方を見て言った。
『あ? 俺?』
『そうだ。君だ。』

なんだこのオッサン?
俺『誰よ?』
顧問『小川、そういう口は慎め』
俺『まず名を名乗れよな、最低限の礼儀だろうが』

『わっははは』
オッサンが大笑いする。
『確かに君の言うとおりだ。すまなかった。』
妙なオッサンだなと思った。
オッサンは俺の隣に座った。
顧問『そいつには気をつけてください。』
『ははは。そうかそうか。』
気味が悪かった。
いきなり来て大笑いして俺の隣に座る。
実に妙なオッサンだった。

『いやぁ、さっきはすまなかった。私は県内の学校水泳の普及に努めている清水永吉という者だ』
学校水泳の普及って何?
実に怪しい。
俺『…小川 純です』
清水『さっきの君の泳ぎ見せてもらったよ』
俺『あの、水泳の団体に入らないかとかそういうの興味ないですし、勧誘ならお断りしますよ』
清水『わっははは。』
よく笑うオッサンだ。
そして怪しいオッサンだ。

清水『君の泳ぎは坂本の泳ぎにそっくりだな』
いきなり信じられない言葉を言った。

俺は一瞬固まった。
そして聞きなおす。

俺『坂本…』
清水『坂本久美子…知らないか?』
俺『…』
清水『君のあの泳ぎ方は誰から教わった?』
俺『…え?』
清水『あの飛び込み方や泳ぎ方は、私が坂本にだけ教えた私の研究の末に編み出した泳法だ。あの泳ぎ方は坂本専用の泳ぎだ。』
俺『…??』
清水『私の質問に答えて欲しい。坂本と接触があるはずもない君がなぜ、あの泳法を知っている?』
大笑いの怪しい変なオッサンがいきなり真面目になった。

俺『我流…です』
清水『そんなはずはない。我流であそこまで坂本と全く同じようにやるなんて私には理解できない』
俺『…』
清水『一部では彼女の事を報道で流れたりしたが、オリンピック強化選手だった坂本の泳ぎは他国の選手に見破られないように報道等はされていない。尚且つ、私が教えた泳法を記録した文章や映像は何も残っていないはずだ。全ては私の頭の中と坂本のみが知っているそれを、何故君は知っている?』

オッサンは真剣な眼差しで俺に顔を向けて言った。
清水『頼む。教えて欲しい。』

リレーまでにはもう少し時間があった。
俺はこのオッサンに『水の声』の事を話し始めた。


俺の泳ぎの全ては水の声によって成り立っている事を伝えた。
普通の常識で考えれば信じられないようなこのホラ話のような内容を、このオッサンは真剣に聞いてくれた。
時折、そうだと言わんばかりに大きく頷き、時には笑顔を見せ、最後にはうっすらと涙を流していた。

清水『なるほど…。少し信じがたい話だ』
俺はそういわれてもオッサンの瞳を真剣に見続けた。
清水『だが、君のいう事は本当だろう。何よりあの泳ぎがそれを物語っているからな』

このオッサンになら…
そう思った俺は昨夜見た夢の話をこのオッサンにした。
そして、俺はその夢の中で坂本久美子という女性の泳ぎを見たことも伝えた。
その泳ぎは俺のに似ているんじゃなく、俺の泳ぎが彼女の泳ぎのコピーなのかもしれないともこの時に思った。

清水『そうか。綺麗以上の泳ぎだっただろう?』
俺『はい。』
俺はいつの間にかオッサンの眼差しに吸いこまれていた。
清水『坂本の夢はオリンピックじゃなかったんだ』
オッサンはゆっくりと話し始めた。
清水『彼女の夢はより多くの子供達に水泳を教える事だった。しかし、私は彼女の水泳の素質を見出し、彼女にその夢を4年待って欲しい事を伝えた。』

うつむきながら、それは少し悲しそうな顔だった。

清水『あの頃、私は自分の選手からオリンピックの選手を作り上げる事だけを目標に掲げていた。何人もの女性の指導に当たった。坂本の泳ぎを見た時、私の編み出した泳法を伝授できるのは彼女しかいないという勝手な考えで、私は彼女の人生を…』

オッサンの頬には大粒の涙が一つ、また一つと流れていた。

清水『私はあの火事…いや、坂本の悲劇の事を聞いて、後悔に打ちのめされた…。私が彼女の夢をなくしてしまったようなものだ。そして私はオリンピック強化選手の育成から身を引いた…まだ君が産まれて間もない頃の話だ。』

俺は真剣になって聞いていた。

清水『私は彼女に懺悔する意味も込めて今のこの普及活動をしているんだ。』
怪しいと思った普及活動の原動力はそこにあったのだ。


清水『そうか。やはり坂本は子供達に水泳の面白さを教えたかったのだな。』
俺『あの…なんで俺なんでしょうか?』
清水『わははは。簡単なことだ。』
俺『え?』
清水『君はさっき団体とか興味がないと言ったね』
俺『はい』
清水『それだよ』
俺『…ん?』
清水『坂本自身、賞などには興味がなかった。まぁ、メダルとかが家に飾ってあったのは、きっと坂本の子供達が友達に見せたかったからだろう』
俺『意味が良くわからないんですけど』
清水『無欲。君は水泳で何か賞を欲しいと思うか?思わない、いや考えてもいないはずだ。』
俺『はい。全く興味がありません』
清水『その無欲さ、無心があれば坂本の声は聞こえ続けるはずだ。確証はないがね。それと、坂本は愛する者の為に、家族の為に泳いでいた。自分よりも先に他の誰か、愛する人たちが喜ぶ為に泳いでいた。だからこそ賞などには一切興味が無かった。』
俺『結局はその考えが同じの俺にだけ聞こえる…のでしょうか?』
清水『それは誰にもわからないよ。でも、そうだと思うね。坂本はそう言った人間だった』

どことなくこの坂本久美子という女性がわかったような気がした。

清水『いや、ありがとう。君と話せて良かったよ』
俺『俺もです。声の主の事が少しわかったような気がします』
清水『そうか。これからリレーだな。君は出るんだろう? またあの泳ぎをしてくれるのかい?』
俺『俺はあの泳ぎしかできません』
清水『わっはははは。そうかそうか。いや…うん。少し心が安らいだ感じがするよ。どうもありがとう』
俺『いえ…』

オッサンは来賓席に戻った。
思いもしなかった事実がわかった。
声の主は朝に新木が教えてくれた坂本久美子だということがこの時はっきりと確証できた。

そして、なぜ俺なのかということも。

このオッサンがこの場にいた事は、もしかしたら運命だったのかもしれない。
偶然ではあまりにも出来すぎる偶然だが、俺はこのオッサンを忘れられない。

俺とオッサンの話は新木も聞いていた。
少し信じられないというような表情だった。
俺は驚きというよりは何か運命を感じた。
この日の為に、坂本久美子という人物は俺に接してきたのかもしれない。
そう、オッサンに自分の生き写しを見せたかったのかもしれない。

新木『なんだか、不思議だよ。こんな事ってあるんだね』
俺『ああ…』

しばらくの間、二人無言の時が続いた。

俺は新木に言った。
俺『リレーで一番になったら…って約束覚えてるよな…?』
新木『…うん』
新木はうつむきながら言った。

俺『あれ、リレーじゃなくて鈴木に勝ったらに変えていいか?』
新木『え?』
俺『そうしたいんだ。今、そう思ったんだ。だめか?』
新木『あたしは行くよ…何位になっても』

俺は新木の顔を見ることが出来なかった。
そのまま、青空を見ながらいるしかなかった。
その時ほど、時間を長く感じたことはなかった。


プールの放送が流れる。
『クラス対抗リレーを始めます。選手の皆さんはスタート台前のテントに集合してください』

空を見ながら、俺は新木に言う。
俺『…ちょっと行って来るわ』
新木『…うん』


クラス対抗リレー。
選手のほとんどが水泳部員達のクラス対抗リレー。
卓球部幽霊部員兼帰宅部員の俺はスタート台前のテントに向った。


つづく

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