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【No.14】水の声 水泳部員をぶっち抜く帰宅部員の奇跡の物語

校内水泳大会 リレー編

第二次ベビーブームの俺達は7クラスにもなった。
今の少子化では考えられないほどのクラス数。

リレーの選手はそのほとんどが水泳部員。
水泳部員ではないのは俺を含めて5人しかいなかった。

でも、俺はこの場でもある意味で出る杭は打つ的な態度で皆から無視同然でいた。
違う意味では皆から恐れられた存在でもあった。

そして、鈴木の存在も同じようなものだった。
皆、鈴木に勝つことを考えていたのだろうか?
鈴木は軽い準備運動をしていた。

テントの中でリレーの順番等の確認を行い、いざリレーが始まる。
各クラス物凄い声援だ。
俺はこの声援の中、水の声が聞こえるかどうか心配でならなかった。
リレー仲間が少し不安そうだった。
俺が不安な顔をしてはいけない。
なぜか、勝手にそう思った。
『がんばろうよ。どんなに引き離されても、俺が取り返すから…な。』
今まで話したこともない3人に対し、俺は不思議と言葉を伝えた。
水泳部の二人までもが何故か笑顔になる。
俺の泳ぎに何かしらの期待をしてくれていたの知れない。
俺達はこの時初めて4人一緒に心を通わせた。
俺にとって、中学になって初めての経験だった。
リレーのこの時間だけかもしれないが、仲間が出来た。なんか、嬉しかった。

ふと、来賓席を見るとさっきのオッサンが目に入った。
俺は軽く一礼をした。
オッサンは目を閉じコクンとうなずいた。
自分でも驚いた。
大人に無言で頭を下げるなど生意気で不良の自分はありえなかったからだ。
でも、なぜか、体が勝手に動くように、それは不思議な気持ちだった。
その後に何処となく心が安らいだ事を今でもはっきりと覚えている。
あれはきっと坂本久美子の心が俺の心に宿っていたからかもしれない。

最初の背泳ぎの選手が水の中に入り、リレーが始まる。
徐々に心臓が高まっていく。
俺は鈴木を見た。
鈴木もそれに気が付いたのか俺を見た。

二人で同じ瞬間にニコリと笑った。
このリレーで俺達は水泳を楽しむ事を、この瞬間に決めた。
そんな不思議な無言の会話だった。

『パーン!!』
リレーが始まった!!

瞬間、俺は一気に本気になっていた。

最初の背泳ぎの選手達が一斉にスタートした。
俺はクロールしかわからない水泳のど素人だ。
何をどうすればいいか分からない。
とにかく応援するしかないが、どう応援していいのかもわからない馬鹿だった。

俺は無言で見守るのが精一杯だった。
ターンして戻ってくる。
最初の背泳ぎは俺達のクラスの水泳部員ではないヤツだった。
それにしてはぐんぐん伸びる背泳ぎをする。
順位は7人中4位。そんなに悪くはない。
そのまま…そのまま…。

次の選手の平泳ぎの水泳部員が飛び込んだ。
…というよりは落ちるような飛込みだった。
さすがに今年から水泳部に入った新人選手。
あまり伸びのない平泳ぎ。
本人は一生懸命だ。馬鹿にすることなど出来ない。
とにかく本気になって平泳ぎをし、懸命になって泳いだ…がゴールする時には5位にまで順位は下がってしまった。

次の選手のバタフライの水泳部員が飛び込んだ。
こいつは綺麗な飛込みだ。俺のと少し違うが放物線を描きながら思いっきり飛び込んで行った。
だが、すぐに水面に出てしまう。
そのまま水の力を利用すればすんなり進めたかも知れない…。
俺はその泳ぎを見ながら、その先にいた新木にどうしても目が行ってしまう。
新木は泳いでいる選手を見ることなく、俺をずっと見ている…
何かを思い、何かを感じ、そして、何かに祈るように両手を合わせ、、ずっと俺を見ているのだ…。
俺は笑顔でその何かに答える。
新木もニコリとなり片手を握り締め小さく『がんばって』と伝える。

バタフライの選手が戻るまで後15メートル。
その時、2コース先にいた鈴木が飛び込む。
そして、次々と他のコースの選手が飛び込み、俺一人だけが残ってしまった。

そう、俺のクラスはこの時点で最下位。
俺はあせる気持ちを抑えつつ、一呼吸置き、バタフライの選手が壁にタッチするのを待つ。
あと3メートル…2…1…

俺は今まで以上の飛込みをする。
放物線を描き、最上部で角度を変え、水面に両手が差し掛かる。

…両手の指先が水についたその瞬間だった。

人間の脳には、ほんの一瞬で全ての出来事を見てしまう能力がある。

あれは坂本久美子が見せた幻覚?
それとも過去の夢?

さっきのオッサンに指導を受けている女性の姿を見た。
見ているだけで恐ろしいほど厳しい練習風景。
彼女は涙を流しながら悔しい顔をし、オッサンは鬼のような形相で彼女を怒鳴っている。


次の瞬間、俺は水の静寂の世界の中にいた。
全てが上手くいった飛び込みのおかげで水たちは俺を一気に推し進めてくれる。
俺は水になることを宣言し、水たちの了解を得る。
徐々にスピードが落ち始めてきたので上に上がろうとした瞬間だった。

『そのままバタ足を続けて』
水の声だ。
俺は無言で従う。
既にプールの半分をとうに過ぎていた。
『上へ』
俺は両手を少し上に傾け、水面に出る瞬間に手だけの平泳ぎをする。
グンッと前へ突き進む。

後から聞いた話だが、俺は飛び込みだけで15~18メートルは進んでいたらしい。
その証拠に、水面に出た瞬間にはすぐに水中ターンが待っていた。
少しだけクロールをした後、何度も何度も練習した水中ターン。
『2…1…今よ!』
俺はそのタイミングで水中ターンをし、残り25メートル。
『あと4人だよ』
!!?
なんと、俺はこれだけで最下位から5位にまで順位を上げていたというのか?
自分でも信じられなかった。

『右の人の出す波を壊すよ』
隣のヤツの出す波を突っ切るように余裕で抜かして前へ突き進んだ。
俺は問いかけた。
俺『さっきのはあなたの過去なのか?』
『ゴールしたらもう一度潜って』
俺『…』
『…教える 今…競技…しゅう…しなさい』
恐れていた事がここで起こってしまう。
周りの怒涛の声援による水の声の聞き取りにくさが始まってしまう。
俺の泳ぎは自分で言うのも変だが速い。
水の流れを読む能力もあった。
しかし、それは自分が一番でいるときのみに発揮される能力だった。

自分より先に人がいれば、その人が進む時に出す力によって発生される水の流れのごくわずかな瞬間を読み取れないのだ。
そのごくわずかな瞬間を水の声は教えてくれる。
そして、その時にどうするべきか、どう対処するべきかを瞬時に俺に教えてくれるのだ。

例えるなら、先行く道を示してくれるカーナビのように、それは寸分の狂いもなく、俺を水の世界に引き込むかのように。

しかし、心の中に聞こえてくるはずの水の声も周りの声援がうるさいと聞き取りにくくなってしまう。
例え自分の出す水しぶきの音を抑えても、その声援を抑えることはできない。

かといって、プールの下のほうで泳ぐわけにもいかない。
水の声も完全ではないのだ。


クラス対抗リレーはそれこそ物凄い声援になる。
当たり前の事だ。皆、自分のクラスが一番になることを願い、選手にそれを託すのだ。

だが、俺は一人、その声援を邪魔に感じ、泳ぐ事と水の声を聞き取る事の両方に専念する。
自分の持つ神経を研ぎ澄まさなければ、どちらかが欠けてしまう…言ってみれば諸刃の剣の泳ぎだった。

俺は声を必死に探る。
『み…から波…るか…』
右から波が来るのか?
そう思った瞬間には体に波が当たり、その波を避けるか突っ切るかの判断が狂う。
故に、ド素人の泳ぎの俺の泳ぎの体勢は一瞬にして崩れ、それを立て直すのにも神経を注がなければいけない。

そう思うと、水に対する自己主張が強くなり水たちは俺に力を注がなくなる。これでもまた神経を使う。

強豪達と戦う自分の泳ぎにはこれほどまでに努力をしなければいけなかった。
そう。欠点だらけなのだ。
考えても見ればさっきから言ってるように本当は水泳はド素人なのだ。
そして、自分がどれだけ水の声に甘えているのかが良くわかってくる。

嫌気が差してくる。
しかし、それでも尚、水の声は指示をしてくるのだ。
俺はこの気持ちに必死に答えなければいけない。

本当に苦しい25メートルだった事を今でも覚えている。
聞きたい声が聞けない、強豪たちとの真剣勝負。
俺は、必死だった。

時折…いや、その都度俺の体には水が当り散らす。
それは不意に、そして、予想もできない水の流れだ。
水の声は俺に向って指示を出し続ける。

『大丈夫 そのまま』
この言葉だけははっきり聞こえた。
俺は一気に突っ切る事を宣言する。
波が来ようともう関係ない。

自分は今までの自分とは違うというところを水の声に見せたかった気持ちもあった。押し進めてくれる水たちに対して自己主張してしまわないように、神経を研ぎ澄ませながら。
無謀にも思えた挑戦だった。


『行け!小川!!』
『抜かせーー!』

何処からか俺に対する声援が聞こえてくる。
自分でも信じられない。
俺に対する応援。聞こうともしなかった声援に
俺を応援する声が時折聞こえてくるのだ。
正直に嬉しかった。
涙が出るくらいに心に染みた。
今までに味わった事のない、それは特別な瞬間だった。

それでも水の声は指示してきた。
例え、聞こえなくなったとしても、水の声は指示してきたであろう。
俺は、特別な感情になってしまう。
それは今までに感じたこともない特別な感情。

それまではクラスでは嫌煙され、言葉も交わしてくれない、怖がられ、馬鹿扱いされ…
何か問題が起きれば、すぐに俺が疑われ…」
教師には見放され、親友はいなくなり…
毎日毎日、授業中は外を見ては自由を思い、何かに動けば邪魔が入り、挙句の果てには喧嘩だけで、それはいたちごっこのように続く同じ毎日だった。
どんな時も、そう、俺は一人だった。

しかし、水泳の選手に無理矢理選ばれたことにより、それまではなかった学校生活が出来た。
あえて言ってしまえば、何か特別な事があった訳でもない。
しかし、その代わりに俺が泳ぐ事によって、クラスが一丸となってしまっている事実がその瞬間にあった。


俺とは一体なんだろう?
この時に思ったことはこの事だった。
『俺とは?』
とても難しい難問をこのクラス対向リレーの最中に思ったのだ。

自分の眼下に残り5メートルのラインが見えた。
ゴールが目前に迫ってきた。


つづく


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