【No.11】水の声 水泳部員をぶっち抜く帰宅部員の奇跡の物語
校内水泳大会(前編)
午前中の退屈な授業が終わり、昼食後。
もう少しで校内水泳大会。
しかし、俺は新木の席の前に行った。
そして、今朝見た夢の話を新木にした。
別に答えを求めていたわけじゃない。
新木に聞いて欲しかっただけだった。
しかし、その話を聞いた新木は信じられないことを話し始めた。
新木『もしかしたらそれって…』
俺『なんか知ってるのか?』
新木『10年位前だったかな、水泳でこの会津若松から全国大会に出た女性がいたの。オリンピック候補だったわ。半年くらい前、テレビでこの人の事をドキュメンタリー番組でやっていたわ。名前は確か…坂本久美子さん』
夢の中で見た家の表札の名前と一致していた。
新木は話し続ける。
新木『日本水泳界の特設選手で、その傍らスイミングスクールの指導員をやっていたわ。でも、全国大会の数日前に火事で子供二人と焼死体になって発見されたって…。その報道は全国で流れて、地元でも有名な悲しい事実だって。』
そんなお堅い番組など全く見なかった俺はそんなことがあったことすら知らなかった。
俺は言葉が出なかった。
あの夢の最後に水の声はこう言った。
『私の過去よ』
今朝見た夢と新木の話は一致していた。
しかし、疑問は残った。
これが本当なら、なぜ俺に声を掛けそして、なぜ俺に自分の過去を見せたんだ?
普通に考えれば水泳をやってる人に声を掛けるべきなのではないだろうか?
新木もそれには同感だった。
この坂本久美子という人が水の精という霊になっているのなら、本当なら、鈴木とかもっと早いヤツに表れるべきなんだと思う。
それがなぜに俺なのか?
俺と新木は頭の中が混乱していた。
校内放送が流れる。
『あと30分で校内水泳大会です。
一年生は着替えてプールに集まってください』
校内水泳大会が始まろうとしていた。
プールに集まったのは、一年生総人数248人。
それに加えて、徐々にプールサイドには収まりきらないほどの野次馬が集まっている。
去年の全国大会4位の鈴木が泳ぐのだからそりゃもう近所の人は見に来るわ来客はあるわと何処を見ても人しかなかった。
通常、プールサイドの脇の策に生徒達のタオルが掛けられるのだが、それでは見に来た人たちが見えなくなってしまうということで、強制撤去。
周りは野次馬がわんさかといた。
流石は全国で戦ってきた男だ。
有名すぎて俺達が参ってしまう。
学年を代表して鈴木が開会式の挨拶を始めた。
最初の方は普通の挨拶。
しかし後半から自分の気持ちを話し始めた。
水泳の面白さ、水泳の醍醐味。そんな彼らしい素晴らしい挨拶だった。
『今日は楽しみましょう』
ん?
それは本心か?
ま、いいでしょう。
開会式が終わり、学年全員で準備運動。
いや、狭くて隣の人にぶつかってます。
どうしようもありません。
その後にシャワーを浴び、消毒液につかり、いざ、大会開始。
…が、ここに来ても俺はどうしようもなくやる気がおきてこない。
どうも、この人ごみを見るとやる気が失せてくるのだ。
俺はプールサイドの隅っこの方に移動して、見に来ていた近所の子供と遊んでいた。
策の間に顔を挟んで『押してくれ!』とか、競技が見えない子供を抱っこしたり、俺は一体何をやっているんだろうと思いながら水泳大会を個人的に勝手に楽しんでいた。
他の連中は応援に必死だ。
でも、俺は近所の子供と遊ぶのに必死。
どうしようもなく集団行動が出来ない、何処に行っても浮いてる存在だった。
出席番号順の競技で、鈴木が泳ぐ番になった。
会場は一際盛り上がった。
実は俺は鈴木の泳ぎを一度も見たことはない。
練習にも参加しなかったし、見る機会はなかった。
そして、俺は、この場でも鈴木の泳ぎは見ないようにしようと決めていた。
俺は腰を上げ、トイレにでも行っておこうと思っていた。
その時、新木が俺の手を掴んで言う。
新木『だめ』
俺『だめ、漏れちゃう』
新木『鈴木君の泳ぎ、見ておいて…』
俺は新木のその言葉と、何か知らないけれど行かないで欲しいという顔つきに負けてしまった。
正直、鈴木の泳ぎを見たら自信がなくなってしまうんじゃないかと思っていたのだ。
『だっこ』
近所の子供が俺にせがんできた。
この子供をだっこしながら俺は鈴木を見ていた。
そして、鈴木も、俺のほうを見ていた。
俺の周りの何人かも俺を見た。
鈴木たちの番がスタートした。
その直後、物凄い歓声と熱気がプールを包んだ。
とんでもない速さ。周りの存在などなくしてしまうくらいそれは速い泳ぎだった。
皆、すごいなという顔で見ていた。
抱っこしていた子供はキャッキャいいながら喜んでみていた。
しかし、俺は全く違う見方・・・
いや、自分なりの経験してきた水泳の感覚で見た。
鈴木の泳ぎは、自分でも信じがたい泳ぎだった。
変だ。おかしい…何故だ?
それは、決してあり得ないはずだ…
俺には全く理解不可能の泳ぎだったのだ。
俺の泳ぎとは全く別だった。
俺の泳ぎは水の声の力も借りているのだが、その中で大事な事があった。
それは水と一体になり、水に従うように、しかし、そこで少しだけ自己主張をさせてもらう『水にさせてもらう泳ぎ』だった。
その方が力をあまり使わずに泳げ、尚且つ水の力を借りるように前へと進む方式だった。
水たちは俺のその気持ちにしっかりと答えてくれるのだ。
だからこそ俺は速く泳げた。
水泳はド素人の俺は、それが『水泳の当たり前』だと思っていた。
しかし、鈴木の泳ぎは全く違っていた。
言うならば、力任せなのである。
己の力のみで前へ突き進み、水と一体化していないのだ。
いや、一体化していたかもしれないが、俺にはそうは見えなかったし感じもしなかったんだ。
泳ぎに綺麗さはあるのだが『美しさ』は全くなかった。
確かに速い。しかし、その泳ぎは水に対して自己主張をしすぎる泳ぎだった。
水を読むのではなく、全ての水を突っ切る泳ぎ…。
あれでは、あまりにも水に対して失礼なのではと俺は思った。
言葉に例えるなら鈴木の泳ぎは「動」で、俺の泳ぎは「静」だ。
『水泳が全てだ』
鈴木はそう言った。
だが、水に対してあれだけ失礼な泳ぎをする鈴木に、俺はその言葉にほんの少し嘘があるのではと思ってしまった。
礼に始まり礼に終わる。
どの世界でも同じだ。
例えその対象が水であってもだ。
…その泳ぎでは俺には勝てない。
そう思った俺は一瞬、微笑んでしまった。
今考えれば、調子に乗った嫌味な男である。
鈴木は勿論、トップでゴールした。
周りの歓声や拍手は暫く止む事はなかった。
隣にいた新木が言った。
『…速いね。』
俺は聞いた。
俺『あの泳ぎ、綺麗か?』
新木『うん。でも、小川君の泳ぎの方が綺麗に思える』
俺『よっしゃ!』
新木はその質問の意味はわかってはいなかったと思う。
俺の番が近づいていた。
俺『いってくるわ』
新木はどことなく微笑んでいた。
抱っこしていた子供を下ろし、俺はプールサイドの端のほうからスタート台に向う。
抱っこしていた子供が俺にバイバイと手を振る。
俺も笑顔で軽く手を振った。
周りの何人かは俺に気づき、わざわざ道をあけてくれた。
『小川、お前マジで勝つつもりか?』
『小川だぞ。無理に決まってるよ』
『いや、でも、俺は小川の方が…』
『あの泳ぎは違うって』
『無理だな』
『見りゃわかるって』
ひそひそ話から色んな話し声が聞こえてくる。
そりゃそうだろうな。
ある意味で、鈴木を本気にさせてしまった事の発端はこの俺なのである。
皆、気になっているんだろう。
俺的には気分は最悪。
なんで、こんなに噂されなきゃいけないの?
そっとしておいて…。
それと、一人くらい『がんばれ』とか言って欲しかったなぁ。
ま、学校の俺、最悪人間だったから、そんなこと言うやついないか。
新木だけがこの時の俺の気持ちを分かっていてくれてたかもしれない。
次に泳ぐ人には各コースに安い作りのパイプ椅子が用意されていた。
とうとうこの日、泳ぐ時が来てしまったなと思いながら自分の番の他のやつらを見た。
一瞬、顔が青くなりそうだった。
…どういうこと?
7コース中5人が水泳部だった。
他のクラスの俺と同じ出席番号は水泳部のやつらばかりだったのだろうか?
いや、そうではなかった。
これに至っては何故その様になったのか、未だにわからない。
最初は鈴木の策略かもと思った。
だが、あいつはそんなことをするやつじゃなかった。
こういう汚いことをする人間ではない。
そんな腐ったやつではない。
水泳部で俺を潰しにきたのだろうか?
とにかく俺は、学校ではこういう目に会う機会が多かった。
言葉で例えるのなら『出る杭は打つ』だろうか?
だから俺は水泳大会など出たくなかったんだ。
本当は俺はこの場にいるべき人間なんかじゃないのだ。
俺は、たまたま新木の推薦で水泳大会に出るようになってしまっただけの不良中学生。
でも、本当は友達とかいっぱい作って、楽しい中学生活を送りたいだけの寂しがり屋だよ?
もっと笑いあえるような仲間を作って、毎日を共にしたいだけのごく普通の人間なのに…。
不良にならざるを得なかったのは、徒党とかクラス(組織)とか…果ては成績とか数字とか高校受験とか。
何でこんなものに縛られ、差別されなきゃいけないのという気持ちが俺をグレる方向へと突き進むしかない原因だった。
その結果、俺は孤独になってしまった。
いや、そうならざるを得なかった…。
多くの不良達がそうであるように、形はどうあれ結局のところはこういう気持ちがそうさせてしまうのではないだろうか?
そして、この水泳大会に至ってまで、俺は何かと目の敵にされてしまう。
誰に対し、一体何をしたのだろう?
俺はただ…ただ楽しみたいだけなんだ!
その気持ちを、皆にわかって欲しかった…。
俺のこの気持ちをわかってくれていたのは親友の中田とライバルの鈴木、そして好きな新木だけだった。
俺はこの3人の気持ちにだけは答えよう。
その想いだけだった。
正直、悲しいし、寂しかったな。
俺の番が今始まろうとしていた。
つづく
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