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【No.3】水の声 水泳部員をぶっち抜く帰宅部員の奇跡の物語

中学時代

学校は遊びに行くところ。
中学時代はその俺の勝手な常識を全く覆された場所だった。
成績の悪い俺は馬鹿のレッテルを貼られ、教師からもクラスメートからも見放されていた。

グレるしかなかった。
何かといちゃもんをつけ、人に言われた事を守ろうとしない単なるひねくれものになっていた。
かといって、集団行動が嫌いな俺は、徒党や誰かとつるむわけでもなく、かっこいい言い方一匹狼を気取っていた。

小学校の時に親友だった中田は家の事業がうまくいかず、その事が発端で
『中田の家は貧乏』といういい加減な噂が広まり、中田は不登校になってしまった。
俺が何度か中田の家を訪ねて、学校来たらどうだと誘ったが、それには首を縦に振ることはなかった。

最終的に中田は中学の3年間はほとんど学校に来る事はなかった。
あんなにいいやつを…と事の発端をでっち上げたヤツをぶちのめした事もあった。

親友が学校にいない事がどれほど孤独か…
どんなに淋しいか。

楽しみもなく、教師からもクラスメートからも見放され、俺は孤独だった。

尚且つ、一匹狼を気取っていた俺を気に入らない連中からの酷い仕打ちもあったことは言うまでもない。
『俺のグループに入れ』の誘いを断るのだからそりゃリンチそのもののように、ボッコボコにされる毎日だった…

とにかく、俺は中学時代は『孤独』。
それしかなかった。
帰り道、学校のプールの横の道を通らない限り俺は帰路に付けない。
俺にとってはプールも見たくない道を通らなければならないのだから、孤独に加え辛さも一入だった。

既に中学では小川は泳がないが常識になっていた。
不良の俺は中学でタバコも覚え、部活は卓球部の幽霊部員(帰宅部員)。
既に水泳などできる体質からかけ離れていた。

その年の夏。
校内水泳大会と言うものがあった。
学年で、色々と競いあう水泳大会。
午後から4時過ぎまでの、面倒くさい行事だった。

俺は避けに避けまくった。
水の声が聞こえなくなった自分は絶対に参加したくない行事だった。

しかし、現実は参加せざるを得ない状況になっていた。
クラスで選手を決める時間があった。
俺は面倒だった。とにかく嫌だった。
プールに入る事すら嫌なのに選手決めなんて…
俺に何処まで辛さを味合わせれば気が済むのだと思うほど、俺は学校にだけでなく、その周り、最終的には自分の人生にまで思い、そして…疲れていた。

しかし、その時間で思いもしないことが起こり始める。

昔、小学校時代に好きになったことがあった女の子、新木めぐみの一言が思いもよらない状況に俺を追い詰めてしまったのだ。


新木めぐみ。
小学校では3年と4年の時に同じクラスで、隣の席だった。
よく教科書等を忘れていた俺は、彼女に見せてもらったりテストではカンニングをさせてもらったりしていた。
言って見れば、俺の初恋の人である。
家は金持ちの方で、顔もかわいいし、その上頭もよく、スポーツ万能。
特に水泳は彼女の得意分野で、小学校4年のあの検定試験にもいて合格していた。

バイオリンを習っている中学生などその当時にはお嬢様そのもので、クラスでは学級委員も勤め、男から見れば雲の上にいるようなアイドル的な存在の遥か上を行っていた。

その新木が水泳大会の選手決めのときにとんでもない事を言った。
『最後のクラス対抗リレーのアンカーのクロールは小川君がいいと思います』

選手決めにも何にも興味がなく、外の景色を見て
『いい天気だなぁ』と思ってのんびりしていた俺は一瞬耳を疑った。

このクラス、残念な事に水泳部員は2人しかいなかった。
しかも、この年に初めて水泳部に入った、水泳経験のない素人の水泳部員だった。
この二人がリレー選手になるのは当然だったが、あとの二人を選ぶのがこの選手決めの最終的な議題の難関だった。

背泳ぎ・平泳ぎ・バタフライ・クロール

どう考えても4人必要なわけである。
そのアンカーのクロールに俺が指名された。

担任は学級員の新木の言葉に耳を疑った。
クラスメートも同じだった。

担任『新木、今決めているのはリレーの選手で喧嘩の選手じゃないんだぞ?』

クラス中どっと沸く。

新木『喧嘩なんて知らないです。とにかくアンカーは小川君が良いです』

心無い男子クラスメートの一言が出る。
A『新木、お前小川の事好きなんじゃねぇの?』
B『小川がすきなの?俺ショックだー!!』

新木『何で男子はそうなの?信じられない!』
クラス中がざわめいている。
新木はあの頃の俺の泳ぎを知っているから言ったのだろう。
しかし、周りでは俺の泳ぎを知っているヤツは殆どいなく、不良のひねくれ者の俺が指名された事が信じられなかったことは、今考えれば当たり前の事だ。

担任がクラスのざわめきを抑えた後に俺を見ながら言う。
担任『小川、お前泳げるのか?』
俺『…』
担任『(少し怒鳴るように)なんか言えよ馬鹿野郎』
俺『あ? 馬鹿なんて知ってるだろうがよ』
担任『何だその口の利き方は?』
目も合わせたくない俺だったが睨み返した。
俺『…泳げるよ、人並みにね』

新木が突っ込む。
新木『先生、小川君は小学校4年の時に検定試験に受かっています。あの時に検定を受けた水泳部員は32人でしたが受かったのは15人でした。』
担任『小川は小学校の時水泳部員だったのか?』
俺『…』
俺は話したくもなかった。
すぐさま新木がつっこむ。
新木『いえ、その日に水泳部員ではない小川君がいました』
担任『何…?』
新木『その小川君は検定に受かりました。』
担任『本当の話か?』
新木『はい。本当です。』

学級委員長のこの言葉で俺は選手に選ばれてしまった。
やりたくもない選手。
水の声が聞こえないのに、プールに入らなければいけないこの切なさは、他に理解してくれる人は誰一人としていなかった。

この選手決めの時間が終わった後に、新木が俺の所にきた。
俺の初恋の相手である。
それでなくても、アイドル的存在の遥か上を行く雲の上の存在だ。
俺は心臓がバクバクいっていたが、不良のポリーシーというくだらないものが俺を包み込んでくれて、まさに平常心を保つかのように、居座っていた。

新木『小川君』
俺『ん?』
新木『迷惑だった?』
俺『なんで?』

クラスの心無い連中が『ヒューヒュー』とか訳の分からない事を言っていたが、一切無視していた。

新木『4年の時100メートル泳いだよね』

あの時、そう、水の声が聞こえなくなったときの話だ。
思い出したくもないあの日を同じクラスだった新木は見ていて、覚えていたのだ。

新木『凄かった。水泳部でもない小川君が100メートルを一気に泳いで、そして、とっても綺麗な泳ぎで、私本当に凄いって思った』
俺『…そう』
新木『なんで水泳部はいらなかったの?』
俺『…』
新木『今も水泳やってないんでしょ』
俺『…』
新木『何とか言ってよ。私ひとりだけ話してるじゃない』
俺『新木ぃ』
新木『はい?』
俺『練習には出ねぇからな』
新木『ダメだよ。選手は練習するの。』
俺『やだよ。面倒くさい』

俺は立ち上がり、その場を離れようとした。
新木が聞いてくる。
新木『100メートル泳いだ後にすぐにまた潜ったよね。その後凄く悲しそうな顔してた…あれ、なんで?』

俺は答えても意味がないと思い、そのままそこから立ち去った。

かわいい顔して嫌なことを思い出させることを言うヤツだとその時は思った。

新木があそこまで言ってくれた事は本当は嬉しくてたまらなかった。
クラスに…いや、学校に俺を認めてくれる人がいた事がいたと言う事も、嬉かった。

だが、選手に選ばれた事は俺にとって不安そのものでしかなかった。
『水の声』が聞こえない俺にとって泳ぐ意味はないのだ。
それに、あの声があるから水の中で自分の力以上に早く泳げた。
あの日、そう、あの声が聞こえなくなった日から本気で泳いでいない。
しかも、タバコもやっていてあの頃より息が持たない事も実感していた。

俺は、その日にタバコをやめた。
水泳大会がタバコをやめる意味に繋がったわけではなかった。
ただ、新木があそこまで言ってくれた事に自分なりに何か答えないといけないと思ったからかもしれない。
大好きな味だったショートホープを俺はゴミ箱に捨てた。


つづく


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