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【No.9】水の声 水泳部員をぶっち抜く帰宅部員の奇跡の物語

闘志

大会前日、翌日の予定表が全員に手渡される。
その予定の最後の方が俺は信じられないでいた。
いや、きっと誰もがそう思っていたであろう。

通常ならばクラス対抗リレーで終わるのだが、その後にもう一種目付け加えられていた。

女子100メートル自由形 決勝
男子100メートル自由形 決勝

何だこれは?
意味が分からない。
印刷ミスかと思っていた。
しかしそうではなかった。

担任の教師が言った。
教師『自由形は全員種目になっています。
その中でタイムが早かった上位7名を決勝戦として競い合ってもらいます。』

自由形は学年全員の種目になっていた。
一番最初にクラスの出席番号順に全員が泳ぐ。
その全員が終わった後に各種目が行われ、最後に4種目クラス対抗リレーがあり、それで終わるのが校内水泳大会の一部始終だった。

しかし、その後に100メートル自由形…
やるのは良いが、普通なら50メートルではないのか?
何故だ?
その疑問は教師の一言ですぐに解決した。

教師『水泳部のエース、鈴木龍平くんの提案を通す事にしました。』
そういうと、教師は俺を見た。
その後、クラス全員が俺を見たことは言うまでもなかった。

…なるほど。
これはある意味では俺への挑戦状なのかと思った。

しかし、教師は腐っても教師である。
教師『ま、練習をサボっている誰かに勝ち目はないと思いますが…』

クラス中、どっと沸くとでも思ったのだろう。
嫌味ったらしい笑みでそう言ったが、クラスメートは何処となく、不思議と何かを期待をしていたのかもしれない。
沸く事はなく、静まり返っていた。
教師は拍子抜けしたようにいたが…。

休み時間になり、俺はとんでもない事をしでかしてしまったのかもしれないという気持ちになってしまった。

そうだ。怖くなっていたのだ。
鈴木からの間接的な挑戦状。
断るのは簡単だ。
最初の出席番号順の自由形を適当にやればその挑戦を受けずに済む。
どちらかといえば、その方が楽だ。


しかし…だ。
出席番号順で行けば鈴木とは勝負できない。
リレーでやったとしても、最後の自由形は同じタイミングでスタートを切ることが出来ない。
故に、鈴木との真剣勝負は決してありえないのだ。
鈴木も考えたものだ。
昨年の全国4位の男が、たかが校内水泳大会で本気で俺を潰しに来るのかもしれない…

『一緒に水泳やろうよ』

あの時の鈴木の言葉は、こういう意味だったのかもしれない。

鈴木の恐ろしさを、俺は身を持って感じた。
それは怖いというものではなく、完全なる『恐怖』だった。

全国の強豪達と互角にやりあい、その男が学校で出会った水泳部ではない半帰宅部の俺に対する、自分のプライドを掛けた挑戦。

喧嘩する時なんかは怖さはあったが恐怖…言ってみれば殺されるような思いはなかった。
喧嘩した後に友達になるなんて事もあったし…

しかし、喧嘩ではなく、水泳の勝負だ。
それも、鈴木がもっとも得意とする分野の自由形。
水泳で俺は殺される。
あの鈴木に、俺は本気で殺されると思った。

その時、そう、まさにその時の休み時間に久しぶりに鈴木が俺の元に来た。
俺の目の前の席の椅子に座り、俺を睨むように言葉を放った。

鈴木『小川、水泳大会の予定表、見てくれたよな』
俺だって負けていられない。
睨み返しながら言った。

俺『ああ。粋な計らいをどーも』
首を横にかしげながら、俺は鈴木の瞳を見続けた。
その瞳の奥には、以前鈴木が俺に話してくれた6歳からはじめた今までの水泳での過去と栄光が俺には見えてくるようだった。

鈴木は本気だ!
心の中に潜んでいた恐怖は一変し、闘志へと変わっていた。
負けたくねぇ!!

その後、俺と鈴木は何も話さないでお互いを見合っていた。

休み時間のクラスはしーんと静まり返り、皆、俺と鈴木の事を見ていた。

その日の放課後、最後の水泳大会前の選手の練習に俺は向った。

老人プールはぬるま湯そのものだったので、水ではない。
感触が違うのだ。
しかも、前日に水を入れ替えたばかり。
俺はちゃんとした水で自分を慣れさせる必要があると思い、練習に顔を出した。

プールに着くなり、皆俺を見てはひそひそ話す。
当然の事だ。皆、あの予定表の真意を察していたからだ。

軽く水に入り、その感触の違いに驚いた。
読んでいる皆様はあまり考えた事もないだろうが、お湯やぬるま湯と水とでは感触は明らかに違う。

ぬるま湯が「ゆるい」とすれば水は「きつい」のだ。
体も閉めつかられるような感じ。
勿論、とても深い場所の水圧があるわけでもないので、その様に閉めつけられらることはないのだが…


本気で泳ぐのはやめよう。
俺はそう思い、ゆっくりと泳ぎ、そして水の感触を体にしみこませた。
『うん。その方がいいね』
水の声が聞こえてくる。
『息を注いだら、一度潜ってくれる?』
水の声が変なことを言った。

俺は指定されたように酸素を肺に取り込み、ゆっくりと潜った。
水の声は言った。
『明日の大会で、最初の自由形は私は声を掛けない。あなたは既にその程度のレベルでは私は必要ではないの』

俺は水の中で身動きもしないで水の声を聞いていた。
『いい?良く聞いて。そして覚えていて。』

『リレーでも、もしかしたら私は必要としないかもしれないの。それだけあなたは早くなっているのよ』
『でも、最後のあの人との対決はもしかしたら勝てないかもしれない。それほど早いのよ』
俺は一度顔を外に出し、もう一度酸素を注ぎ、潜った。

『覚悟は出来てる?』
俺『鈴木との勝負の事?』
『その他にもう一つあるでしょ?』
俺『新木との事か?』
『そう。あなたはあの子から希望を貰ったの。その期待に答えられないかもしれないの。その覚悟はある?』
俺『…』
『元々私の力は100%じゃないの。100%にするためには、この泳ぎをするあなたの覚悟が必要なの』
俺『覚悟…』
『そう。覚悟よ…できる?』
俺『…ああ。覚悟する!』
『例え、何があってもよ?』
俺『ああ。何があってもだ。』
『…いいわ。今日は泳がないでゆっくり休んで。明日、会いましょう』

この覚悟という本当の意味も大会当日に知る事になる。

不思議な会話だった。
水の声までもが本気になっている。
俺という媒体をつかって、まるで自分を試すかのように…

水から顔を出した瞬間、俺の前に新木がしゃがんでいた。

新木『話していたの?』
周りに聞こえないように小さな声で聞いた。
俺はうなずいた。

新木『そっか。なんて?』
俺『覚悟決めろってさ…』
新木『後ろ…』
反対側のプールサイドでは少し不思議そうな顔で鈴木が俺を見ていた。

睨み合いではなかったが、少しだけお互いに見合っていた。

教師『それでは、最後の練習を始めまーす』

教師が言い放った言葉を聞いた俺は水の声の指定したとおりプールを後にして帰った。
練習会場はどことなく物静かだった。


帰り道、ふとバス停にあるジュースの自動販売機に見た事のある姿が目の前に飛び込んできた。

…中田。

中田は何処となく申し訳なさそうに俺を見ていた。
中田『小川…』
俺『久しぶりだなおい。元気だったか?』
中田『あ、ああ。』
俺『おいおい。昔からの仲だろ? あの時みたいに話してくれよ』
中田『…そうだな。小川…だもんな』
俺『そうそう。俺、小川』

少しにこやかになった俺達はコーラを飲みながら話した。

今までの事、学校が今どんなことをやっているか、あの頃の仲間は元気かとか、中田は意外にも学校の事を気に掛けていた。

俺の手荷物のプールバックを見るなり
中田『そうだよな。プールの季節だもんな』
俺『明日、水泳大会なんだ。なんでか、この俺が選手だよ』
中田『おお。いいじゃん』
俺『良い訳ねぇよ。面倒だし…』
中田『お前の泳ぎ、今でも目に焼きついてるよ。なんつーか神がかっているっつーか、とにかくスゲェ泳ぎだったな。お前らしくない綺麗な泳ぎ…。
お前、自分から選手になった…訳ねぇな』

俺は選手になってしまった経緯を話した。
そして、その事が原因で、学校中で物凄い事になってしまっているということも。

中田『お前があの鈴木と同着? いや、お前ならありえる話かもな』

中田はどことなく楽しそうになっていた。
ふと、鼻で笑い中田はおかしな事を言い出した。

中田『新木めぐみか。懐かしいな。あれいつだっけかな? 小学校の時な、お前が風邪か何かで学校休んだ時、俺の席に来てお前の事聞いていたっけ』

俺『なんだ、それ?』
中田『ん~…ほら、お前が100メートル泳いだ後にな、なんか妙にお前の事興味津々でいたぞ。お前の事好きだったんじゃねぇの?』

俺『んなわけねぇだろ。わけわからん…』

俺はなんだかは恥ずかしくなってしまった。
それが本当かどうか、そう言ったことがではなかった。
俺はその時、新木の事が好きでいたのだ。

俺はその話をどうにか終わらそうと思い中田に言った。
俺『明日、見に来いよ。未だにお前の事どうこう言うやつがいたら俺がぶちのめしてやっから』
中田は黙ってしまった。
やばい事言っちまったかもしれない。そう思った。

少しの沈黙があった後、中田は言った。
中田『お前の泳ぎだけでも見たいな』
俺『それでも良いから、見に来いよ。一番取ってやッから。』
中田はまた少し笑顔になった。

つづく

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