私が薄っぺらい人間の理由
解離性同一性障害
昔は解離性同一性障害があり、やった記憶が無いのに、やってあるという状態がよくありました。
やった記憶がないから、何を経験しても、本体の体験記憶にならなくて。
記憶にないということはゼロと変わらないのです。
いじめが原因
原因はいじめられていた子をかばったら、いじめのターゲットに切り替えられたことがはじまりです。
階段から突き落とされたり、首を絞められたり、ナイフで切られたり、毎日誰かに狙われてました。だから学校は地獄でした。でも自殺を考えましたが親のことを考えたら死にきれず。いじめに加担する人はいても、助けてくれる人はいませんでした。
生きるために、感情をすべて捨てました。
生死の判断をするのに、感情に左右されて、一歩判断が遅れたら死ぬかもしれない。友達だと思ってた人に、突然2階から突き落とされた時、「味方はいないし、気を許してもいけないんだ」ということを学びました。
そして、大切なもの、親しい人、それが私の弱点として利用する人間が実際にいて。狙われるのをさけるため、義務教育期間、私は事務的な会話をすることを除いて、何年も人と会話することをしませんでした。友達は植物を地でいってたのです。
人の喜怒哀楽に対して鈍いのは、人格形成期にこうした生活をしてたためです。人に対する警戒心がとても強く、人は打算でしか動かないものだと思っていました。
卒業して生活環境が変わり、多少普通の人らしい生活が送れるようになりましたが、捨ててしまった感情が戻ることはなく、楽しく生きるということが理解できませんでした。「お前、ちゃんと生きてるかか?」という先生の問いが理解できなく、「呼吸して、生命維持活動は出来ているので、生きてると思いますが。」というリターン。先生は「人生を楽しく生きているか?」といいたかったのでしょうね。
人とうまくやっていけない。
「私を人に紹介するの恥ずかしい 」と付き合った彼に言われました。それが原因で別れました。
人に紹介できないほど人ではない私という存在は何なのだろうと。
改めて、生きる意味のなさを痛感しました。
相変わらず解離性同一性障害は変わらず。
でも、生きることに楽しさを感じてなかったから、それが不都合だと感じなかったのです。
解離性同一性障害が落ち着く。
ある人と出会うことに。でもその人はすぐ殴る人で。なのに話し合いをしようと。応じなければ、30秒毎に殴ると。「ふつうのやつは、話し合いをして、償い方を知ってるものだ。出来ないなら、損害賠償払えと」人と接したことがない私は、どうしてよいかわからず、殴り続けられ、結局気絶するまで殴られました。
そこまでやってるのに、「結局、いつも俺が折れるしかないんだよな」という発言。いつかエスカレートして殺されると思い、逃げました。
今でもちょっとした引き金で、精神的失明をすることがあります。今でも何が正解なのかわかりません。
その人とは解離性同一性障害が落ち着くために出会ったものなんだなと。
現在
色んなものを無くしていた数十年を取り戻すため、色々吸収してます。普通のアクションだとわかりにくいということで、喜怒哀楽ははっきり表現してます。
ただ、Twitterやってると、自分の人間の薄っぺらさや、面白みのなさが出るなぁと感じます。そこは後悔しても仕方がないので、穴を埋められるように頑張りたいと思います。
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