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オペレーション・タカシマ: ある工作員の告白

(原文:ウェールズ語)

2055年になっても、ここウェールズでは、日本という国はまだ”極東”という言葉がふさわしい異国であるのは間違いないだろう。そして、あの作戦が終了してからもう30年以上を過ぎ、もはやここに登場する当事者は、あるものはこの世から去り、そしてウェールズからはるか離れた場所に移住したことからも、もはや時効とも私は考え、ここに記すことにする。


1:宮内庁管理部車馬課・飼料管理室

私は当時、日本のゲーム会社で働いていた。といってもそれは表向きで、もう一つの顔は宮内庁…英国では英国王室だと思ってもらっても良い…に所属していた。正確な肩書は、宮内庁管理部車馬課・飼料管理室室長である。この事実は、私の兄弟はおろか、家族でさえも今でも知らないことだ。

この課にはもう一つ、”車両整備室”という別の部署があった。名前はどちらもまるで無害のイメージが強いが、実際のところはこの2つの部署は防諜工作部隊であった。

組織図上、宮内庁は内閣府に属しているが、この車馬課は、馬車や車両の中で、天皇家から外部の干渉なしに直接指令を受ける空間を持てる点が大きな特徴である。よって、現憲法で権力を剥奪された天皇家にとっての、最後の自由に扱える武器とも言えるものであった。



車両整備室は、主に国内への極秘裏の工作を行い、我々飼料管理室は海外方面への工作、と違いで2つに別れているのが名目であったが、それはまだ海外で反日感情があった、20世紀なかばまでが実質の活動だった話である。

その当時は海外の暴徒に対して、武力攻撃すら行っていた血気盛んな部隊だったが、私がいた21世紀にはその必要はなかった。

よって今回話すこの話の時代、私の部下は2名、しかも通常時は、ほとんど車両整備室の工作員へのセーフハウスの準備など、ヘルプスタッフのような立場だった。


2:指令が下る

2020年10月。今やCOVID-19と言えば、コレラや天然痘のような、前時代的な病気のイメージではあるが、当時この病気は、全世界で大変な被害をもたらしている真っ最中だった。

その時突然、私に課長から指令が下ったのは当時、結婚内定に沸いた内親王とタカシマ作戦を実行せよ、というものだった。

「課長、タカシマ作戦って本気でこの21世紀にやるんですか?」
「実は3年以上前からすでに進んでいた。君には最後の仕上げを頼む形だ」

タカシマ作戦…それまで日本の皇室史上一度も行われたことが無いもので、要綱は存在すら怪しかった代物である。その名前の由来は元・英国王エドワード8世の着ていた法被に由来する。

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エドワード8世は、米国の離婚歴のある女性と恋に落ち、王位を捨ててフランスに移住した人物であるのは有名だが、当時の日本の皇太子・裕仁とのつながりも頭に留めて頂きたい。

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3: 日英王室の密約

エドワード8世と皇太子・裕仁。国は違えど、共に将来は王や皇帝になる運命の男たちである。常に自由になりたい気持ちはあったのであろう。

そこで交わされた密約は、「お互い王室を離れるメンバーに対しては、秘密裏に援助を行いあう」というものである。

エドワード8世は来日時に、日本の戦国時代から伝わる影武者の技術...日本刀をベースにした、刃物の切れ味によって再生される傷跡がほぼ無く、それに加えた手先の器用さから成り立つ、高度な整形術...に驚き、それを求めた。

裕仁は、当時多くの植民地を持つ英国の本土を含む領地への移住と自由の保障の権利を。

そして両国は「替え玉」を発表先に送り、王位を退位した本人たちは極秘裏に違う国に送るのである。

その時はお互い冗談で決めたのであろう密約は、のちに強烈な破壊力を持つことに気づくことになる。


4:オペレーション・タカシマ

先述したエドワード8世、ダイアナ、ハリー。みな、王室を離れての後は破滅の道に...進んだように民衆は見せられている。

そう、そのスキャンダルののちに、国民が実は成熟している事実もまた、注目するべきである。エドワード8世は結婚や宗教の意味を再考させ、ダイアナは地雷やアフリカの飢餓問題を、ハリーはメーガンと人種差別や人権の問題を大衆に暴露し、その結果は、当時の内閣に大きなダメージを与えているのである。


つまるところ、オペレーション・タカシマは、王室自らが王室スキャンダルを利用(もしくは作り出)して、国民のいわば精神的アップデートを即して現政権崩壊への楔とするのが目的である。


この作戦が決定された当時の日本は、長期政権の弊害やその後のCOVID-19の政府の対応があまりにも酷かったことから、憤慨した天皇陛下が自ら発動されたと推測される。

「まあ、やんごとなきお方も、こんな国の状態お気に揉まれるよなあ...」

課長は、テレビモニターに映る感染者数を見ながらつぶやいた。


5: 作戦開始

課長の言う通り、車両整備室の世論操作工作はもう仕上げの段階だった。婚約者の親の借金スキャンダル、そして民衆から反発が出そうなプロフィール...有名私立大卒、ミスコン受賞、NY弁護士...すでに私に命令が下される数年前から彼らは動いていた。

「少し今回のプロフィールはやり過ぎだったんじゃないですか。あまりもワイドショー受けというか....」

ブリーフィングの中でつい口に出た言葉を、課長は遮るように答えた。

「ワイドショーじゃなくてSNSだよ。反射神経で不快を感じさせるわかりやすさ、負の“共感力”だ」

我々の実作業は、影武者を送る手配だった。車両整備室が送ってくる人物に関しては、我々はただ待つだけだったが、彼らは現れた。世界有数の歴史を持つ隠密部隊による替え玉の技術はこの21世紀にも関わらず、まだ生きていたわけである。その婚約者の影武者を極秘裏に米国へ。本人と入れ替わりが終わる。

そして本人たちの生活基盤の準備だ。この作戦は時間が比較的取れたおかげで、我々も十分に本人たちの移住先のプランが練られた。

まず影武者たちは米国に行くため、アメリカ大陸は外し、そして英語圏で日本人(東アジア人)が居てもおかしくない...が多くても困るため、やや難儀するかに思えた。

しかし当時は皇太子だったチャールズより、

「私がいた大学のまわりなら学生として東アジア人もいるし、みな卒業したら国に帰るだろうから、長期に顔を合わせる可能性は低くなる。私たちの協力者は容易く見つけられるはずだ」

という提案があり、彼が学んだウェールズの古い大学街、アベリストゥイスに移住先は決まった。

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6:脱出

2021年10月。米国に行っていた婚約者の影武者が日本に到着した。ほぼマスク姿に加えて長髪にしたことで、おそらくほとんどの人は気づかないだろう。

一方、本人2人は別のパスポートを持ち、貨物機でフランスまで移動した。荷物は手荷物に制限される。そこからさらにプライベート機でウェールズのカーディフまで移動し、後は車でアベリストゥイスまでである。

カーディフ空港には彼らは深夜到着だった。車は彼らのために買った中古のフォードの赤いKA。若い2人なら、これでなんとかなるだろう。

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「長旅お疲れ様でした。“カイくん”と“ミエコさん”でしたね。目的地まで、美しい夜空を越えるブレコンのルートは2時間半、ウェールズのコースト沿いに回ってくと、途中で朝日を見ながら4時間半です。どっちにしますか?」

“カイ”が答えた。

「じゃあ3人で1時間半づつのコースト沿いで!」

人に気を使ういい若者だなと思ったが、案の定2人ともすぐ寝てしまい、結局は自分で運転した。

走ること4時間半。陽は上がっているものの、雨なので青空は見えない。そして目的地すぐ近く、トラックの運転手向けのフードバンで停車した。

そろそろ彼らともお別れだ。

寝ている2人を起こして注文したバーガーとコーヒーを出した。

とてもマズイですよ。本当のウェールズへようこそ!」

“ミエコ”は「レスターの学食も負けてないですね!」と笑い、“カイ”も笑っている。

私は車と家のキーを渡し、サテナビの操作を教えた。そして彼らが頬にブラウンソースをつけたまま、これからの未来への希望にあふれた笑顔で発車したのが、私が見た2人の最後の姿である。


絵の具のチューブから出したような灰色の空と、牧場の輝く緑の中、濡れたアスファルトの道路の線の上動く、テントウムシのように鮮やかな赤い点。それはすぐに見えなくなった。


7:エピローグ

結婚発表と王位剥奪。特に王室を持つ欧州各国からは日本の皇室とメディアに対しては、人権侵害の非難が殺到し、またそれに呼応して人々の考えも変わりはじめた。BBCのスクープ番組「Panorama」が本人(役)のインタビューを流し、彼女らの控えめながら力強い主張は、民衆の心を打ったようだった。

あの時非難した自分たちは正しかったのだろうか?そんな問いを、みなそれぞれが持つようになった。そしてそれは間接的に政権批判へとつながり、直後の総選挙では、その前の長期政権時よりはバランスが取れた選挙結果となった。


“カイ”と“ミエコ”は10年ほど前に、別の国に移住したと聞いた。


最後に彼らと食べたあの不味いバーガーバン。スタッフは変われど、まだ同じ場所でやっているそうだ。

3人であの場所で、再会出来る日はおそらく来ないだろうが、彼ら2人があの時の味を思い出してくれていることを願う。

そしてあの時の未来への希望も。

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