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ふたりのおばあちゃん(日記89)


あなたの笑顔をみたら、こころがふわっと明るくなって、ほっとしたわ。ほんとうにいいお顔ねえ。



となりを歩くちいさなおばあちゃんは、にこにこしながら、そう言った。



おとといの、あさのこと。
いってきまーす、と家を出て、むわっとした湿気にやられながら、歩き出した。
最近お気に入りの曲があって、朝はそれを聞きながら就労移行支援まで向かうことがルーティンになっているので、早々にイヤホンを両耳に突っ込み、歩き出した。


この曲は、晴れの日でも、雨の日でも、くもりの日でも、合う。
その日は曇っていて、太陽は見えなかったけれど、音楽に合わせてちいさく右手でリズムを刻みながら、歩いていた。


5分くらい歩いたころだと思う。
とんとんとん、と、右肩を叩かれた。
すぐ振り向くと、そこには、ちいさなおばあちゃんが立っていた。
イヤホンをはずして、というジェスチャーをしている。
慌ててイヤホンを外す。
勧誘によく合うわたしは、何かよからぬことのお誘いかも、と、身構えた。
すると、ちいさなおばあちゃんは、



あのね、わたし、福祉事務所に行きたいのだけれども。


と言う。
道を聞かれることもよくあるので、ああ、迷っちゃったんだな、と、すこしほっとする。


幸い、福祉事務所は、わたしが来た道を戻って道なりにまっすぐ進めば、たどり着く。
ただ、道が曲がりくねっているし、案内の看板もないので、わかりづらいと言えば、わかりづらい。
この道を歩いていると、福祉事務所へ行きたい高齢の方に道を聞かれることは今までもあったので、今回のおばあちゃんにも、同じように説明しようとした。

すると、おばあちゃんは、



わたしわからないの。その場所まで連れて行ってくださらない?


と、にこにこしながら、わたしの腕をがっつりつかむ。
あちゃー、困ったな、と思いながらも、まだ時間もあるし、この暑い中迷ってしまったら大変だと思って、福祉事務所までご案内することにした。


つい先程まで全く知らない人だったおばあちゃんと、連れ立って歩く。
おばあちゃんは何回も同じ話をする。
話の内容もちょっとあやふやで、これがこの年の方のふつうのことなのか、すこし認知機能が衰えている方なのか、判断がつかなかった。
どちらにせよ、ご案内することにしてよかったな、と思っていると、おばあちゃんは話をふと止めて、



あなたの笑顔をみたら、こころがふわっと明るくなって、ほっとしたわ。ほんとうにいいお顔ねえ。



と、にこにこと笑った。
それを聞いて、わたしのなかで、ぶわあっと思い出がよみがえった。



亡くなった、愛知のおばあちゃん。
亡くなる前、施設に入ったころ、会いに行ったとき、まったくおんなじことをわたしに言ってくれた。



ほんとうにはじめは、いいお顔ねえ。あなたが笑うと、こちらまでうれしくなるよ。



愛知のおばあちゃんとおんなじことを、今、となりを歩いている、ちいさなおばあちゃんが言ってくれた。
こんなことってあるんだなあって、じんわりうれしくなった。



昨日、夢に、愛知のおばあちゃんが出てきた。
わたしがよく会いに行っていたころの、元気な姿だった。
愛知のおばあちゃんはいつもおしゃれだったから、自慢のスカートをはいて、髪をふわっと結って、そこにいた。
愛知のおばあちゃんは、夢のなかで、にこにこ笑っていた。
たしか、わたしは、おばあちゃんと、なにかお話したはずだ。
話をしながら、あ、おばあちゃん、わたしに会いに来てくれたんだな、って思った。
話したこと、覚えておこうって思ったのに、朝になったら、忘れてしまった。
だけど、おばあちゃんの笑った顔を、久しぶりに、しっかり思い出した。



見知らぬちいさなおばあちゃんが、わたしのおばあちゃんに、会わせてくれた。
いいお顔ね、って言ってもらえたこと、たからものにしようと思う。
ありがとね、おばあちゃん。

投げ銭?みたいなことなのかな? お金をこの池になげると、わたしがちょっとおいしい牛乳を飲めます。ありがたーい