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正しい実践とは

私が教員になった時よりも情報が溢れる世の中になった。
当時は、まだTwitterも下火で、こんなに情報が流れてくることはなかった。
だから今の若い先生たちは、検索をすれば、いくらでも多種多様な実践を真似ることができる良い時代になったのだと思う。
かという私も同じように検索しては、本を読んでは真似していた。

よく子どもたちに話をしていたのだが、
学ぶという言葉は、真似ぶが元であるとも言われている。優れていると感じたものは、どんどん真似すれば良い。それが学ぶというものである。

しかし、近年少し心配なのは、Aという状況ならばBという言葉かけをしよう!指導をしよう!
といった法則に則った情報が増えてきたことである。
私も何度か困った時に真似したことがあるが、相手やクラスに対する思いがなければ響かないことを前提としておかなければ失敗するだろうなという覚悟が必要だと思う。間違いなく問題を解決したいという気持ちだけでは、失敗する。(相当素直な子ばかりならなんとかなるとは思う。)
つまり、この指導が正しいかどうかなどわからないのである。

やんちゃなあの子も、おませなその子も、マイペースなこの子も、全ての子のことを思って、魂を込めて話すことを忘れてはならない。
怒る、怒鳴るということではなく、熱量を込めて伝える。だいたい一発では変わらないので、何度もブレずに伝えるのである。

言うが易し行うは難し。

これが教育の難しいところであると感じる。
こんな偉そうなことは書いていてもうまくいく時はうまくいったし、失敗する時は失敗したなと思い出す。

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