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【無料公開】メンタルモデルを持つことは「考える人」を増やす【Off Topic Ep140】

宮武徹郎と草野美木が、アメリカを中心とした最新テクノロジーやスタートアップビジネスの情報を、広く掘り下げながら紹介するPodcast『Off Topic』。このnoteでは、番組のエピソードからトピックをピックアップして再構成したものをお届けする。

エピソード『#140 メンタルモデルとは何か』は、宮武が「昨年から話したいと思っていたテーマで、ついにタイミングが来た」と語る、“メンタルモデル”を取り上げている。過去にもOffTopicで触れたことのあるワードだが、事例を交えつつ、重要性をより理解するための回となった。

メンタルモデル=自動車の修理屋

今回のエピソードではおさらいとして、「そもそもメンタルモデルとは何か」という整理からスタート。

宮武は「メンタルモデルとは、その世界を理解するためのフレームワークである」と案内する。世界やビジネスを取り巻く事柄が日に日に複雑性を増すなかで、そこで起きる事象をシンプルに考えやすくするためにあるのだ。そして、世界トップのビジネスパーソンほど、自分なりのビジョンやメンタルモデルを複数持っており、変化への対処や検証などを脳内でシミュレーションしやすくしているという。

宮武はその様子を「自動車の修理屋さん」と喩える。車に何かしらの問題が起きた場合、修理屋に見せに行く。修理工は車の構造を理解しているため、挙動などから「エンジンのこの部分に不調がある」といったように問題の箇所を特定することができる。メンタルモデルは、ここで言う「車の構造の理解」に近く、それゆえに問題への対処がしやすいわけだ。

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ここで大切なのは、メンタルモデルを持つべき理由としては、世界を理解するためだけでなく、最終的により良い判断をするためであることだ。宮武は「人生はもちろん、特にビジネス領域にとって、全体の10%でもより良い判断ができるようになると、自分の価値を上げたり、素晴らしい会社作りに生かされたりするはず」と話す。

道筋が見えれば、行動の成功率を高められる

ベンチャー業界では成功や失敗事例がよく共有されるが、過去にあった経験が未来でも同様に起きることは、実はそれほど多くはない。その時々の市況やテクノロジーなどによって、あっさりと過去が塗り替えられていることも少なくないためだ。

しかし、個々の再現性が無いからこそ、全体の構造を理解することで「同じような答えにたどり着きやすい」といった道筋が見つかれば、行動の成功率を高めることができる。スタートアップ業界で有名なフレーズを例に挙げれば、“The next big thing will start out looking like a toy”(次の大きなイノベーションも最初はオモチャに見える)がある。これはOff Topicのエピソード139でも触れた「新しいテクノロジーは常に批判されてきた」という歴史にも通ずるものがある。

あるいは、Off TopicでWeb3について扱った際にも挙げられた、「頭の優れた人たちが休日にやっていることは、一般の人が10年後の平日にやっていることである」といった言われ方もその一つといえる。かつてのアメリカで「ホームブルー・コンピュータ・クラブ」というパソコンオタクの会合にスティーブ・ウォズニアックが参加しており、結果としてAppleの誕生につながったエピソードの他、VRやWeb3などの領域を含め、さまざまな例を見ることができる。

Cult of Mac

これらのエピソードからメンタルモデルを導くと、「頭の優れた人たちは悪いアイデアを持っているのではなく、早すぎるアイデアしか持っていない」とまとめられる。アイデアの実現はタイミングに大きく左右される。現在あるInstacartにしろ、過去に同様の展開が練られたことは何度もある。iPhoneはその登場前に、General Magicという企業がスマートフォンの登場を示唆してもいた。いずれもタイミングの問題であり、まさにフランスの細菌学者ルイ・パスツールの有名な言葉を引けば、“Chance favors the prepared mind”(チャンスは用意された心のみに宿る)なのである。

ピーター・ティールの「バットシグナル」

宮武はメンタルモデルの有力な使い手として、PayPal創業者として名高いピーター・ティールを挙げる。ティールの元にはいつも有力な人物がいて、彼のビジネスを支えてきた。そういった人材をいかに引き寄せているのか。それも、彼が持つメンタルモデルの一つである「バットシグナル」に見ることができる。

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バットシグナルは、アメリカのヒーロー「BATMAN(バットマン)」に登場する投光器だ。この投光器で、夜空に特徴的なコウモリのエンブレムを投影することにより、バットマンは現れる。ティールの人材の引き寄せは、まさにこの方法に近いという。

たとえば、ティールはスタンフォード大学の在学時、慣習的にリベラリストの多い学生の中から「そうではない人」を探し出すために、メディアを立ち上げたことがある。アメリカの大学の多くには学生が運営する新聞などのメディアがあるが、当然にその論調は主義主張が多いほうに偏りがちだ。スタンフォード大学の学生メディアもリベラル寄りだったが、ティールは意見として対抗するメディアを作り、集まってくれる人々から仲間を選んでいった。つまり、彼が立ち上げたメディアこそが、バットシグナルだったわけである。

書籍の執筆やイベント登壇などもティール流のバットシグナルの一部であり、集まってくれた人から選抜を行っていくのだ。従来との違いを見せ、それに人々がどのように反応するのかを見ながら、事前にフィルタリングをかける。そして、引き寄せたい人材を選抜していく。こうした手法を、ティールはよく用いるのだという。

「考える人」が少なくなっている、という課題

宮武は「過去を知ることの重要性」もメンタルモデルの要素として挙げる。それを端的に表した言葉が“Reading Backwards”である。直訳すれば「逆から読む」という意味だが、新しいと思える経験が「本当に新しいのか」を過去にさかのぼって検証することで、実はそれが単なる歴史的な繰り返しの一部に過ぎない、といったことも見えてくる。「過去を勉強することによって、未来に起こり得ることがわかりやすくなる」と宮武。世界的な決済サービスで知られるStripe創業者のPatrick Collisonも、よく言及するメンタルモデルの一つだ。

そして、人はそれぞれに「自分のメンタルモデルを持つべきだ」とも宮武は勧めた。その理由として、ただ「人に従う人」を増やしすぎないためにも必要だからである。英語では、こういった人のことを“Sheep”(羊)と表すそうだ。

AZ Quotes

現状、世界中にはさまざまなシステムが存在する。それによって、我々は逐一「何をやるべきか」を考えずに済むようにもなっている。日本では“神話崩壊”の代表格に挙げられることもよく聞くが、かつては「有名大学を出て、大企業に勤めれば一生安泰」というプロセスがあったが、これもシステムの一つとみなせる。そのシステムで生きると、「そもそもなぜ大学へ進むべきか」といった観点は「当然のもの」として検証の余地はない。それほどにシステム自体がスケールしたことで、一般化を果たしたわけである。

ところが、この一般化が、いわゆる「イノベーションのジレンマ」を引き起こす。現在のアメリカでは政府も含めて、既存のポジションを維持するための意思決定がなされるがゆえに、新しいことよりも「守り」の姿勢が強まっている。あるいは、アメリカのリーダーシップにおいても、「質問に回答はできても、いかに問うべきかがわからない」「目標を実現できても、目標設定の仕方は知らない」「特定のエキスパートではあっても、他の領域に広がりがない」といったような言及がされてきている。結果として、エクゼキューションする人が多い一方で、「考える人」が少なくなっているという課題があるのだ。

宮武は「歴代で最も偉大な作曲家にベートーヴェンの名が挙がるが、なぜ現代で多くの情報にアクセスできる人類が、ベートーヴェンを超えられないのか」という疑問を挙げる。「インターネットの時代だからこそ、天才が生まれる黄金時代になるべきだ」と宮武は考えるが、その原因の一旦が、まさに「考える人」の少なさにあるのではないか、と指摘する。

だからこそ、個々人のメンタルモデルの構築にも必要性が増している。宮武は「他の人たちのメンタルモデルを常に頭の中に置き、それを自分のメンタルモデルと競わせる」という活用法にも触れた。今回のOff Topic「#140 メンタルモデルとは何か」ピックアップコンテンツでは、さまざまな事例から一部を取り上げたが、Podcast本編ではさらに多くの事例と、そこから導き出せる教訓についても語られている。

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いま、Off Topicで、なぜこのテーマを語るタイミングが来たのか。その前提となる問いを念頭に置きながら聞くことを、特に今回は忘れてはならないだろう。

(文・長谷川賢人

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