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【無料公開】Stripeを見れば、インターネットビジネスの「次」が見えてくる?【Off Topic Ep161】

宮武徹郎と草野美木が、アメリカを中心とした最新テクノロジーやスタートアップビジネスの情報を、広く掘り下げながら紹介するPodcast『Off Topic』。このnoteでは、番組のエピソードからトピックをピックアップして再構成したものをお届けする。

エピソード『#161 Stripeが目指すのは”インターネットのGDP成長?” そのユニークなプラットフォーム戦略とは』は、しばしば過去のOff Topicでも触れてきた、決済サービスの雄ともいえる「Stripe」について、2週にわたってフィーチャーしていく。今回はStripeという会社が見据えるインターネットの未来を、これまでの歩みやビジョンを振り返りながら考察していく。

そして、次週は考察をもとに、実際にオフィスを訪問して先方担当者にインタビューを行うという構成を取る。なお、Off Topicでは、こういった企業訪問シリーズを「Out of Office(仮)」と名付けて、今後も実施していく予定だ。

Stripeは「インターネットのGDPを増やす」をミッションに掲げている。宮武はリサーチなどを重ねる上で、彼らを「ただの決済サービスではない」と論じた。その裏にある思考と戦略について理解を深めるために、まずは創業初期の歴史から見ていこう。

いかにStripeは創業し、立ち上がっていったのか

Stripeは、パトリックとジョンというコリソン兄弟によって、2011年に共同で設立された。初期のStripeを有名にしたのが「開発者が簡単に自分たちのサイトにシステムを導入できる」という利便性であり、わずか7行のコードで決済を可能にできることが革新的だった。

2011年10月のStripeサイト

また、現在では目新しさはないが、2011年当時としては他社と2つの差別化要因が光った。一つは、Stripeという存在をロゴを含めて表に出さない「ホワイトレーベル」なビジネスであったこと。もう一つは、Stripeのサービスサイトに遷移せず、導入サイト内で決済を完了させられることだ。

2000年代、最も人気のオンライン決済サービスはPayPalだったが、当時は買い手も売り手も両方がPayPalアカウントは必要であり、決済時にもPayPalサイトに遷移する必要があった。しかし、特に2010年代に入っていこう、AirbnbやUberといったオンラインマーケット プレイスのビジネスが伸長するにつれ、全てを自社サイト内で決済まで完了できるユーザー体験が求められていくようにもなった。Stripeは、そのニーズに見事に合致したのである。

そもそも、Stripe創業者の兄弟はエンジニアであり、インターネット上での決済システムやその導入が難しいことに課題を覚えていた。似たような課題を抱えるエンジニアがいるのであれば、類似サービスもあるはずだと兄弟は探し回ったが、一向に見つからなかった。そこで、「無いならば作ればいい」と開発に乗り出した経緯がある。1ヶ月ほどでプロトタイプ を作り、徐々に改善をしていったのだが、当初から「単なる決済サービスを作る」という以上の野心があったという。

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彼らはもともと、今で言うネオバンクを作ろうとしていた。たとえば、ウェブ検索の課題をGoogleが解決し、ソーシャルの課題をFacebookが解決したように、インターネット決済の課題を解決すれば、人々に新しい購買や金融のあり方を促せるのではないか、と発想したのである。

まず、Stripeはエンジニアを中心に口コミで知られていった。ウェイトリストが数千人に達する頃、2010年6月にY Combinatorからシードファンディングを実施。ポール・グレアムはその可能性を高く評価していたという。その後も、ピーター・ティール、イーロン・マスクといったPayPalの創業者たち、さらにはセコイア・キャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツといった強力な出資者からのバックアップを受けた。2011年の9月末にローンチしたが、事業の推進力になったのは初期約20社の顧客はY Combinator経由だったことだ。

ライバルと目されるAdyenとの違いは?

その後も投資ラウンドを重ねていき、Stripeは世界に名だたる決済サービスとしてのポジションを固めていく。しかし、この間には他にも様々な類似サービスが生まれ、しのぎを削っている。特に比較されがちなのが、オランダ・アムステルダムに本社を置くAdyenだ。

そこで宮武は、直近2022年の両社の数字を比較していく。Stripeは非上場企業、Adyenは上場企業のため、得られるデータに違いはあるが、戦略の違いなどの考察には役立つ。まずは年間の決済処理金額は、Stripeが$800 billionと約100兆円を超える規模だ。年々23%ほどの成長を見せ、グロスの売り上げが$14.3 billionあり、カード会社への手数料支払などを経ると、Stripeの取り分は$3.2billionに達する。2021年が$2.5billionだったため、数値は伸びているが、結果的には$500 millionほどの赤字を計上している。

Adyenも年間で$800 billionほどの決済を処理しているが、最終的な取り分では$1.37 billionとStripeより低い。しかし、$700 millionの利益を出して黒字化している。決済処理の規模は同等だが利益に大きな差があるのは、両社の戦略に関わってくる。手数料はStripeが背筋で約1.8%ほどで、Adyenが約1%だが、この違いは狙っている市場の差から生まれていると、宮武は考察する。

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Stripeはボトムアップ型でSMBを攻めている。スタートアップや開発者、起業家を中心として、現在は徐々にアップマーケットを狙い始めたところだ。逆にAdyenは大手企業を中心とするエンタープライズ領域からトップダウン型で攻めており、今や中規模企業にもリーチを始めた。しかし、大手企業のとの連携は決済にも相応のボリューム感が出るため、手数料を下げる要請が来ると考えられるため、Adyenの手数料はStripeを下回るのである。

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Stripeのほうが手数料が高いと言われるもう一つの理由は、おそらくStripeが提供しているプロダクト数が多いことだ。20ほどのプロダクトがあり、非常に多様なサービスが提供されています。決済をベースにしているものの、サブスクリプションの支払い受け入れや請求書の受け入れ、オムニチャネル決済、実店舗での支払い、登記サービス、税金周りの免税計算やオンラインアイデンティティー認証サービスなどがあります。方や、Adyenは10ほどのプロダクトを提供しているにとどまる。もっとも、すべてのプロダクトが手数料に反映されているわけではない。

そして、利益の違いは、StripeとAdyenの従業員数でも見えてくる。Stripeは去年レイオフを行う前に、約8000人の従業員がいたが、14%を削減し、現在は7000人ほど。一方、Adyenは2022年末時点で3332人の従業員しかおらず、半分以下である。しかも、ほとんどがヨーロッパに在籍しているため、相対的に給料も安価だと言われている。

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Stripeの売上成長は、Adyenよりも遅れているが、コストは上がっており、従業員数も多い。例えば、Stripeの2019年から2022年の成長率は58%だが、去年の成長率は20%。それに対して、Adyenは2019年から2022年の成長率が38%で、去年は30%であり、Adyenの方が成長率は伸びている。

だが、Stripeも別の利益源を求めて行動を始めてもいる。StripeはAmazonと提携し、Amazon Prime、Audible、Kindel、Amazon Payといったサービスの決済ボリュームの多くをStripeが担当することになると発表。ただ、具体的に何パーセントを占めるのかはわからず、またAmazonのコアであるリテール事業、つまりAmazon.comやAmazon.jpは含まれていない。最も、Amazonのような大企業でさえ、自前の決済システムを作り続けるよりも、その機能をエキスパートに任せたいという考えがあるのだろうという側面も見えてくる。

Stripeは今やShopifyのような大きなプラットフォームであるが、最近では技術的な負債があるとの話も出てきた。なぜなら、同社は13年前に設立されたため、初期のコードベースが古いことが問題とされているのだ。また、社内のコードベースのリファクタリングに時間と投資をかけたものの、プロジェクトが中止されたという噂もある。

Stripeは「プラットフォームのプラットフォーム」になりたい

ここまでAdyenとの違いなどをまとめてきたが、宮武は「しかし、Stripeと他社を単純に比較することは間違いだ」と話す。

なぜなら、Stripeは独自の思想とビジネス戦略を持っているからである。宮武は戦略系ブロガーのBen Thompsonが自身のブログ「Stratechery」で書いた、プラットフォームの強さに関する記事を参照した上で、強力なプラットフォームの登場による副次的な市場の立ち上がりに注目する。

たとえば、Windowsのような強力なプラットフォームがあったことで、多くのハードウェアやアプリケーションが対応するようになった。Shopifyもまた、強力なプラットフォームであり、多くのD2Cブランドが立ち上がっている。Stripeも実際にはプラットフォーム化されており、「Stripe Treasury 」というプロダクトを通じて、クライアントに金融商品や金融サービスを提供している。

Stratechery

一例として、Stripeは、ゴールドマン・サックス、シティバンク、バークレイズなどの銀行と提携しており、クライアントに銀行口座の作成といったサービスを提供している。特に、銀行口座の作成はスタートアップにとって難点であり、アメリカではFAXを送ることさえ必要である(実はセキュリティでFAXは優れるという一面もあるにはあるのだが、やはり手間には変わらない)。

Stripeがより簡単に銀行口座やそれに近しいものとか作れるようなサービスを提供していることのポイントとしては、Stripeがメイン顧客としている中小企業やスタートアップにとって必要なサービスを提供することで、ボトムアップ型の営業モデルを拡充させるだけでなく、Stripeが「プラットフォームのプラットフォーム」になることを志向している点だ。

ShopifyはECサイトを簡単に作成できるプラットフォームで、彼らとしては簡単にECで商品が売れることに徹したいがために、StripeのAPIを利用して決済サービスを提供している。このおかげで、ShopifyのマーチャントはStripeのサイトに行かずに、Shopify上で金融サービスを利用できる。Shopifyはプラットフォームで1万人以上のクライアントがいることから、Stripeは「プラットフォームのためのプラットフォーム」を提供していることになり、結果として自社単体よりも多くのユーザーと接することができている。

Stratechery

Stripeが掲げる「インターネットのGDPを増やす」を実現するには、より多くのインターネットユーザーとつながりを持たねばならない。その解決方法が、「プラットフォームのためのプラットフォーム」戦略にあると見ることができる、と宮武は指摘する。

Stratechery

インターネット上の大手プラットフォームとして、FacebookやYouTube、Amazon、Appleなどが挙げられるが、これらは全て個人向けのプラットフォームである。Stripeは個人向けのプラットフォームの裏方にもなることで、より多くのユーザーに影響を与えられる。

またそれに加えて、Stripeは他の銀行やプラットフォームと提携して、その状況を作り上げているのも特徴だ。全てを自社で開発するのではなく、他のプラットフォームとも薄く広くつながり続けていく。これがStripeの「ファイナンスOS」というアイデアであり、インターネット全体のレイヤーとなることを目指していると考えられるのだ。

Stripe Sessions

今後、最も重要になるのは、ユーザーの直接的なインターフェースだけではなく、ユーザーには見えない「透明なプラットフォーム」が持つ力である。Stripeはその典型例であり、他にもShopify、OpenAI、Unity、NVIDIAなどが同様の立ち位置にあるといえる。

決済を変えれば新しい経済圏が生まれる

決済領域には、未だに「様々な摩擦」がある。これらの摩擦が引き起こす課題として、従来ではありえなかったビジネスモデルを阻害したり、新しい事業を作りにくくしたりすることが挙がる。

例えば、インターネットを通じてごく少額の決済を行えるマイクロトランザクション(マイクロ決済)は固定費用が高く、実際に事業を成立させることが非常に難しい。また、家賃引き落としなどオンライン決済がまだ一般的ではない分野や、国家間におけるクロスボーダー取引においても課題が存在している。宮武は「ブラジルのクレジットカードの9割以上は、ブラジル国外では使うことができない」と事例を話す。オンライン上に存在するこれらの問題を解決することにより、新しい経済圏が生まれる可能性がある。

Stripeは、まだオンライン上で行われている世界の取引が約12%程度であることから、その拡大を狙う一方で、多くの企業が立ち上がることでGDPの向上を図ってもいるようだ。シリコンバレーではFacebook、Google、Amazon、Microsoftが一大市場を作り、GDP向上の大きな要因となっていることを見ればわかりやすいが、Stripeは「世界にどれだけのイノベーティブな企業が存在し、どれだけ生き残り、そして生存確率を上げる要因は何か」を一つの指標としている。

Stripe

スタートアップ企業設立のためのサービス「Stripe Atlas」の登場によって従来より新たに3割の企業が立ち上がったが、それによって新たなGDPが生まれる可能性がある。そして、クロスボーダー決済を可能にするStripeには、大きな市場にアプローチし、売上を上げる力を持っている。

Stripe

また、Stripeは事業支援や決済レイヤーの持つ力を活用しつつ、それぞれのデータを把握することで、各クライアントの事業が成功しているのか否か、結果的にはGDPが向上しているのか否かも、わかるのである。

「アントレプレナー・エコノミー」を作れ!

宮武は最後に、去年末、Stripeが発表したある記事について触れた。その記事はジェネラルな情報が中心で、Stripeの具体的なデータはほとんど含まれていなかったことから、あまりTwitterで話題にはなっていなかった。もし、売り上げなどのデータが掲載されていれば、多くのシェアがあったであろう。

その記事のタイトルは『The internet economy Is everywhere』であり、さまざまなところにインターネット経済圏がある、という主張だった。アメリカ各地の街がインターネット経済に参加することでGDPがどれだけ変化したのか、インパクトがどの程度あったのかといった内容である。彼ら自身のサービス伸長ではなく、アメリカという国や都市に対しての影響を観点としているところに、その独自性を見ることもできる。

Uberがギグ・エコノミーと呼ばれるほどの新たな経済圏を創出しており、市場を開拓してもいるように、Stripeもその可能性にベットしている存在だといえる。それを作る可能性が高いのは、これから登場するインターネットネイティブな企業であり、その市場を創造するのは開発者やクリエイター、起業家である。言わば「アントレプレナー・エコノミー」に焦点を当てているがゆえに、彼らを対象としたプラットフォームを提供しているのだ。

「インターネットのGDPを増やす」は、もはや単なるナラティブではない。Stripe創業者のコリソン兄弟は根本的に、インターネットの本来の力を活用し、これまでにないネイティブなサービスと新しい経済圏を創出することを目指している。今はまだ数々に制限のあるその経済圏は、Stripeのサービスによって解放されるだろう。それこそStripeの目指す姿なのである。

今回のOff Topic「#161 Stripeが目指すのは”インターネットのGDP成長?” そのユニークなプラットフォーム戦略とは」ピックアップコンテンツでは、Stripeという企業の戦略やユニークネスについて取り上げた。次回はOut of Officeシリーズのいよいよ本丸である、Off TopicによるStripe Japanオフィス訪問を経た回となる。Podcast本編ではより詳細に、また事例やデータ、理解のためのメタファーも提供されている。ぜひ前提知識として仕入れてほしい。

(文・長谷川賢人

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