アンガージュマン

翻訳の仕事をしていると、実務上よく出てくるのになかなか訳しにくい単語に出くわすことがある。英語の動詞 "engage(名詞形ではengagement)" もその一つだ。関与するとか、噛みあうといった意味なのだが、日本語にするとなかなかしっくりこないことが多い。

機械類のマニュアルなどの工学的な文書で、「歯車が噛みあう」というのはいい。しかし、人や集団などの関係性を表す場面では、約束や交わり、関与、場合によっては契約といった法的な意味で使われることもある。「エンゲージリング(英語ではengagement ring)」のように婚約という意味もある。意味が広いから訳しにくい。

大学生のころ、文学少年気取りで哲学者のサルトルを読んでいた。習いたての第二外国語のつたないフランス語を駆使して原著にも手を出してみた。ほとんど歯が立たなかったけれど。

サルトルの思想でキーワードとして出てくるのが「アンガージュマン」だ。英語でもフランス語でもつづりは全く同じ "engagement"。訳書では「投機」という訳語が充てられていたように思う。自分なりの解釈では、頭で考えているだけでなく、機会を見つけて自ら積極的に関与することで、そこに意味や価値を見出す、あるいは作り出すという意味だ。これも自分なりの捉え方だが、サントリー創業者のことば「やってみなはれ」に通じるものがあるように思う。

サルトルの名前は最近すっかり聞かなくなったが、仕事でengageやengagementといった単語に出くわすと当時のことを懐かしく思い出す。今さらサルトルを読み返すほどの気力はないけれども。

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