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最近ネットがつまらなく感じる(;´・ω・)

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つまらなくなったのはのんのんお前だよm9(^Д^)
って諸兄達は思うかもしれませんが、その前にワイの話を聞いて欲しい。

まず前提としてネット自体を否定する意図はありません。
メールやチャット機能は仕事の低コスト化や効率面でも役に立っていますし、調べ物も一次情報を手に入れやすくなった為、メディアに頼らずとも正確な情報を得やすくなったのは大きいと思っています。

また、Amazonのようなネット通販が一般的になったことによって都会と地方の差が少なくとも物販面では小さくなったとも思います。

のんのんがつまらなく感じたのは主に娯楽面です。
初めてネットに触れた00年代後半は、ネットさえあれば
生きていける(`・ω・´)
って本気で思う程楽しかったです。

もちろん初めてネットに触れたので真新しさや経験が少ない学生時代だったので過去の思い出を美化している面も否めませんが、その点を差し引いても今のネットはつまらないと感じます。

何がつまらないと感じるのか?
その思いを語っていきたいと思います(・∀・)

①広告の増加
ネットが儲かる!そんな話が10年代後半から強くなってきたと思います。
それに付随して個人・企業問わず広告が溢れてきて、クリックしないと内容が見れなかったり、画面一杯の広告やインパクト重視の不快な広告など多種多様な広告宣伝を見る羽目になりました。
もちろん、ネットの情報は全て無料にしろとは思いませんがアクセスアップを狙った過激なタイトルや煽っておいてこの件は調査中や今後に期待など儲かればそれでいいみたいなスタンスのサイトが増えて地味にストレスをかけてきます(;´Д`)

②商業主義のまん延
ネットで儲けるのは構いませんが、一部の情報商材屋さんが劣等感やコンプレックスを煽って商材を売る(# ゚Д゚)
そんな手法を目にする機会が増えてきました。
儲けられれば法律に触れない限り何をやってもいい、そんな拝金主義的な輩が増えてきたと思います。
また、一部のインフルエンサーも案件を隠して商品をレビューするステルスマーケティングを行い昔のネットのように庶民の生の声を聞ける機会が減り情報を得るにも高度な取捨選択が必要になりました。
情報を得るのに精査を含めコストが増えたことによってネットの利便性が減り代わりにストレスが増えたと思います。

③義憤に溢れる世界
00年代のネットはクソって言われていましたが、クソの中にも優しさやヌクモリを感じる機会はありました(・∀・)
しかし、例の流行病を境に商業主義+義憤を煽るような記事や手法が増えてきたと思います。
ネットには常に怒りが溢れその怒りを煽って利益を得ようと企む輩もいてクソを通り越して地獄になっています\(^o^)/
ネットをやってても楽しい、好奇心が満たされた体験よりも怒りや悲しみを感じる機会が増えたと感じます。

④金こそが正義の資本主義体現
正しさを証明するには金がかかる(;´・ω・)
10年代前半までは、お金がなくても正しさを主張して団結するネットの力を体感する機会がありましたが、今は企業・インフルエンサーにしても批判は許さない批判的な意見は訴える(#^ω^)
論調が強くなっていると感じます。
確かに行き過ぎたクレームや荒らし行為については、警告が必要なのは理解できますが、資本を武器に行う言論統制的な手法は金こそが正義を体現していてとても嫌な気持ちになります。

⑤Googleは先生でなくなった件
Googleは自分の知らない情報や知識を繋げてくれる先生的な存在でした。
しかし、今のGoogleは先生でなくなってしまいタイトルだけ豪華なクソな情報しかもってこない商人になってしまった(´;ω;`)

熱意溢れるオタク的な個人サイトは検索にヒットせずに検索を工夫したり別の検索エンジンを使ってやっとヒットしたと思ったら更新停止( ;∀;)

鋭い考察や面白い話をする諸兄達はどこに消えてしまったのか??
主張や文章が滅茶苦茶であっても謎の熱量をもった兄貴はどこに行ったのか?

ワイはインフルエンサーの成功譚やキラキラ生活じゃなくて生きにくいながらも悩んでそれでも主張したい何かがあるそんな諸兄達の話が聞きたいのにネットがテレビのように成功者ばかり溢れるようになってしまって咽び泣いているのんのんであった( ;∀;)

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