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ライナーノーツ 壱

「ストレート・フラッシュ」と名付けたこのおハナシの元を思いついたのは、もう三〇年以上前のことだ。
当時私は大学三年生で、世の中はバブル景気に湧いていた。そして私は、当時はロックとファッション情報誌だった「宝島」という雑誌が全力でプッシュしていた「インディーズバンドブーム」にハマり、日本のパンクバンドを聴き漁ってた。
好きだったバンドの一つが、The Willard。映画「地獄の黙示録」の主人公、ウィラード大尉に由来するバンド名。宝島がイチ推ししたバンドで、誌面は彼らの記事と写真だらけだった。その後、
このバンドが満を持してメジャーデビューした際、ギタリストがあっさり替わっていた。このバンドのメインアクトであるヴォーカルのJUNの旧友だという。メジャーデビューに合わせ、ギタリストのテクニックとビジュアルを向上させたのだとJUNが後に語った。ここで一つ、バンドからメンバーの一人が脱退するというプロットができた。
私には五歳年上の姉がいる。私が二十歳の頃、姉は社内結婚し隣町に嫁いでいった。この嫁ぎ先というのが、十代以上続く元庄屋という旧家だった。私の家は自営業の家系で、じいさんが分家して親父で二代目。親父は当初、姉の交際に猛反対した。田舎であることから、家格が違いすぎる、ウチのようなビンボの自営業と親戚づきあいできないと。
しかし、義兄になった人はそういう立派な家で育ったような感じはまるでなく、爽やかなスポーツマンだった。親父も最後は折れたわけだが、その後は実の息子の私よりも、義兄を頼りにするくらい打ち解けあっていた。もう一つ、旧家への婿入りというプロットができた。
私が高校生の頃、隣の高校に変わった生徒がいた。私の通った普通高校のほかに工業高校がある町で、基本的にその町で生まれ育った生徒が多い。彼は珍しく隣の隣の町から通っていた。前の高校をなんらかの事情で三年のときに退学してしまい、翌年その工業高校に入り直したのだった。前の学校からは遠いところに行きたかったのだろう。
彼とは友人と一緒に何度か会ったが、確かにちょっと老けた感じで、学生服のまま平気でタバコをくわえている。成人してるので問題はないわけだが、彼は陰で「にじゅっさい」とあだ名されていた。高校に入り直した男というプロットが出来上がった。
会社員としての仕事が落ち着いてきた(出世コースを外れた)ので、アタマの中に置いてあった数々のプロットを組み合わせて、ぼちぼち書き始めた。若そうな舞台を描いているはずなのに、いろいろ古臭いとこが出てくるのは、書いている本人がトシ食ってるからなのです。

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