見出し画像

思い過ごせば夏


春生まれのわたし、夏がずっと嫌いだった。
蝉の声なんて聞こえなければいいのにと思っていた。
道ゆく人の袖が短くなる様を億劫に感じていた。
snsに流れて来る花火の音が耳障りだった。
浮かれ足だっている人を鼻で笑っていた。

そんな自分となんて一生交わることのないと思っていた季節を、いつしかドキドキと待ち望むようなわたしになってしまっていました。
暑いけれど、汗をかくけれど、日焼けをするけれど、それでも冬になると次の夏を待っていました。


だけどやっぱり、わたしに夏は似合わないのかも。


こんなにも夏を待ち侘びるわたしになったきっかけは、去年ある友達と夏をよく共にしたからだろう。
春にその友達と『またわたしたちの夏がやって来るね』なんて意気込んでいたけれど、わたしたちの住んでいる場所の天気予報にはまだたくさんの傘マークが並んでいます。


夏の始まりってどうしてあんなにもワクワクするんだろう。夏の終わりってどうしてあんなにも切なくなるんだろう。
遅めの青さがわたしの中に芽生えて少しばかり恥ずかしいです。



小学生の頃水泳記録会に出ていたわたしも、この歳になると湯船以外の水に浸かることもなくなってしまいました。
大人になるってこういうことなのかしら。
だけど、いや、だからなのかなんとなく、海を見に行きたくなったんです。

天気予報を見ると雨続きだった最近もやっと落ち着いてきたようでした。
彼の車の助手席に乗り、夕方5時の海に着くとぬるい暑さが漂っていて空は晴れても曇ってもいなくて、なんとも言えない濁った表情をしていました。

『海行きたい!!!!!』わたしの唐突なわがままにも付き合ってくれる。わたしはそんな彼の優しいところが大好きです。恋心は灼熱。


帰り道に近くで花火大会が開催されていることを知り、そのままの足取りで花火が打ち上げられるであろう川沿いへと向かう。
間に合えー!と、あわあわ車を走らせているとドーンと銃声のような夏の音が鳴り響く。
夏は決して待ってはくれないのです。追いつかねば。


花火が思ったよりもしょぼくて、屋台も全部欲しいものが買えなくて、なんだか全てを満喫したような気持ちになれなくて、煙草を吸いながらまた違うお祭り行きたいな〜とわたしの口から溢れる言葉に『じゃあもっと大きいお祭り行こっか』と彼が言って車までの川沿いをまた歩き出す。

ずっととか一生とかそんな確証のない遠い未来の約束じゃなくて、来月とか来週とか明日とか。
そんな近い未来の約束をし続けていたい。
わたしたちが生きているのは今この瞬間だ。

こんなことを言いつつ、明日や来週が当たり前に来る確証のあるものだとも思っていないのだけど。
こんな捻くれた女は卒業したいものです。


わたしが行きたいって言わなかったら行ってない?と聞くと、彼は半笑いで『行かない』と言う。

彼の見ているカレンダーにわたしがいる。
彼の生きている時間の中にわたしがいる。
付き合っていれば当たり前に感じるような、けれど決して当たり前ではない何気ない会話が、気温で熱くなったわたしの体の温度をより一層高める。

彼の人生という季節を巡る時間にわたしが存在するこれらはきっと。いや、確かに特別なことなのです。
そんな何気ない日常を、わたしを、少しでも好きだって愛おしいなって思っていてくれないかなあ。

あなたの生きる夏にわたしの影を落としてもいい?


夏の朝5時の匂いが好き。
夏は日照時間が長くて心の健康に良いから好き。
夏のベランダで吸う煙草が好き。
夏の夜にアイスを食べながらする散歩が好き。
夏の夜に窓を開けて生ぬるい風を浴びながらするドライブが好き。

夏ってだけでキラキラして見える。
あの気持ちが好き。この気持ちが本当。
野田洋次郎と同じ気持ちになっちゃった!


''夏が終わる頃には全部が良くなる
君がそのまま そのままそばにいてくれたら
いつか終わる頃には 全部が良くなる''



まだほんの少ししか時間を共にしていないのに、そんな時間の中でも私の心ではいろんな感情がメリーゴーランドのように回っている。

1日ずつ、1秒ずつ、いつかのあの子との思い出が薄れるくらい、わたしとの幸せな思い出で上書きしたい。
だから、夏が終わってもどうかそのままそばにいて。
そうしたらきっと全部が良くなるから。きっとね。

今しかない夏に最高の思い出作りをしよう。
夏が苦手なあなたの気持ちをキラキラにしたい。
いつか思い出したとき、お守りになるような心が温まる夏を一緒に過ごしたい。
私とあなたの温度がどうか同じでありますように。


喫煙所の壁で蝉がまだ生きていたいんだと言わんばかりに大声で鳴いていた。
頬に伝う汗を拭い合う。提灯がオレンジに光る。
34℃でも繋いだ手は離さないでいる。

気付けばわたしが生きている今は夏だ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?