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【物語生成術概論】 ストーリーの構造分析と編集技法

シナリオ制作技術の必要性

画力の上達も大切ですが、オリジナルの物語を完成させる難しさはその比ではありません。絵を練習する人は面白い作品との出会いに触発されて自分も作ってみたいと考えているはずです。

そこで、実際に作品を作ろうとした際にどのような知識が必要になるのか、自身の創作行動を観察してみましたが、以前から感じていた物語の構想を練る部分で停滞 する問題が立ち塞がります。つまりアイデアが思い付かず「何を描けば良いのか決まらない」問題です。アイデア出しの補助として二次創作を前提にしたとしても、ネタは豊富に手に入りますが発想の自由度が損なわれてオリジナル性が薄れます。

そもそも初心者に必要なのは良い(売れる)作品の作り方ではなく、即座に本編制作に取り掛かって完結させられるシナリオを作る具体的な方法です。「作品一本完成するなら面白さなどどうでもいい」「とにかく今すぐ実践できる方法が知りたい」、これが初心者の本音だと思います。

この記事は大きく5部構成になっています。

5部構成



第1章 物語の構造を理解 

1.1 骨格となる「シナリオ概略」

漫画家の伊藤ひずみさん(@hizumi_ito)のYoutubeチャンネルで面白い手法が紹介されていました。シナリオ制作では多くの情報のつじつまを合わせつつ面白い展開にしないといけないため、やるべきことが多過ぎて初心者は苦手意識を持つと思います。しかし、この動画では最低限やっておくべき作業を把握する、シナリオのアイデア出しについて「何でもあり」と言えるほどハードルを下げた手法が提案されています。


 1.1.1 物語の5つの要点

この動画の内容を完結にまとめると以下の通りです。このように物語の要点を書き出したものを「シナリオ概略」と呼ぶことにします。意味合いとしては「あらすじ」を要点のみに省略して表した資料という感じで、「行動」「理由」「障害」「対策」「結末」の5つの項目で物語の仕様を把握します。

【シナリオ概略】

①何でもいいので「行動」を決める → 主人公像を簡単に決めておく
 (例 「コーヒーを買う」「歩く」)

②行動の「理由」を決める → 主人公の本当の理由を深掘りする
 (例 「コーヒーが切れたから」「学校に行くため」)

③主人公に与える「障害」を決める → 難易度設定が重要
 (例 「コーヒーが買い占められていた」「隕石が落ちてきた」)

④障害の「対策」を考える → シナリオの自由度が高い部分
 (例 「自家栽培する」「宇宙飛行士になって隕石を爆破する」)

⑤「結末」を考える → 伏線を回収すれば壮大になる
 (例 「コーヒーが飲めた」「自爆で地球を守り学校へは行けない」)

行動」は物語における最初の起点で、始まりなだけあって本当に何でもアリと言えます。基本的には「何かをする」という形式で書けば成立します。逆に言えば、ここで面白いアイデアを出せれば良いスタートを切れるでしょう。

理由」は「行動」からの派生となります。ちょうど伊藤ひずみさんの動画でも触れられていた『アルマゲドン』っぽい例を挙げて説明してみます。シナリオ概略の「行動」の「隕石を爆破しにいく」という表面的な目的を深掘りすると、「娘の幸せな未来を守りたい」という核心が浮かび上がってシナリオ概略の「理由」が決定されるという意味合いです。ところで、「理由」は外面的なものと本音のもので区別すべきですが、それについては後の方で書きます。

障害」や「対策」は一つしか書き出していませんが、物語中にはいくらでも「障害」を配置して構いません。ただし、物語と深く関連(因果)するものに限られ、「行動」を邪魔することで「理由」に対する葛藤が生まれる「障害」でなくてはなりません。「対策」は主人公の采配で「障害」に対して必要なものだけ発生します。「障害」が複数あることについても後ほど書きます。


 1.1.2 プロットのネタ切れで挫折しがち

一応この記事の文脈に含めておきたい「物語創作理論」について紹介しておきます。これは独自に考案した、シナリオの構成要素を体系化して全体像を把握し、パズルのように組み合わせて物語創作をしようというものです。

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(画像引用元)才能も熟練もいらない物語の作り方の考案

これを考案したときは、この図にある項目を埋めるように断片的にアイデアを出していけばシナリオが完成すると思っていましたが、どうやらそれだけだと途中でアイデアが枯れたりアイデア同士の因果が途切れたりして、だんだん息苦しくなって挫折してしまうようです。個々の出来事を因果関係や伏線で上手く繋げると「ストーリー」が浮かび上がるようで、アイデアをポンポンだして穴埋めしていけば勝手にくっつく訳でもなさそうです。

おそらく初心者が物語創作で挫折する原因は、列挙した「出来事(プロット)」を因果で連結してストーリー仕立てにする作業です。一方で、「コンセプト」は世界観やキャラ像などの作品の設定を考える部分で、何よりやってて楽しい妄想部分なので飽きにくいです。また、「ストーリー」は2つのレベルがあり、「こんな感じ」という物語の流れのイメージ程度のレベルと、プロットを因果関係で滑らかに接続したシナリオとしてほぼ完成したレベルとがありますが、前者であればコンセプトと同様に妄想で事足ります。しかし、後者の場合は物語の説得力を担保できるような前後の繋がりを考慮した出来事として「プロット」を列挙できていることが前提となり、適当な嘘が通用しません。このような一連の流れをもつ出来事のことを「シーケンス」と呼びます。そのため、初心者のためのシナリオ制作術はシーケンスを考える工程での論理性を整える方法をサポートすべきです。



1.2 面白さを定量化する「物語力学」

シナリオ概略の中でも、特に「行動」「理由」が重要で、それぞれ「物語の方向性」と「主人公の原動力」を表すもので、もし物語の力学があるとしたら方向とエネルギーで表すベクトルに喩えることができます。目的を達成しようとする主人公はゴールに向かって直進しますが、必ずそれを邪魔する「障害」が配置され、その障害物は大きさや強度を持っています。障害物を突破する方法としてエネルギー量を高めて突っ切るか、方向を変えて迂回するかを考えるのが「対策」です。そして時系列順に追って最終的な到達地点が当初の目的地点とどれだけ離れているかで情緒を評価するのが「結末」です。このようにシナリオ概略を図で表したものを「シナリオ概略グラフ」とでも呼ぶことにします。

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ちなみに↓が着想の元ネタ。


 1.2.1 感情変位と達成率

物語とは「行動」という方向と「理由」という原動力を持つベクトルが「結末」に向かうのを邪魔する「障害」とそれを回避する「対策」でせめぎ合うゲームのようなものです。そして物語の盛り上がりには、「障害」のせいで葛藤させられた量を表す「対策」ベクトルが「行動」ベクトルから離れたり近づいたりする単位時間あたりの変化量が対応しています。この変位のことを「感情変位」とでも呼びましょう。

また、「行動」ベクトルが「障害」を突破してしまうと「対策」ベクトルが同じ方向のままなので感情変位は発生しませんが、その場合は「対策」ベクトルの持つエネルギー自体が面白さに繋がります。感情変位がない場合のエネルギー量は、時間経過に対する物語の進展の具合、すなわちスピード感や疾走感と言われる類のもので考えるというのはどうでしょう。この進展の具合のことはその時点での目標に対する「達成率」とでも呼んでおきましょう。

物語展開の面白さを定量化するための「感情変位」と「達成率」は、いずれも単位時間あたりの変化量が多いほど面白さに対して顕著に影響を与えます。感情変位の単位時間あたりの変化が大きくなるということは、「障害」によって目的から引き剥がされる葛藤や、形成逆転して目的に接近する安堵が短期間に凝縮されて盛り上がります。達成率の単位時間あたりの変化が大きくなるということは、「障害」を真っ向から打開する興奮が短期間に凝縮されて盛り上がります。このように、物語展開の面白さという定量化しにくい概念でも、単位時間あたりの変化量で捉えて解釈することで分析できるようになります。ただし、葛藤や安堵や興奮などの感情を数値化できない限り数式にはできませんが。

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ちなみに、主人公の忍耐力をドラマにする場合は気の遠くなるような時間経過を映像的に凝縮することで、単位時間あたりの感情の変化量は小さくなりますが逆に感動を与えることができます。これは物語内ではなく物語外の時間感覚に働きかける技術で、映像演出で上手く利用するものです。要は作品を鑑賞する側が体感する単位時間に対する変化量で測定すれば良さそうです。


 1.2.2 感情変位と達成率の関係

面白いことに感情変位と達成率のグラフの変化が連動していることを発見しました。いずれも同じ時間軸上で同じ「理由」に対するパラメータとして定量化しているので同じタイミングで変化するのは当然です。目立つ特徴といえば、感情変位と達成率はほとんどの場合相反する動きを見せることです。「障害」は主人公の「行動」を「理由」から引き剥がし、すると必然的に「達成率」は減点されます。対して、相反しないときは障害に逢うことにより主人公が成長した場合で、「障害」に立ち向かう勇気や知恵を発揮できたなら「感情変位」はそのままに「達成率」は上昇します。

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感情変位と達成率が完全に連動しないのは、「感情変位」とは主人公の精神状態ではなく物語展開の抑揚や緊張感を表す指標で、一方で「達成率」とは主人公の満足度のような指標であり、測定している対象が異なるためです。バトル漫画のように主人公が現実離れした速さで成長するなら障害に逢うほど物語が進展しますが、現実で考えれば障害に合えば進捗は後退すべきです。

要は、感情変位は現実的な状況をグラフにしたもので、達成率はその状況に対するリアクションとして精神論的な見方をしたグラフと言えます。主人公が良しと言えば物語は進展するしかありません。このように少々複雑ですが、感情変位と達成率を経過時間で統合したグラフは、物語展開を俯瞰して見るのに役立ちそうです。


 1.2.3 シナリオ概略グラフの型

物語力学は単なる喩え話でしたが、グラフの見た目と文章化したストーリーとの互換性も見えてきたので、大体の物語展開の動きを把握したり評価したりする用途でなら実用性があるかもしれません。

例えば『桃太郎』のシナリオ概略グラフは「突破型」のように何の迷いもなく力で直進するものになり、感情変位はほぼ0になるため単調ではありますが、達成率の変化に緩急を与えて爽快感のある内容で描けば友情や希望などを称えるジャンルでは刺さります。

例えば『ショーシャンクの空に』は理不尽にひたすら耐えて決して対抗せず、ある日ヒラリとすり抜けて理想の未来へ辿り着く「回避型」なので、障害を回避するシーンの感情変位が一気に増大して盛り上がります。

例えば『ロミオとジュリエット』は2人が結ばれることを目指して奔走したけど、鉄壁の障害に阻まれているうちに勘違いから愛する人が死んでしまって不本意な結末に向かう「妥協型」ですが、このようにバッドエンドでも泣けるせいか感情変位が大きくなり、本来の結末への道が既に閉ざされているため達成率が見えなくなってどこへ向かうのかという緊張感も高まります。

例えば『ToLOVEる』などのハーレムラブコメでは本命がいるのに無数のトラブルに見舞われてあっちこっち振り回された挙句に誰を選ぶのかわからない「即興型」の物語展開になり、仮に本命に帰ってくるとしても読者の予想を裏切ってコンスタントに稼いだ感情変位が増えて盛り上がります。

シナリオ概略を作成することで得られるメリットは単純で、どんな物語を作りたいかを整理できることです。テキストでもグラフでも、まずは構想を客観視しなければアイデアはまとまりません。それは物語の核となるため、挫折しない物語創作において欠かすことのできない、第一歩目のアイデア創出作業です。



1.3 パズルで考える「物語構造」

 1.3.1 アイデアの断片と関連付け

シナリオ概略の作成では、主人公の行動目的や物語の展開を簡単に決定しただけです。これと併せて、物語展開のパラダイムを決めるれば物語の流れを獲得できますが、具体的な出来事を列挙する工程でアイデアが枯れて挫折する可能性があります。何故こんなにも難しいかというと、シーケンスという一連の流れを持つ出来事は、面白さ(内容)と論理性(因果)を併せ持つアイデアから生み出さなくてはならないからです。物語創作ではとにかくアイデア出しがネックで、どれだけ再現性のある具体的な手順を編み出しても根っこにあるアイデアは作者が用意しなければなりません。

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例えば、推理ものの「犯人自白型殺人事件」について断片情報でロジックを組んだとします。しかし、これには犯人が自白しても良いと思えるほどの信頼関係が築けてなければいけません。果たしてどの様な因果で主人公と犯人を導くべきか、友情か、恋愛か、共感か。このように断片情報を関連づけるために新たな情報が増えていくため、アイデアを相関図などで体系化しなければ手に負えなくなります。

証拠はない
+
主人公は薄々気づいている
+
犯人が自白する

出来事の内容については割と簡単に考えつくことができますが、それは因果のない断片的なものでしかありません。因果を与えられないままの断片的なアイデアのみがボツ作品として溜まっていく、そんな経験をしたことがある人は多いはずです。量産した「断片的なアイデア(内容)」を論理的に「関連づけるアイデア(因果)」を思いつくかどうか、この2つのアイデアを揃えることが物語創作において鬼門となります。


 1.3.2 アイデア術の基本は連想

もしこのとき、2つのアイデアを何かしらのトリガーによる連想によって生み出すことができれば、たとえ自分の中に良いアイデアがなくともつまづかずに済みます。つまり、物語に関する全てのアイデアを自分の頭の外側に求めてみてはどうかという提案です。そのときの「連想効率」や「連想精度」に着目して対策を練ってみようと思います。

ここで言う「連想」とは、何かしらの情報を認識したことがトリガーとなり、自身の持つ記憶の中から想起された情報をいくつか取り出すことです。記憶が想起されるとき、忘却された記憶よりも活性化された記憶の方が選択されやすいため、想起の挙動は直前に受け取る情報(プライマー)によってある程度コントロール可能です。直前に入力されたプライマーによって意識の中に作られたイメージを「プライミング記憶」といい、それを起点として連想を開始します。そのアイデアの連想の方向性をコントロールするプライマーとして何を用意するかというと、「内容」に対してはランダム生成した単語を、「因果」に対しては作りたい物語の構造のイメージが有効です。

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実は、プライミング記憶は「作りたい物語のイメージ元」であるという構造は二次創作とほぼ同じです。二次創作漫画やファンアートは、原作という事前に定められたシナリオを土台としたイメージからの連想によって制作されます。このとき、あるキャラがあるシチュエーションであるアクションを起こすことでifストーリーが生成されますが、それは初心者が0から物語を作り出すのに比べて練度の高いものとなるはずです。その二次創作の精神的作用を、0から物語を構築する思考に応用してみたいと思います。


 1.3.3 既存作品の物語構造の流用

既存作品からアイデアを貰うにしても、そこにブレンドするオリジナルのアイデアが薄すぎると二次創作は最悪パクリ作品にしかなりません。既存作品からアイデアを貰うということの正しいニュアンスは、オマージュでもパクリでもなくインスパイアであるべきです。つまり、一旦自分のフィルタを通すことで別のアイデアに変換する「連想」に他なりません。以前の「物語創作理論」について考察した記事の中で、神話・伝説・昔話の物語の構造を分析していましたが、今度はその構造にオリジナルのアイデアを当てはめる工程について考察することになります。

そこでもう一つシナリオ制作に役立つYoutube動画を紹介します。こちらは岡田斗司夫さんによるアイデア術の解説動画ですが、前編の後半からは漫画の構想の練り方についての話題となります。要約すると、既存作品の構造から重要な要素を抽出し、その要素を全く異なるものと置換することで、構造はそのままに別の作品に仕立て上げられるというものです。この動画では元ネタとなる既存作品としてミステリーサスペンスの『デスノート』を、即興で考えた『ラブスマホ』という少女漫画に置換する流れを実演されています。

動画中で実演されていた『デスノート』を『ラブスマホ』に置換した相関図をまとめてみました。多少変更を加えていますが、使っている要素数は同じですし、急展開の構造も対応する部分(赤線)があります。このようにいくつかの要素と矢印で物語全体の相関関係を表したものを「物語構造」と呼ぶことにします。

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伊藤ひずみ流(シナリオ概略)と岡田斗司夫流(物語構造流用)を併用するとどういうシナリオ制作術になるでしょうか。伊藤ひずみ流は何の変哲もない日常の出来事から物語性を抽出するほぼ何でもありなアイデア術、そして岡田斗司夫流は既存作品の構造を流用してオリジナル作品を仕立てるアイデア術です。「何でもあり × 流用」という、初心者が第一歩を踏み出すには最適な手法となるはずです。

ただ留意すべきことは、「シナリオ概略」と「物語構造」は全く意義の異なる作業で、シナリオ概略を元に物語構造を構築するわけではありません。この「シナリオ概略」と「物語構造」という2つの資料をプライマーとしてシナリオのアイデアを増やしていくという使い方をします。「シナリオ概略」は物語の方向性のイメージを固定し、物語展開に一貫性を持たせてストーリーがブレないよう支えてくれます。「物語構造」は相関関係のイメージを固定し、物語展開の矛盾の見落としや新たな関係の開拓などに気付きやすくしてくれます。

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前述の通り初心者が挫折するのは、プロットの列挙とそれらのつじつま合わせをしたストーリーを考えるシーケンス作成の工程でアイデアが枯れることです。アイデアが枯れるということは脳内イメージが湧いてこないということで、その停滞を打破する刺激としてプライマーを利用した連想によって脳内イメージ(プライミング記憶)を生み出します。

そもそも物語創作のような複雑な思考では同時に処理する情報量が多過ぎて破綻しやすいため、「シナリオ概略」と「物語構造」は思考過程のデータ化という意味で役立ちます。物語創作において進捗状況を脳内アイデアとしてではなく、画像や文章といった外部資料として記録するフォーマットとしても役立ちます。特に物語構造においては既存作品からの流用が可能で、しかも体系図なので内容の編集がしやすく、応用性に富んだ手法です。シナリオ概略や物語構造は、アイデアを創出するためだけでなく、検証作業にも必要となる基本的な技術と言えます。


 1.3.4 ランダム生成単語からの連想

アイデアの起点となる単語をランダム生成することで強制的に連想させる方法もあります。こういう何もアイデアが無い状態のプライマーからは連想というより「着想」を得ると言った方が的確でしょうか。ランダム単語をプライマーとして着想した断片的アイデアが、シナリオ概略や物語構造をプライマーとして連想された関連付けアイデアと引かれあって合致したとき、そのアイデアを採用していくという流れになります。ランダムに単語を生成するブラウザアプリもあるので実践は簡単です。

とりあえずここまでのシナリオ概略や物語構造によって、物語の構想を固めるまでの作業はカバーできたと思います。どういう物語を作りたいか、どういう出来事が起きるか、どういう人間関係で成り立つか、といったアイデアを用意する手法としては十分ではないでしょうか。

さて、ざっくりとした物語の構想は固まりましたが、シナリオとして完成させるにはさらに具体的な内容を詰め込んでいく必要があります。断片的アイデア(内容)を関連付けアイデア(因果)で繋げたといっても、それはあくまで重要事項を列挙した骨組みでしかありません。機械設計に喩えるなら、「物語構造」は駆動方式、「シナリオ概略」は筐体デザインといったところでしょう。しかし実際にこの機械を機能させるなら内部構造までしっかりと設計しなければなりません。ここでいう内部構造とは、どこに歯車を取り付けて、何をシャフトで連動させて、最も負荷を担うのはどの部位で、という複雑なものを指します。ここからは関連付けアイデアの中でも、起承転結といった抽象度の高い領域ではなく、実際に映像的に発生している事象の因果まで掘り下げていきます。

【用語集】

シナリオ概略
あらすじを要点のみに省略して表した資料。「行動」「理由」「障害」「対策」「結末」の5項目。

物語力学
シナリオ概略をグラフで表して物語の面白さを数値化する試み。y軸の単位時間あたりの変化量を「感情変位」、時間経過に対する物語の進展の具合を「達成率(%)」という。感情変位と達成率は連動しているため、物語の抑揚のの評価に役立つ。

プライマー
連想が起きるとき、直前に認識した情報のこと。シナリオ制作においてはランダム単語から既存作品まで、大小様々なプライマーを駆使する。

断片的アイデア(内容)
物語とは何の因果も持たないネタのこと。下ごしらえをしないまま物語に組み込むと支離滅裂なシナリオになる。

関連付けアイデア(因果)
断片的アイデアを因果で結合するネタのこと。シナリオ制作の制作の根幹を担う作業に必要。

物語構造
いくつかの要素と矢印で物語全体の相関関係を表したもの。

連想
ある概念から似た論理構造を持つ別の概念を想起するアナロジー的思考のこと。情報量多めのプライマーを受け取った際に、アナロジーの可能性を感じ取った上で論理構造を比較しながら行うので能動的な思考といえる。

着想
ある概念から飛躍させて別の論理構造を想起する思いつきの思考のこと。何かしらのプライマーを受け取った瞬間に強制的突発的に発生する思考。



1.4 物語展開の構造

プロットの因果の構造について、もっと確信を持って把握できないかと考えていた所で面白い論文を見つけました。知能情報学の小方孝教授による『物語生成 : 物語のための技法と戦略に基づくアプローチ』という論文です。

この論文の中で、物語(ロシア民話)の構造は特定の機能を持つプロットの組み合わせでできているとする「プロップの31の機能」が取り上げられているのですが、その機能の組み合わせパターンの特徴に着目して物語の展開を分析していました。ここでは物語の機能についての記述のみ(4章3節)を参考にし、それ以外は難解なので触れないでおきます。

【プロップの31の機能】

留守/禁止/違反/探り出し/情報漏洩/謀略/幇助/加害・欠如/仲介/対抗開始/出立/贈与者の第一機能/主人公の反応/呪具の贈与・獲得/二つの国の間の空間移動/闘い/標づけ/勝利/不幸・欠如の解消/帰還/救助/気付かれざる到着/不当な要求/難題/解決/発見・認知/正体露見/変身/処罰/結婚


 1.4.1 機能と副機能

機能」とは、物語を抽象レベルで見たときの基本的な事象のことで、物語の展開にどういう意味を与えるシーンであるかを表す概念です。さらにこれら機能をより具体的な事象概念に分けて考えたものを「副機能」といい、例えば「加害・欠如」に対して「誘拐・略奪・殺害」など、そのシーンで実際に起きるアクションの要約を表します。

機能は様々な作品の物語展開のパターンを表すために抽象的な書き方をしています。一方、副機能は特定の作品における物語の内容として書きます。いくつかの機能を並べて物語展開のパターンを組んだとして、異なるモチーフで具体的な出来事を当てはめていけば異なる作品が量産できます。このことから、機能を「クラス(設計図)」として副機能という「インスタンス(実物)」を生成するという関係であることがわかります。

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 1.4.2 パラダイム

このような時間的順序に沿って列挙された「機能」の組み合わせのことは脚本術の分野では「パラダイム」と呼ばれており、歴史的名作の分析により見出された機能の組み合わせの定番パターンがいくつも提唱されています。「プロップの31の機能」もロシア民話を分析した典型的なパラダイムですし、ハリウッド映画の分析や中世ヨーロッパの舞台演劇の定番などから編み出したパラダイムがピンキリに存在します。

ビジネスのスピーチでは起承転結が大切と言われるのと同じで、パラダイムは物語における基本文法のようなものです。奇抜な展開にしたところで読者に伝わらなければ意味がありませんし、定番の形式を採用することにデメリットはないと考えられます。下記のサイトでいくつかのパラダイムが紹介されています。

【パラダイムの例】

・プロップの31の機能
・ビートシートメソッド
・シド・フィールドの脚本術
・シェイクスピアの36のシチュエーション
・起承転結
・序破急
・三幕構成

有名どころのパラダイムを採用すると物語全体の具体的な展開まで計画できますが、最初にリストアップした機能で物語の方向性が決まってしまう欠点があります。それについては論文でも「この定式化では、トップレベルのマクロ構造によって物語が生成されるので、常に同一の構造的枠組みを持った物語しか生成できない」として言及されています。プロップ流では31項目の限られた機能でしか物語構造を解剖できませんが、歴史的に淘汰されずに残ってきたロシア民話をサンプルとした典型パターンなので信頼性が高いことは注目に値します。とにかく理解しておくべきは、予め列挙した機能の組み合わせで作風が決まるということと、その機能の質が良ければ物語構造をマクロからミクロまでのパターンをツリー構造で整理できるということです。

パラダイム、機能、副機能の3つの関係を知っておけば、名作のパラダイムに組み込まれている機能の組み合わせから副機能を生成することで、作品全編のプロットを考えることができます。このことから「副機能=プロット=そのシーンでの出来事」であることがわかります。


 1.4.3 物語関係

ここで注目すべきは、既に完成されたパラダイムを採用した場合、物語全体を通しての展開の因果が既に整理された状態からスタートできることです。この「物語展開の因果」というものがマクロ的に考えた「パラダイム」だとすると、このミクロ寄りの考え方が「出来事(プロット)の因果」となります。パラダイムからプロットまでの因果はツリー構造ないしは入れ子(ネスト)構造となっており、しっかりとした構造を持っていることが物語を分析する有力な手がかりとなります。

マクロ的な因果にある機能の中でも、特定の組み合わせになる機能について論文では「物語関係」という名称で定義されていました。パラダイムで列挙された機能の中には明らかに因果的にペアになる機能もあり、例えば「加害・欠如」に対して「不幸・欠如の解消」、「出立」に対して「帰還」など、何かしらの出来事の始まりと終わりを表す機能のペアがあります。ちなみに、2つ以上のセットの場合は「複合物語関係」といいます(覚えなくて良い)。下図は物語関係の実用的なビートシートメソッドをアレンジしたパラダイムの物語関係を抽出した一例です。

12_物語関係

その中には、物語の冒頭の「加害・欠如」とクライマックスの「不幸・欠如の解消」のように、時系列的に大きく離れた物語関係がありますが、こういったペアは物語のメインストーリーか重要なエピソードであることが多いです。例えば、「切れていたコーヒーを買いに行く」とか「拐われた姫を助ける」というのがメインストーリーの発端になり得ますが、これはシナリオ概略における「行動」がそれに当たると分かります。

そして時系列的に大きく離れた物語関係の途中には必然的に別の物語関係やプロットが内包されることになりますが、これが因果の入れ子(ネスト)構造というものです。物語中で解決せずに伏線として保留する事件が度重なると、このネスト構造も何階層にも増えてしまって辻褄合わせや回収が難しくなります。

【用語集】

機能
物語の展開にどういう意味を与えるシーンであるかを表す抽象的事象。副機能に対するクラス(設計図)にあたる。例えば「禁忌を犯す」「偽りの勝利」「敵の侵入」など。

副機能
そのシーンで実際に起きるアクションの要約を主述で具体的に表したもの。機能に対するインスタンス(実物)にあたる。「プロット」と同義。例えば「野球部に入部する」「仲間にビールを振る舞う」「隕石衝突が予測される」など。

パラダイム
物語全体の時系列順に並べられた機能群から生成された副機能群。要は時系列順に一覧されたプロット集。

物語関係
一連のエピソードの始まりと終わりに該当する機能のペア。

複合物語関係
始まりと終わりだけでなく中間にも必須の機能がある場合に区別する呼称。

メインストーリー
時系列的に大きく離れた物語機能のうち「誘う出来事」と「決着」を担う物語関係。

ストーリー
複数のプロットから発生する文脈、かつテーマを持っているもの。

シーケンス
複数のプロットのうち、前後関係のあるものをまとまりとして捉えたもの。

プロット
副機能と同義。そのシーンで実際に行うアクションを記述したもの。

シーン
空間・時間的にひとつながりの場面の単位。同じ空間での撮影、または隔離空間でも時間的飛躍の発生しない画面切り替えのものは1シーンとして数える。元は実写の撮影スケジュールの管理のために使われた単位だが、時系列の管理にも利用できる。

カット
ひとつの視点による映像の単位。画面の切り替えが発生したら1カットと数える。

因果
原因と結果。物語関係と同義。



1.5 シナリオ概略とパラダイムの互換性

シナリオ概略と物語構造は全く意義の異なる作業だと言いましたが、シナリオ概略とパラダイムは互いに補完しあう作業と言えます。なぜなら、シナリオ概略は物語展開の要点のみを書き出したものなので部分的にパラダイムと対応しているからです。シナリオ概略とパラダイムと対応づけるといっても、パラダイムには様々なパターンが提唱されているので毎回対応するプロットが必ず含まれているとは限りません。とはいえ、実績のあるパラダイムは組み込むべき物語展開をしっかりと押さえており、それを取り出して列挙したのがシナリオ概略の5項目(行動・目的・障害・対策・結末)であると言えます。


 1.5.1 共通項の整理

とりあえずここでは個人的に実用性を試行錯誤しているものとして、「ビートシートメソッド」をアレンジした独自のパラダイムを例に説明していきます。このパラダイムの主要な物語関係は先ほど「物語関係」の図で表した通り「世界の変化」「主人公の弱点」「メインストーリー」「決断」「フェイクエンド」「最後の試練」の6つです。シナリオ概略は「行動」「理由」「障害」「対策」「結末」の5項目。

「メインストーリー」は前述の通り「行動」と「理由」によるストーリーです。では「決断」はというと、主人公が非日常に飛び込む覚悟を決める部分で、いわば「メインストーリー」が始まるキッカケの事件のことです。そして、「フェイクエンド」とは何かというと「最後の試練」を引き立てるための軽めの試練のことです。「フェイクエンド」というのは独自に命名したものですが、物語展開的には一件落着したと見せかけて安心したいのにさらに大きな問題が降りかかる流れを「偽の結末」に見立てたもので、割と的確な喩えだと思っています。「フェイクエンド」を迎えるための試練と、一時的な大団円をぶち壊す試練、この2つがシナリオ概略で書き出しておくべき「障害」となり、当然「対策」も2つ必要です。最後に主要な試練を超えた先の「結末」を考えます。

このように、パラダイムの中の要点を抽出したのがシナリオ概略であることが分かります。ただ、この考察を踏まえるといくつかの試練に対応した「障害」「対策」にはそれぞれ別の名称を与えて区別すべきです。ついでに最初の日常を破壊する事件も「障害」に入れてしまいましょう。

まず、物語冒頭で起きる事件のことをシド・フィールドの指南書でも登場する用語では「インサイティング・インシデント(Inciting incident)」と呼ばれてますが、この記事では分かりやすく「誘う出来事」と命名します。これは平穏で何の変哲もない日常を抜け出すための出来事で、その規模は作品ごとに異なります。例えば、「おやっ?」と思う程度の違和感、夢を実現させようとやる気を出す出来事、全てを奪い取って復讐心を植え付ける出来事など、主人公の行動目的に沿っていれば何でも適用できます。

次に「フェイクエンド」に対応する始まりの「障害」は、物語の本題(最後の試練)に繋げるために主人公の通常運転時の活躍や堕落を描く「自然な、自発的な出来事」と名付けることにします。これは「誘う出来事」の延長で当然発生する事件のことで、冒頭で行動目的を決断した時点で発生することが確定している予想通りの課題であることが多いです。例えば、不良野球部のチームメイトとの不和、敵を倒すための新技修行、娘を守るための社会的禁止行為の遂行など、序盤の決意はこの障害を乗り越えるための決意だったのです。

そして「最後の試練」に対応する「障害」は「絶望的な出来事」です。これは主人公の能力ではどうにもならない問題であることが多いです。その試練からは逃げるしかなく、そうでないなら他人の協力が必要なほど無理難題です。もし自分の力でどうにかしようものなら何か大切なものを犠牲にするしかありません。例えば、隕石から人類を救うには爆弾の起動ボタンを誰かが手動で押す必要があることが判明、国家犯罪を告発するには厳重なセキュリティを突破して証拠データを持ち出すしかない、暴力的な夫から逃げ出して手に入れた娘と暮らす住所が夫に知られてしまうなど、何かしらの不可逆な大きな決断を強いられるものです。「自発的な出来事」を乗り越えるだけでもそれなりに感動があったのに、それすらも前置きだったと思わせる程のどんでん返しが「絶望的な出来事」です。行動しなければ絶望、失敗すれば絶望、勝つか逃げるしかないという試練を与えましょう。

上記の「障害」に対する「対策」にも呼び名を与えていきます。物語冒頭で起きる事件を「インサイティング・インシデント」と言いましたが、それに対する主人公の反応として「キー・インシデント(Key Incident)」が発生し、これを適切に言い表すと「決断」になります。そして「フェイクエンド」はパラダイムを見ると「一時決着」に対応しますし、「最後の試練」の末にあるのは「決着」です。このように「障害」と「対策」は物語ごとに3セット盛り込まれているとバランスが良くなります。

シナリオ概略とパラダイムの対応関係


 1.5.2 ドラマを生み出す3つの障害

物語のアイデアを生み出す第一歩としてシナリオ概略を考えるとき、ひとつの「障害」とだけ意識しながら考えてもストーリーが見えてきませんでした。それもそのはずで、パラダイムの物語展開を再現するようなシナリオ概略グラフを描くとき、必ず「障害」が3つほど与えられることが分かりました。そこで、シナリオ概略のフォーマットを改善すべきだと考えました。

【シナリオ概略の例】

行動  コーヒーを買いに行く。
理由  コーヒーが切れたから。
障害  コーヒーが売り切れていた。
対策  コーヒーを自家栽培する。
結末  コーヒーを飲めた。

↓↓↓ 改善後 ↓↓↓

【改善版シナリオ概略な例】

行動  仕事中に飲むコーヒーを買いに行く。

理由
 ①外面  コーヒーを飲むため。
 ②本音  娘を養うために仕事に打ち込むカフェインパワーが必要。

障害
 ①誘う出来事  コーヒーが切れていた。
 ②自然な出来事  コーヒーの価格が高騰して買えなかった。
 ③絶望的な出来事  仕事が破綻して収入源を失う。

対策
 ①決断  コーヒーがないと仕事ができないので買う。
 ②一時決着  コーヒーの種を入手して娘と育てることに。
 ③決着  コーヒー断ちと金策の最中、娘の自家製コーヒーを飲む。

結末  小さな町でカフェを開いて娘と幸せに暮らす。

改善前のシナリオ概略だと、主人公の本音の部分に踏み込んだ物語が見えにくかったのが、改善後だと外面的な物語の裏に本音の物語があるところまで掘り起こせるようになりました。まぁコーヒーを栽培したからコスト削減になるというところに嘘がありますが、「コーヒーを飲む」ことと「娘との幸せ」という外面と本音の理由を踏襲したストーリーに仕上がっています。このシナリオ概略をパラダイムに当てはめると下図のようになります。

15 『コーヒー飲みたい』のパラダイム

このシナリオ概略を見ると各項目の対応関係が見えてきます。「誘う出来事」と「自然な出来事」は「理由:外面」に、「絶望的な出来事」は「理由:本音」に対する試練となっており、それによって物語が進展する仕組みになっていると言えます。つまり、2つの「理由」さえ思いつけば、「障害」はそれを否定する内容にすれば考えやすくなり、また、「自然な出来事」は「決断」を、「絶望的な出来事」は「一時決着」を否定する内容にすればストーリーの繋げ方で悩むこともなくなります。

下図はシナリオ概略の各項目の関連性を見やすくした表です。「障害」と「対策」については時系列順に番号を振っています。色分けもしているのでシナリオ概略グラフに書き起こす際も役立つと思います。今後新しく物語を創作する際はこのテンプレートを利用して短時間で土台を用意できることでしょう。主人公の葛藤もバランスよく盛り込まれているので面白さも期待できます。

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第2章 既存作品の構造分析

2.1 『桃太郎』の物語構造の分析

ここまでで物語についてマクロからミクロまである程度は体系化できたと思います。しかし、それは物語創作においてどのようにしてアイデアを生み出して組み合わせるかという「手段」に関する考察のみです。面白い作品を作るには、それらのアイデアが読者に受け入れられるか、つまり「面白さ」を評価しながら作る必要があります。ここでいう「面白さ」とは、物語展開としての盛り上がりではなく、作品のモチーフとなっているもの自体の面白さを指します。つまり桃太郎の世界観のことです。

そこで、シナリオ分析のサンプルとして名高い『桃太郎』の構造を使って、「よく解らない物語」を「面白い物語」に変換する実験をしてみましょう。その作品を象徴する重要な要素を抽出して体系図を描くだけなので、まずはその準備を整えていこうと思います。とりあえず『桃太郎』の物語構造を図解するとザッとこんな感じでしょう。

【登場人物】
桃太郎、爺、婆、犬、猿、雉、鬼

【あらすじ】
昔々ある所にじじとばばが生きていた
じじは山へ芝刈りに、ばばは川へ洗濯に
すると川上から大きな桃がどんぶらこ
持ち帰った桃の中から元気な男の子
桃から生まれた桃太郎は大事に育てられた

人々は鬼の悪行に苦しめられていた
桃太郎は鬼退治を決意
ばばから餞別の黍団子を受け取る
出発して3匹の動物に出会う
黍団子を報酬として旅のお供に雇う

仲間を率いていざ鬼ヶ島へ
鬼の一行を一網打尽
奪われていた財宝を手にして故郷へ
みな幸せに暮らしたとさ

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『桃太郎』についてのシナリオ概略を作成しようとしましたが、主人公の行動理由や葛藤が見えてきません。土台が昔話だから仕方ありませんが、ここでは簡易版のシナリオ概略すら埋まりませんでした。

【『桃太郎』のシナリオ概略】

行動  財宝を奪った鬼を退治する
理由  不明
障害  特になし
対策  仲間を増やす
結末  財宝を手に入れて幸せに暮らす

ところで、好きな作品をモチーフにする際はそれなりに考察を重ねて構造分析すると思います。誰でも知っている物語とはいえうろ覚えや勘違いも否めないため、ここからは『桃太郎』について軽く勉強したことについてまとめてみました。


 2.1.1 桃は神聖な果物

まず桃太郎がなぜ「」である必要があるかは単純で、古代中国において桃は不老長寿をもたらす神聖な果実として扱われており、それを輸入した日本でも神話では邪神を退けるアイテムとして登場しています。西洋でいうところの「黄金の林檎」的なレアアイテムです。ちなみに鬼ヶ島がある方角は風水(陰陽道)的には不吉を表す「鬼門」と言われ、その正反対の方角は陰陽道の「五行思想」における「金行」であり、同じく五行思想における「五果」のうち金行に属するものが「」となります。神話と陰陽道の合わせ技により、とにかく桃とは神聖でエネルギッシュなアイテムとして昔から伝わっています。すると桃太郎は神の申し子とは言わないまでも神の加護を得た選ばれし人物という示唆として解釈できます。

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 2.1.2 犬猿雉は神聖、鬼は邪悪

鬼退治に同行する仲間が犬、猿、雉である理由はもっと機械的で、「丑の刻参り」でよく知られる「十二時辰(じしん)」の考え方において「丑の刻」とは「鬼門」と一致する方角なので不吉の象徴であり、その反対に位置する時間帯に位置するのが「十二支」の動物の中で「申酉戌(猿雉犬)」の三匹だったという、至極風水的な理由です。ちなみに鬼門に該当する十二支は「丑寅(牛虎)」ですが、牛角と虎柄を組み合わせると角と虎柄パンツといういかにも鬼という特徴と合致します。鬼とはとにかく不吉な存在、英雄一味はとにかく神聖で縁起の良い存在としての属性をてんこ盛りにされる傾向にあります。

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 2.1.3 鬼退治の元ネタ

そして桃太郎が鬼退治するのは何故かと言うと、正義感があるからとかそういう話ではなく、当時の権力者による鬼退治と称した賊狩りが行われていたことがモチーフになっていると言われています。鬼とは天皇側勢力の侵略に従わない土着の豪傑・豪族・賊魁(つまり先住民)などに対する蔑称を指し、つまり現代において鬼と呼ばれる存在は歴史的権力争いの敗者ということですね。ちなみに時代によってまちまちですが、鬼退治の功績者として具体的な固有名詞のある登場人物が桃太郎や金太郎などの英雄たちの元ネタになっていると考えるのが自然です(源頼光、坂田金時)。有名どころだと「土蜘蛛」や「酒呑童子」の伝説が英雄譚にあたります。土蜘蛛は疫病の元凶として描かれることもありますが、庶民の苦しみの吐口にするための仮想敵として妖怪が抜擢されるよくある例だと思います。

物語創作理論の記事でも触れたように、神話・伝説・昔話は当時の権力者が庶民をコントロールするためのプロパガンダであるとすると、疫病を沈められない権力者の責任を妖怪になすりつけた挙句に退治しましたと豪語して支持を集めたと考えることもできます。土蜘蛛を退治した英雄はマラリアに感染した源頼光であるとして伝えられているそうですが、その浮世絵を見ると土蜘蛛の模様が虎柄で描かれていますね。蜘蛛の妖怪=女郎蜘蛛というモチーフはよく見かけますが、女郎蜘蛛の模様が虎柄なので鬼の不吉を連想させて妖怪扱いされたのかもしれませんね。昔から物語とはあらゆる事柄からの連想で構築されていることが見受けられます。強いて言えば、作画の際に被写体のデザインや質感の資料を調べて一部模写する行為も、その思考の中で連想が行われています。

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土蜘蛛のデザイン(画像引用元:Wikipedia「土蜘蛛」


【参考文献】

 深読み桃太郎~桃太郎に関する7つの疑問~
 桃太郎の都市伝説を考察!歌の怖い歌詞や鬼門封じとのつながりを解説!
 Wikipedia 「モモ」 風習・伝説・年中行事など
 Wikipedia「五行思想」
 Wikipedia「鬼門」
 Wikipedia「土蜘蛛」
 Wikipedia 「酒呑童子」
 Wikipedia 「十二時辰」


2.2 『桃太郎』を再解釈

さて、『桃太郎』について重要な要素の抽出とそのコンセプトが把握できました。英雄や鬼の元ネタを史実や思想に求めることは、好きな作品の作者の意図を読み解く作業とほぼ同義です。それはその物語の持つ構造を分析する行為そのものです。作者の意図はキャラクターの心理に滲み出て、キャラによって動きだすストーリーの展開は作品に込められた根源的なメッセージに収束し、それが作者が目指したゴール地点です。五行思想ではありませんが、こういった情報を繋げたものが物語構造として浮かび上がります。

ここまでの『桃太郎』分析を踏まえて、さきほど抽出した物語構造に作者(当時の権力者)の意図を汲み取って解釈を加えてみました。やはり庶民が支配者に投資すると恩恵にあやかれるという構図になっていますね。ただ、人に優しくすること自体は良い事ですし、見返りがあるというなら嬉しいことなので、この庶民と権力者の関係が良くないとは一概には言えませんが。

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第3章 物語の面白さの根拠を理解

3.1 物語構造の「実在感」

さて、『桃太郎』の物語構造を分析しましたが、やはり昔話の世界観ベースなので読者的には物足りない要素が多く、民族学的な楽しみ方はできてもエンターテイメントとしては0点です。元ネタにされる作品は面白いから参考にされるのであって、0点の作品を元ネタにした新作は同じく面白くない作品になってしまいます。そこで『桃太郎』に足りないものは何かを分析して対策してみようと思います。

ここからの考察で得る知識は、物語の作り方ではなく面白い物語のモチーフの条件についてです。お絵描きホーホー論考案の「物語創作理論」では「コンセプト」と読んでいる部分です。物語が読者に受け入れられるには、物語の各種設定に「実在感」が必要と考えています。そして実在感の構成要素として、ここでは「普遍性」と「論理性」に着目して考察していきます。

以前に描画技術について考察した記事(下記参考文献参照)で、上手い絵を描くときの評価基準は「実在感」だと述べたのですが、シナリオにおいても評価を得るには「実在感」のある出来事で構成する必要があると思われます。「実在感」を出すには、読者の日常に地続きな表現である「普遍性(わかりみ)」と、さらに出来事の因果が明快であるための「論理性(つじつま)」を損ねないよう注意しましょう。例えば、『桃太郎』に関しては時代性は感じられますが普遍性や論理性ははなから欠落しています。

【参考文献】

お絵描きのメカニズム 第1巻  「〜実在してそうなリアリティ(質感)が強ければ上手いと評価され〜」

お絵描きのメカニズム 第2巻  「〜「上手い絵」というのは客観的な評価なので誰にでも理解できる実在するモチーフで構成されており〜」

3.2 普遍性について

『桃太郎』では、シナリオ概略における「行動」すなわちメインストーリーは「鬼退治して財宝を手に入れる」ことです。鬼が略奪行為をしていることを前提とした場合のメインストーリーを物語関係で表すと「加害・欠如 → 不幸・欠如の解消」に当たります。ただし、原作では「加害」についても「欠如」についても詳細には触れられないため、なぜ桃太郎が鬼退治をするのかという「理由」はおろか「障害」「対策」なども不明です。特に戦力不足で苦戦したわけでもないのに仲間を引き入れ、特に苦戦もせずに退治を完了させてしまうので、エンターテイメント的にはかなりスカスカです。現代では退屈な物語でしかありませんが、当時は主人公が葛藤して人生を選択するような物語は、そもそも個人が選択の自由を持てない時代では理解されなかったのでしょう。時代を選ばず楽しめるストーリーには「普遍性」があると言うのに対して、その時代特有の表現が色濃く出ているストーリーは「時代性」が強いといえます。

作品の時代性は、ストーリー中の状況に対するキャラのリアクションから汲み取ることができそうです。例えば、西洋の古い物語などでは必ずと言って良いほど、主人公が魔女の老婆の不吉な予言に「怯える」表現があります。当時は魔女の予言は警戒するに足る要素だったはずですが、現代人からすればただ滑稽にしか受け取れません。そのとき、キャラと読者のリアクション(感性)が一致するものには普遍性があるということです。そして読者がキャラのリアクションに共感出来ない場合、別途世界観の説明が必要になるでしょう。

世界観の説明とは、世界観と主人公の日常との紐付けを意味します。例えば「海賊王になる」「悪の組織を滅ぼす」「人類の間違いを正す」など、主人公が置かれた世界観が現実離れしている場合、「海賊王」「悪の組織」「人類」といった世界観を象徴するモチーフが主人公の日常とどう関係しているかを説明しなくてはなりません。例えば、目の前で人が死んだときに主人公が驚くのか無関心なのか、これだけでも主人公の置かれている状況やそれがあり得る世界観の説明として成立します。驚いたなら一般的な世界観、無関心ならそれが日常の世界観、というように作品世界での出来事に対するキャラのリアクションを読者が理解できたのなら紐付け成功です。

物語の構造を理解

また、世界観の説明をせずとも普遍性を獲得できるジャンルもあります。RPG世界に吸い込まれる系の異世界転生ものが乱立しているのは、突然転生させられた主人公が驚く様子から汲み取った「これはゲーム世界である」という慣れ親しんだ融通の利く世界観が大抵の違和感を緩衝してくれるため普遍性を帯び、ほぼ何でもありの強度の高い物語が簡単に実現できるからです。また、SF作品では読者の生きる現実とは全く異なる独特な世界観だとしても、その世界で主人公が平然と生活している様子を見せることができたなら普遍性を帯びます。世界観は「キャラのリアクション」や「日常との紐付け」によって実在感が伝わり、その世界観に関する説明の要不要は世界観設定の記号化の度合いで決まります。現実世界と同じ世界観で描く学園コメディなどでは、世界のルールなどいちいち説明する必要はなく主人公の立場の説明だけで済みます。

その点では、『桃太郎』は当時既に知名度のある五行思想、魔女の老婆も錬金術などの世界観がベースとなっているため、当時としてはいちいち説明する必要がないほど記号的だったのでしょう。ところが、現代人からすれば五行思想も錬金術もファンタジーでしかないため、主人公の日常と紐付けしなければただの意味不明な世界観として解釈されます。もし世界観の説明の必要性を無視してしまうと、時代性の強い物語のように読者を楽しませることは出来ないでしょう。どの作品でも、基本的には物語の冒頭で世界観や人物の説明をするのは、物語の普遍性を獲得するためです。その説明として「この作品はこういう設定でやってます」などと語ってしまうとメタ発言が過ぎるので、キャラのアクションや語り部のナレーションを通して読者を作品に没入させた状態で世界観を説明します。ナレーションで行う場合は「前口上」と呼ばれますね。

補足しておくと、「時代劇」というジャンルが通用しているように、現代と異なる時代を描く物語でも取り上げられる題材に普遍性があれば(現代的であれば)受け入れられます。しかし裏を返せば、よく知られた史実をモチーフにしているため通用しているだけなので、やはり事前に読者側が世界観に対する理解、すなわち記号的知識を持っているかが重要となります。いくつか例を挙げると、『水戸黄門』『ベルサイユの薔薇』『るろうに剣心』『火の鳥』など、歴史上の時間軸の国内外が舞台となる物語がすんなり受け入れられるのは、そこで描かれる題材(勧善懲悪・恋愛など)が普遍的であると同時に世界観がよく知られているからです。このような場合は、時代性の強い世界観設定であっても普遍性を獲得できます。 


3.3 論理性について

「主人公が鬼退治する目的」や「仲間をスカウトする必要性」が分からないという理由から分かるのは、『桃太郎』に欠けているのは論理性であるということです。前者は物語の意味そのものですし、後者は主人公による問題解決や葛藤に関わってくるかなり重要な要素です。ただ、割と曖昧な概念である「普遍性」の獲得については感覚的な考え方で対処できますが、「論理性」の獲得においては厳密な因果の整理が必要なので高度な技術が求められます。

論理性には3つの階層があります。最も大枠となる論理性は、物語全体に一貫したテーマやカタルシスがあるかという「物語展開の論理性」で、これはパラダイムによって整理されています。また、パラダイムの子要素にあたるのがプロットやシーケンスの「前後関係の論理性」で、単純に物語の流れの矛盾に関わる論理性です。これは無意味な前振りや伏線放置さえやらかさなければ問題ありませんが、玄人ともなれば細かい因果関係の構築に利用できる要素なので研究の価値はあります。そして最もミクロ的な論理性は、そのシーンで実際に描かれる事象(状況)に対するキャラの反応(アクション)に関わるもので、これを「状況判断の論理性」と名付けて整理していこうと思います。

論理性の有無判定の事例

キャラクターの「アクション」とは、シナリオ概略における「行動」に説得力を持たせるための小さな部品のことで、「世界観」や「理由」を根拠に持ち、そしてそのシーンの「状況」に対する個々のリアクションのことでもあります。プロットレベルの内容は抽象的で構いませんが、「状況」に対するアクションは映像として見せる段階なので具体的に設定しなくてはなりません。例えば、「退治する」「助ける」「阻止する」などは抽象的なアクションであってそのシーンの結果を表しはしますが、「即座に右に行く」「手を差し伸べて笑う」「本音を漏らす」などは具体的なアクションで状況判断に関係します。「助ける」だけだと善意からなのか義務だからなのか判断できませんが、「手を差し伸べて笑う」なら善意が読み取れます。とはいえ、「前後関係の論理性」によってはその差し伸べた手に腹黒な企みが付与されることもありますが。

ちなみに、唐突な展開のあるシナリオを指して「ご都合主義」という言葉をよく耳にします。主人公の行動目的と実際の行動結果は一致しないことがあります。例えば、主人公の行動目的が「鬼退治して財宝を持ち帰る」だったとしても、主人公が鬼に情けをかけて油断した隙にやられるというバッドエンドにすると目的が達成できず、結果として「行動」に反するアクションをとったことになります。この鬼の反撃は物語的には「障害」に該当せず、どちらかといえば作者のご都合主義の類と考えられます。ただ、元のあるべき結果のエッセンスが破綻なく得られる範囲でという制限はありますが、シナリオに自由度を持たせるテクニックとしては有効です。例えば、話の流れからして死ぬはずのキャラが実は生きていたとしたら絶望感と安堵感の両方を味わえますし、最愛のパートナーと暮らしていたが若くして病死したとしたら幸福感と喪失感を味わえます。多様すると興醒めの原因になり兼ねませんが、史実を元にした物語では割と見られる、現実は思い通りにいかない理不尽な展開です。これを「ご都合主義展開」と仮称するとして、これを挿入したからといって物語のテーマはブレたりせず、状況が変わるだけだということは留意しておきましょう。


3.4 奇抜な世界観を成立させるには

論理性と普遍性を考える順序に特に決まりはありませんが、世界観を起点として情報を増やしていく方法がおすすめです。論理性は世界観や文脈の状況に対するアクションにより積み上げます。普遍性は世界観や史実に基づく常識に従うアクションから滲み出ます。どちらも「世界観」を発端とする情報で、これらはトランプタワーのように支えあいながら積み上がっていく関係性にあります。また、思いつくだけならタダなので「世界観設定」自体は断片的で考えやすいという特徴があります。なので先に好きな設定を列挙しておき、それらを論理的に接続していくことで普遍性を与え、作品世界に実在感を与えていくというのがセオリーとなります。逆にこのトランプタワーのバランスが保てないアイデアの組み合わせだと高く積み上げられないので、特殊な世界観設定の作品には手を出さないほうが無難です。

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【用語集】

実在感
読者をシナリオに没入させるために必要な要素。読者の日常に地続きな表現である「普遍性」と、出来事の因果が明快であるための「論理性(つじつま)」からなる。

普遍性
時代を選ばず楽しめる世界観であること。キャラと読者のリアクション(感性)が一致すること。特殊な世界観の場合はキャラの日常の描写で読者に分からせる。

世界観
作品世界における社会システムや一般常識など。

論理性
物語展開、前後関係、状況判断の3段階で整理されるつじつまのこと。

物語展開の論理性
パラダイムによって整理される。

前後関係の論理性
無意味な前振りや伏線放置さえやらかさなければ問題ない。

状況判断の論理性
映像上で事象(状況)に対するキャラの反応(アクション)で説明する。

ご都合主義展開
テーマはそのままに状況を変更できる。論理性を損ねたわけではない。

因果と論理性の違い
因果は原因と結果。論理性は因果や普遍性を説明できるだけの情報が適切に開示されているか。



第4章 既存作品を面白く改変

4.1 『桃太郎』の曖昧な設定を掘下げ

それでは満を辞して『桃太郎』の物語構造をベースに普遍性と論理性を与えて楽しめる物語に添削してみましょう。欠落している設定をいくつかリストアップしてから補完していきます。(下図は再掲載)

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【『桃太郎』の曖昧設定】

①川に流れてくる巨大桃
②桃から生まれた桃太郎
③鬼退治の目的
④鬼ヶ島の末路
⑤きびだんごの価値
⑥財宝はどこから盗まれてどこへ戻るのか
⑦老夫婦の正体


 4.1.1 川に流れてくる巨大桃

問題は、桃太郎の由来が分からないため主人公になれないことです。昔話の特徴は伝聞のストーリーテリングで当事者も目撃者もいないため、誰かがナレーションで伝聞情報を語っているに過ぎず葛藤も緊張もありません。エンターテイメントの物語として成立させるには、まず主人公としての条件を満たす必要があります。その一つとして、主人公が属する社会における立場を表明することで、周囲の人との関係や、主人公のこれまでの営み(生い立ち)が示唆されます。これは作品中の世界観を主人公の日常に紐付けすることで、まずは主人公が作品中で浮いた存在にならないようにする作業でもあります。

例えば、『竹取物語』のかぐや姫は月を追放された貴族という過去から人格が想像できますが、『桃太郎』は出自が分からないことでまるで神がもたらした運命を変えるギミックやメンターにしか見えません。この考え方を分かりやすくいうと、『桃太郎』で桃太郎が主人公をやるというのは、『ドラえもん』でドラえもんが、『ハーメルンの笛吹男』で笛吹男が、『CCさくら』でケロちゃんが、それぞれ主人公を張っているようなものです。それでもスピンオフ作品ならアリにも思えますが、メンター的な立場は元々のメインストーリーをはたから見る立場なので臨場感は薄いです。どうせなら、葛藤も挫折もなく全てを完璧にこなす桃太郎が主人公の物語より、桃太郎にチャンスを与えられた3匹の仲間が主人公の方が絶対面白いし、その実例として『西遊記』などが挙げられます。

以上のように、物語の主人公たる由縁は成長や現状改善などの変化を起こすことあり、生まれつき強者であればライバルや強敵と対決することで葛藤したり、追放された屈辱による怒りなどがなければなりません。というわけで川から流れてきた巨大桃の意味をでっち上げるなり、得体の知れない自身への疑問を抱くなりする必要があります。作品冒頭で説明する必要はありませんが、そういうメタ的な設定(世界観設定・人物設定・美術設定)と主人公の振る舞い(状況判断)には因果関係があるものです。

しかし、その状況自体に説得力がなければ平然と受け入れるリアクションが不自然に見えます。状況の説得力は世界観における常識から逸脱していないかによるので、まずは世界観設定を説明して常識の基準を提示します。セリフやナレーションで直接的に世界観の説明をしたり、主人公の日常描写から間接的に世界観を想像させたりして、まずは世界観イメージを定着させて「普遍性」の土台を作ります。そうすることでやっと主人公の日常と世界観の紐付けも可能となり、日常の中での状況判断まで神経が通った作品になるわけです。だからこそ、人物設定が地に足を付けるように、『桃太郎』の曖昧な世界観設定を掘り下げる必要があります。

では「川から流れてくる」理由を後付けしてみましょう。まず、桃太郎は何処からきたのかについては、元は鬼で人間に対する攻撃に懐疑的な思想が原因で迫害を受けており、理不尽な罪で全てを奪われた状態で島流しに遭った、とかどうでしょう。ありきたりですが、割と名作に使われている設定です。『ドラゴンボール』のカカロットは本来は地球侵略のサイヤ人が記憶喪失で悪意を失ってしまった地球想いの主人公ですし、『進撃の巨人』のエレンは敵国のスパイ活動を強制的に託されて記憶喪失になっている自国想いの主人公です。とにかくこの設定によって敵の鬼との因縁ができるのでラストバトルが盛り上がりますし、元同胞を倒さなくてはならない主人公の葛藤もしくは復讐も描けます。


 4.1.2 桃から生まれた桃太郎

ここで世界観に沿わない不自然な事象が発生したので、自然な流れを探さないといけなくなりました。矛盾するのは①で思いついた設定のうち、穢れた存在である鬼が触れることができない桃に入れて流刑にされる部分です。桃でなくせばいいという単純な話ではなく、『桃太郎』が『桃太郎』であるためには、桃から桃太郎が生まれるプロットは必須です。

ここでサブストーリーをでっち上げてみましょう。流刑にされた鬼の主人公は人間世界に流れ着いたところで息絶えますが、心優しい老夫婦が弔ってやった。その老夫婦は子供に恵まれず寂しい思いをしていたので、鬼に対しても慈悲深かった褒美として弔った鬼を転生させて子供を授けた、ということにすれば桃から生まれることにも説明がつきます。老夫婦に拾われるタイミングで流れてくる必然性も神のお導きだからです。

ここまでやれば桃太郎と老夫婦が優しいキャラであるという深掘りができ、鬼ヶ島は憎き敵ではあるけど全ての鬼が悪ではないと仄めかすことで世界観を複雑化することもできます。主人公と老夫婦の善意を評価する神も魅力的なキャラではありますね。


 4.1.3 鬼退治の目的

①の理由から自身を追放した鬼ヶ島への復讐劇という展開も可能ですが、主人公は敵に対しても慈悲深い優しい人物という設定です。人間に転生したら今度は鬼に対しても慈悲深く考え、すると鬼退治ではなく人間に悪さすることを止めさせることが目的となるはずです。しかし、それでは全然面白くない。物語のメインストーリーが「何かをやっつける」類の場合、優しい主人公が憎悪に燃えるような悲劇をどこかで入れるべきです。でないと主人公が敵を殺すことに説得力を持たせるには、殺らねば殺られる戦争ものか、悪を取締る警察ものになってしまいます。組織の問題を描くのも面白いですが、できれば主人公個人の問題として動いて欲しいです。

相手を殺すほどの決意とは何が丁度良いでしょうか。ここでふと思い出したのが『鬼滅の刃』の、妹の鬼化を戻すために黒幕を殺さなくてはならないという決意の仕方です。復讐ではなくあるべき状態に戻すだけという目的なら単調な復讐劇にならずに済みそうです。そうなると鬼を殺すことで何が解消されるかという話になります。平和?財宝?それだと個人的な問題ではなくなります。桃太郎は英雄ではなく百姓です。

鬼ヶ島に残っている前世の鬼の家族を迫害から救い出したいというのはどうでしょう。例えば、鬼ヶ島では流刑にされる鬼に身に特定のアクセサリを付けさせる決まりがあり、そのルールを知らない老夫婦はそれを桃太郎に身に付けさせており(アザでも良さそう)、ある日のこと農村を襲いにきた鬼を追い払った際にその形見(アザ)をキッカケにその鬼から鬼ヶ島の迫害の話を聞いて前世の記憶を取り戻す、的な。

ただ、転生というと前世の苦しみからの解放みたいな意味がありそうですが、生まれ変わってもなお前世のしがらみに囚われるのを見るとそう仕向けた神は残酷ですね。もしかしたら鬼と人に対して中立な神は、一人の人間を英雄に仕立てようとして『桃太郎』という物語を企画したのかも知れません。日本神話にもあるように、人の生き死には神の気まぐれで決まったくらいなので、鬼と人の戦いも神の気まぐれの可能性があります。物語に登場するキャラ一人一人にメインストーリーがあると考えると、どこかで利用されたり衝突したりするはずです。


 4.1.4 鬼ヶ島の末路

原作では鬼が退治されて財宝が奪われるということしか知りませんが、もしそうなら鬼は皆殺しにされているか、残しているなら怨恨の連鎖を生むだけです。ここで『桃太郎』の元ネタ(史実)の方に着目すると、鬼ヶ島は侵略対象であって、鬼退治とは殲滅ではなく支配を意味します。つまり鬼族を滅ぼすのではなく、戦闘要員による政治的な決着となるはずです。迫害を受けている家族を救い出す、政治的な決着、など様々な事情を踏まえたアイデアが必要です。

いまいちアイデアが浮かばなかったので、ここでランダム生成単語に頼ることにします。ブラウザアプリの「ランダム単語ガチャ」の設定を、語彙レベルLv1~5にチェック、表示語数1、の状態でピンとくるまでランダム生成しまくります。

最初にピンと来た単語は「カルネアデスの板」でした。舟の難破事故で一人分の浮力のある流木にしがみついているとき、もう一人遭難者が現れたとします。二人で流木にしがみつくと沈んでしまうのでどちらかが見捨てられなければならない状況でどう判断するか、という心理問題だそうです。

次にピンと来た単語は「テセウスの船」です。ある物体の構成パーツが全て置換されたとき、それは置換前と同じものと言えるかという同一性のパラドックスの問題を指すそうです。前述の「カルネアデスの板」も含め、「○○の△△」と呼ばれる哲学的な命題は物語のモチーフとしてよく使われているような気がします。丁度この記事でやろうとしている、既存の物語構造の中身を別のアイデアに置換して新たな物語を生み出そうという試みに精通する問題なので興味を持ちました。小難しい哲学なので理解はできませんでしたが、要はある物を維持するための工夫として維持を妨害する要素を排除して別の物に入れ替える行為は正しいか、という問いです。「カルネアデス板」に似たような、本来なら答えの出せない意地の悪い問いです。

「カルネアデスの板」「テセウスの船」の持つ論理構造を「鬼ヶ島の結末」に当てはめるとどうなるでしょうか。シンプルにすると「命の選択」「社会と構成員」という問いが生まれます。「命の選択」要素で天秤にかけるのは、未だ鬼ヶ島在住の桃太郎の前世の家族の命、そしてそのために殺す敵の命、この2つの命の間で苦しむのが作りやすそうです。「社会と構成員」要素は悪は鬼か人か、共存は可能かという議題が真っ先に思い浮かびます。あくまで連想からのアイデアです。国家規模の人vs鬼の戦争ではなくなりますが、何かしらの葛藤へは繋がりそうです。


 4.1.5 きびだんごの価値

これについては、命がけの精鋭部隊に雇うには報酬が安すぎ問題です。せめて毎日きびだんごをくれるならまだしも、旅立ち時の持たされた数しかないはずです。それに、餓死寸前をきびだんごで救われたというのもシュールです。猿犬雉は何故きびだんご一つで参戦するのか不自然です。

一応、きびだんごにも元ネタがあるらしく、かつて岡山県周辺が吉備国と呼ばれていた時代の特産品だとか。吉備国を中心に備後、備前などの地域があると言えば、吉備の国が権力を持っていたとわかります。そしてその吉備国が室町時代の頃に退治した温羅(うら)という鬼がいるそうです。なので『桃太郎』という物語において「鬼退治の言い伝えのある吉備国の特産品の吉備団子」なだけで十分なつじつまはありますが、これはあくまで岡山県のPR戦略によって提唱されているものという解釈です。

まぁ物語的に自然な流れとしては、3匹とも老夫婦に恩があってきびだんごの味を知っていたか、3匹とも鬼には因縁があって桃太郎に無償で協力することになって形としての契約(同じ釜の飯・盃を交わす)のためにきびだんごを受け取る、といった仲間意識を演出するサブストーリーを挿入すれば良さそうです。鬼vs人類の戦いに動物が参戦するのは、考えようによっては面白い展開になるかも知れません。

アクション漫画によくあるように、仲間がそれぞれ過去を持っていて3匹一律の扱いにならなければ複雑な伏線が張れそうですが。もし鬼との因縁を断てるなら死んでも構わないという覚悟があるなら、④で書いたように「命の選択」で桃太郎と共に命を懸けてくれそうではあります。それでも死を拒絶してくれた方が桃太郎の葛藤も激しくなって面白そうですが。

【参考文献】

吉備団子
吉備国
温羅退治


 4.1.6 財宝のもつ価値

宝とは家族です。と言ってしまうと胡散臭くなりますが、鬼ヶ島に旅立つ目的が前世の家族救出に変更された以上、略奪は目的ではありません。鬼ヶ島にある何かを持ち帰るという構図をそのままにしたら「財宝=家族」となります。別に家族を連れ出すわけではなく、迫害の解消さえできればいいです。


 4.1.7 老夫婦の正体

このままだと老夫婦は瀕死の鬼にも動物にも優しい人物で、良いことをしたから神に優遇されたという綺麗事で片付けられてしまいます。善人なのは別に構わないのですが、生まれ持って善人でしたってのではただの天然ボケです。他人に優しくするポリシーが形成される過去があれば納得いきそうです。

パターンとしては、過去の罪滅ぼし、争いによる悲劇を経験している、あたりでしょうか。桃太郎の物語に絡めるなら、罪滅ぼしにしても悲劇にしても、争い事に対する教訓を得た過去という形で提示すれば自然です。これ以上深くは描く必要はありませんね。桃太郎の人格形成と地続きであれば問題ありません。


 4.1.8 鬼である必要性(←New)

色々と設定を改変したため新たな曖昧設定が発生してしまいました。原作『桃太郎』の元ネタは史実上の敵国を邪悪な鬼に喩えたものでしたが、ここまでで設定を掘り下げた結果として、単なる敵対勢力として表現することになってしまいました。そこまでいくと『桃太郎』特有の世界観である「鬼」を活かしきれなくなり、鬼である必要がない物語になってしまいました。急遽、鬼という存在について明確な設定を決めておこうと思います。

『桃太郎』の世界では鬼は何をして忌み嫌われているのでしょうか。略奪とか殺戮といった、人にもできることをしても鬼である必要性は生まれません。既存作品でよくあるのは、鬼と人との区別として喰人鬼の性質を取り入れるものが参考になりますが、「悪意」ではなく「習性」や「属性」による敵対関係、もしくは事実無根の偏見で差別されて人から迫害されている存在などがいいです。とにかく鬼にしてみたらどうしようもない理由での敵対関係が必要です。

人食い鬼だから相容れないというのが安直で作りやすいですが、ここではあえて、人に比べて遥かに戦闘力が高いためいつでも支配されてしまう恐怖による事実無根の偏見とするのが妥当です。実際にその戦闘力を使って略奪が行われています。しかし、弱者として戦うために文明を発達させた人類は一筋縄ではいきませんが、一応のところ戦力は拮抗してはいるもののそれは組織戦力の話で、共存となると個人同士の犯罪では簡単に人は鬼に殺されます。つまり、人は鬼の善意を信じられないということで、一部の鬼の略奪行為が友好関係を決定的に妨害しています。

また、鬼社会の中には戦争派と友好派がいますが、戦争派は人類を見下し、友好派は現実を見ています。一番辛い思いをしているのは友好派の鬼、すなわち桃太郎の前世です。


4.2 大人も楽しめる『新・桃太郎』完成

ここまでの設定修正により『桃太郎』の物語構造は以下のように変更されました。

画像32

↓↓↓ 修正後 ↓↓↓

画像33

ストーリーを掘り下げたため一気に複雑化しました。どのキャラを主人公に据えてもスピンオフ作品が描けるくらいには深くなったと思います。また、『新・桃太郎』に関してはシナリオ概略の工程を省いています。原作『桃太郎』の物語構造とシナリオ概略の情報欠落を補填するように作業してきたので、シナリオ概略が方向性を定める役割を果たせていないためです。

3匹の仲間が協力してくれる理由はなんとなくしかイメージできてませんが、それぞれ違う主からの遣いだったら面白いし、きびだんごなんかで仲間になるという理由の弱さも改善できると思って設定追加しました。ただ、きびだんごの存在意義がどんどん薄れてしまった気もします。「きび」に神聖な意味があったり、きびだんごが作られていることに具体的な史実でもあればよかったのですが。

ちなみに好きなキャラは雉です。理由は一番胃が痛そうな立ち位置で面白そうだからです。いわゆるメンターにも成り得る役者です。鬼ヶ島に攻め入る作戦に知恵を貸すことも可能なので、活躍させるバランスが難しいですが。ところで、メンターがいれば物語を展開させやすくなるというのも良いですが、トリックスター(爆弾)が物語展開を予想しにくくするというのも欲しい要素ですね。現状だと桃太郎が大人しい印象があるのでトリックスター属性を与えるのもアリかもしれません。

『新・桃太郎』で掲載している「物語構造(相関図)」「パラダイム」「あらすじ」は思いついたものから順次埋めていきました。どれが優先ということはありません。この物語構造をプライマーとすることでストーリーを掘り下げていきます。今回採用したパラダイムは「ビートシートメソッド」をベースに個人的に改造したものです。

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上記のパラダイムからストーリー仕立てのあらすじを書き出してみました。全編やると文字数が多くなるので第一幕のみで中断してます。

【修正版『桃太郎』あらすじ】第一幕

ここは鬼ヶ島。人に恐れられ、穢れているとされる鬼たちが住んでいる。人と鬼とは太古から争い、今も鬼の驚異は日常の中にある。今鬼ヶ島では人類侵略戦争の議論が加熱している。今すぐにでも攻め入るべきという強硬派と、和平の道を探る穏便派で意見が割れ、過激な内紛にも発展している。強硬派の運動は武力行使に発展し、穏便派は理不尽な迫害を受けていた。そんな中、一人の穏便派主導の鬼が見せしめに痛めつけられ、流刑にされることになった。拷問による瀕死の状態のまま鬼ヶ島から追放された。なんとか人間の里に流れ着いたが虫の息で、偶然通りかかった親切な老夫婦に看取られ、丁重に弔われた。

数年後のこと。あの老夫婦は平穏に暮らしていたが、子供に恵まれず寂しかった。ある日老婆が川に洗濯に来たところ、川上から大きな桃が流れてきた。驚いた老婆は桃を持ち帰り、割ったら中から元気な男の子が。老夫婦は驚いたがすぐに喜び、男の子に「桃太郎」と名付けて大事に育てた。

不思議な生まれ方をした桃太郎は人並み外れた丈夫な体と、生まれついてな大きなアザのせいで周囲から気味悪がられた。育ててくれた老夫婦の優しさと、心ない周囲の悪意が桃太郎を惑わせる。それでも桃太郎は老夫婦のように優しくなりたいと願い、嫌われている怪力を人助けに役立てようと努力し、少しずつ打ち解けていった。

桃太郎が成長したころ、近くの村が鬼に襲われているところに遭遇した。恐怖を振り払って自慢の強さで鬼を取り押さえるが、その鬼が桃太郎のアザを見て奇妙なことを言った。「そのアザの形は裏切り者の標。何故人の姿をしている。」不審に思った桃太郎は鬼を問い詰め、村を襲った理由や裏切り者のことを知る。その鬼は盗賊ではなく鬼ヶ島の兵士で、数年前に人との共存を主張していた鬼が流刑にされて以来、人の里に派兵されるようになったという。そして桃太郎の姿が流刑にされた鬼と瓜二つだった。鬼ヶ島では戦争強硬派による反対派の迫害が激化し、その流刑にあった鬼の家族がその被害にあっている。桃太郎は老夫婦から聞いた話を思い出した。桃太郎が生まれる前、一人の鬼を弔ったこと、そして同じ箇所に同じアザを持っていたことを。そのとき、桃太郎は前世の記憶を取り戻した。

その日から桃太郎は苦悩することになる。記憶にある残された者の身を案じ、全ての鬼が悪とは限らないという事実を知り、人として生まれても人に迫害された過去がよぎり、鬼とは言え救いを求めている者がいる。それを理解できるのは人と鬼の記憶を持つ桃太郎のみだった。人に生まれ変わっても鬼の力と記憶を持つのはなぜか、鬼と人は何が違うのか。生まれてこのかた、人に嫌われないために力を奮ってきた。もし本当に人のために力を使えたらどれだけ誇らしいだろう。もはや桃太郎には前世の家族と老夫婦は同じくらい大切に思えていた。悩みを断ち切り、鬼ヶ島に答えを探す旅に出ることを決意する。

第二幕
(以下略)

やはり細かい設定の曖昧な部分を掘り下げたおかげでアイデアがポンポン湧いてきます。手間をかけた甲斐あって良いプライマーが用意できました。原作『桃太郎』の物語構造を土台にしただけではこうはいきません。『新・桃太郎』の物語構造を構築する過程で作品イメージをほぼ完璧に掴んだということですね。今回は情報不足甚だしい古い作品を元ネタとしましたが、最近の作品を参考にするにしても既存作品からインスパイアされるには物語構造の抽出作業を行うのが近道かもしれません。好きな作品の物語構造を抽出する際も、不明点を補填する過程でより深くその作品を理解できると思います。

以上、『桃太郎』に普遍性と論理性を後付けして実在感を与える試みでした。初めは有名な物語だから気にせずそういうものと受け入れていたと思いますが、よく考えたら意味不明なシーンが多いはずです。そういう要素を放置したまま作品を作ると読者は置いてけぼりを食らうので、世界観を説明したり、普遍性のある設定に置換したり、状況へのリアクションで世界観を想像させたり、色々手を尽くして不明点や矛盾点を解消してきました。こうして完成した物語構造は、どのような断片的なアイデアを後付けで当てはめても、ある程度はリアリティのあるストーリーとして生まれ変わると思います。


4.3 物語構造の編集術

お忘れかと思いますが、ここまで『桃太郎』の物語構造やストーリーを分析してきたのは、それを土台として新たなアイデアを当てはめることでオリジナルの物語を生み出そうという試みのためでした。エンターテイメントとして成立しそうな『新・桃太郎』の物語構造は完成したので、あとは岡田斗司夫流のアイデア術を適用して、同じ構造を持った全く別の物語に変換しましょう。

しかし、既存作品の物語構造を流用した場合、これから作ろうとしている物語が全く同じ構造を持っていることは稀です。そのときは物語構造を編集しながら作業していくことになります。また、『桃太郎』のように物足りない物語に新たな設定や相関関係を追加するにも、やはり物語構造を編集する必要が発生します。ここでは改めて「物語構造」とは何かについて具体的に定義し、物語構造の編集についていくつかの方法を提案してみます。

物語構造」とは、いくつか配置した「要素」を接続する「矢印」の方向と「ラベル」に記載された内容で相関関係を整理したものです。物語構造の「置換」とは、要素の中身を変更すること。「改変」とは、部分的に別の構造に変更すること。「発展」とは、新たな構造を追加すること。「展開」とは、構造を変えずに配置だけ変更すること。これらを適用する順序によってアイデアの生まれ方が変わってきます。

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 4.3.1 人物像インストール法

物語構造の「置換」において中々魅力的なアイデアが出てこないとき、既存作品の物語構造を拝借したのと同様に既存作品の人物像を拝借することで物語構造の「改変」を促す方法があります。すでに決定された物語構造の平凡で気に入らない部分を変えるとき、物語展開の論理性よりキャラの意思に任せることで思いがけない波乱を生み出せる可能性があります。

例えば、「主人公が好きな女子に告白してOK貰う」という4コマ大喜利漫画程度のシンプルな物語構造があったとして、告白の返答については物語展開ですでに決定されていますが、返答の仕方すなわち主人公に返事が伝わる過程の描き方は未定です。そのとき、ヒロインの人物像次第で告白へのリアクションの内容を、物語の面白さやキャラ魅力は変わってきます。もしハーレム系漫画から借りてきたヒロイン像だと赤面しながらOKするだろうし、リアリズム系だと感情の起伏を見せずにひねくれた言い回しでOKするだろうし、ギャグコメディ系だとのたうちまわって喜ぶ様子を見られて恥ずかしがりながらOKしたりするでしょう。

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さらに「ミステリアスな女」とか「サイコパスな女」という強烈な人物像を借りてきてしまうと、物語構造にまで影響を及ぼしてシナリオの終盤まで告白への返答の意味が分かり難いという展開になったりします。このように、用意した物語構造に忠実にアイデアを置換していくだけでなく、能動的に改変を行うことでスリリングでオリジナリティのある作品に仕上がると思います。

ちなみに、人物設定を吟味するとき性格や職業や趣味といったいわゆる属性について考えると思いますが、最も重要なのはそのキャラにとってのメインストーリーです。普通、物語構造は主人公にとってのメインストーリーを主軸として構築され、サブキャラにとってのメインストーリーは主人公から見える範囲でしか組み込まれません。しかし、本編で描かれないサブキャラの暗躍でもたらされる物語展開もあり、そこには葛藤や緊張が存在します。スピンオフ作品でサブキャラを主人公に据えても面白くなるのはそのためです。全体として面白い作品はどのキャラでスピンオフ作品を書いても面白くなるほど人間関係が複雑で、そういう作品を作るにはキャラ一人一人のメインストーリーを把握しておかなくてはなりません。そうすると「人物設定」はかなり重要な項目だと思えてきます。

また、キャラの意思に任せてストーリーを構築する手法は、理論化された作り方に比べてトリッキーな展開を生み出すのに有効です。各キャラが自身のメインストーリーを主張しながら動くわけですから理屈通りに従ってはくれません。そういった作り方は難しくはありますが、斬新な作品が生まれるキッカケになるかもしれないので試す価値はあります。人物像インストール法は物語構造の置換や改変によって意外な出目を期待する手法です。


 4.3.2 サブストーリー組込法

サブストーリーという言葉はよく耳にすると思いますが、その定義は曖昧で使いづらいのであえて定義しておきます。サブストーリーとは、部分的な物語構造から想像できる一連の出来事(プロット)の雰囲気ということにしておきます。つまり、論理的な起承転結や時系列は度外視しても良いので、キャラ同士の関係性のイメージのみを明確化し、様々なシチュエーションにおいて各キャラがどうアクションするかが掴めればそれがサブストーリーです。「あらすじ」と言った方が扱いやすいかも知れません。雰囲気だけで十分次に繋げられるので難易度が低く、無限にサブストーリーを捻出できるようになります。

「部分的な物語構造」では取っ付き難いので、挿入したい人間関係を表す「相関図ユニット」と呼ぶことにします。この相関図ユニットはサブストーリーのプライマーと言えます。サブストーリー組込法は、元の物語構造に対して相関図ユニットを置換・改変・発展といった形で組み込む編集を行い、そこから漂う人間関係の雰囲気からプロットを連想する手法です。

物語構造の編集の例

「原型」では主人公とヒロインだけの4コマ漫画のようなストーリーに見えます。情報量が少ないとそれこそ人間関係の雰囲気しか掴めません。そこにくされ縁の男友達登場させて物語関係を発展させてみると、学園コメディの読み切り漫画くらいなら描けそうな情報量になりました。これから連想できる雰囲気は、主人公とヒロインは互いに奥手で相思相愛でも進展が遅い、それを放って置けない親友が親心で援護する、といった感じです。

もしこの親友ポジション(上図の赤字部分)を幼馴染の女友達に「置換」すると、もしかしたら2人の恋を応援しつつも実は主人公に隠していた恋心が抑えられなくなり、当人同士ではなく第三者のジレンマが枷となって恋愛関係を複雑化してくれそうです。

さらにヒロインが実は一卵性双生児の双子の妹がいる設定に「改変」すると、強制的に双子妹が追加されて物語構造が「発展」を遂げ、もはや全く別のストーリーに昇華できます。容姿の見分けがつかないほどそっくりなので普段は髪型を変えている双子が、何かしらの伏線によって偶然髪を下ろしていたがゆえに間違えて告白してしまい、その取り違いの真実を誰も知らないまま満更でもない日々が過ぎた頃に双子間だけでそのことが判明するというストーリー、面白そうじゃないですか?双子がお互いをどう思っているか(上図の赤字部分)を逆にしたり別のものにしたり、それこそ「人物像インストール法」でとんでもない双子に仕立て上げるだけで色んなドラマを生み出せそうです。

このように、より意図的なドラマが欲しいときは挿入したいサブストーリー単位でアイデア出しすべきでしょう。例えば、キャラ同士の因縁のエピソード、一度やってみたかったギャグシーン、作中で絶対言わせようと思っていたセリフなど、思いついた時点でかなり具体的な内容が出来上がっているアイデアです。アイデア単体でそこそこのボリュームもあるので、サブストーリー単位のアイデアのストックが多い人は、その組み込み方が分かるだけで物語創作の効率が向上するのではないかと思います。人物相関図を描く方法は言わずと知れたノウハウですが、相関図ユニットからサブストーリーが連想されること理解した上で能動的に利用しようという提案です。

相関図ユニット≒サブストーリー

【用語集】

物語構造
いくつかの要素と矢印で物語全体の相関関係を表したもの。

要素
テキストボックスにはキャラ名、複数のテキストボックスを囲った枠には組織名を記載する。

矢印
要素同士の相互関係を接続の有無や矢印の方向で表す。キャラ同士が一方的な関係しかなければ「→」、相互関係があるなら「⇄」、省略して「↔︎」でも良い。

ラベル
関係性を具体的に記述する。抱いている感情や、相手から見た肩書き、物語中に取る重要な行動など、好きなことを書いていい。

サブストーリー組込法
物語構造を相関図ユニット単位で編集して新たなあらすじを連想する手法。

サブストーリー
部分的な物語構造から想像できる一連の出来事(プロット)の雰囲気のこと。キャラ同士の関係性のイメージのみを明確化し、様々なシチュエーションにおいて各キャラがどうアクションするかが掴めるもの。あらすじとも言う。

相関図ユニット
2人のキャラの関係を表す最小限の物語構造。原則として2要素2矢印2ラベルで構成する。これを連結して物語構造を増設していく。

あらすじ
表面的な短いあらすじはサブストーリーと同義。サブストーリーより言いやすいので便宜上あらすじと呼ぶ。



第5章 既存作品からオリジナル作品を生成

ここからは実際に提唱した技法を使って「無」から物語を作れるかどうかという実験をしています。「無」というのは「作りたい作品イメージ」がない状態のことで、つまり仮に何のアイデア思いつかない挫折寸前の人でも一歩踏み出せるか、という挑戦です。

結論を言うと、論理性のあるそこそこのボリュームの世界観の物語をいくつか作れました。部分的に別のアイデアに置換する作業もスムーズに行えるし、既存のアイデアを元にさらに練度を上げるテクニックの発見などもありました。しかし、その物語を人に読ませて楽しませられるかという確証は得られませんでした。面白くなりそうなストーリーは完成しましたが、確実に面白くするテクニックについてはまた次回にでも研究してこようと思います。そんなこんなで、手探りで右往左往しながら一つのストーリーを仕上げていく過程を書いているだけなので、あまり熟読せず流し読みして軽く参考にして頂ければと思います。いずれにせよ、当初の目的は何とか達成できたことをここに記しておきます。

そもそも初心者に必要なのは良い(売れる)作品の作り方ではなく、即座に本編制作に取り掛かって完結させられるシナリオを作る具体的な方法です。「作品一本完成するなら面白さなどどうでもいい」「とにかく今すぐ実践できる方法が知りたい」、これが初心者の本音だと思います。

まえがき「シナリオ制作技術の必要性」より 当初の目的の部分

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