行動すること
こんばんは。
タップダンサー・振付家のおどるなつこです。
春以降のことが少し動き始めているかな。そんな気配を感じる今日の神奈川は、とても暖かかったです。
どうしたって表現者
昨日は音楽の大先輩方と飲み会があって、ありがたくも仲間に加えていただいて嬉しく、ちょっと緊張しつつも音の世界の広がりをただ楽しく聴いていました。私が思っている音の世界とは用語は違うけれども、これは感じている世界の表し方=言葉が違うんだろうなあ。各先輩方のこだわりや無い物ねだりは堂々巡りに私を包み、とても幸せな夜でした。
風の音、森の音、鳥の声、犬の声、車の音、飛行機の音。
それらにとりまかれた縁側で、私はよく火を炊いていて、無意識で聴いているそれらの音はさまざまな位置からさまざまな広がり方で私を包む。
私を包んでいる音の世界は自然のものだが、こんな音風景をアナログにもデジタルにもコントロールして生み出すことのできるミュージシャンたちの、音を生み出すことへの憧れは尽きることがなくて。
音はどこから生まれるのか
私のタップダンスはいつも私の足元から聞こえ、先に脳裏で鳴っていることが多いのだが、完全即興に解き放った時、脳裏で鳴らすより前に音は足元で鳴っている。
これが面白いので、即興で遊ぶときには必ず本番モードでカメラを置いてやるようにしている。独りよがりでいい気分に陥るのを防ぐために。そして後から見ても面白ければYoutubeに載せる。大抵は自分で見ても面白いのでアップしていると思う。
そういえば最近は即興をしていなくて、どちらかというと身体の重心見直しとか基礎的なことをしている。鬱の治療の余波で左脚の股関節問題が解消し、踵にしっかり重心が来るようになった。鬱も脳だけでなく全身に原因が原因が散見していたけれど、そのおかげでタップの音が改善されている。結果オーライ!!
歌ってみる
鬱の改善を試みていた中で、最も良かったのは歌うことだった。私は声を出すということにコンプレックスや、実際に首を絞めているのではないかというほどの力みがあったのだが、それらを治療の過程で改善してきた。
声を出せない、というのは、抑圧の始まりなんだろう。というか、少しでも抑圧があると、声を出さなくなったり、言葉を発せなくなったり、つまり、抑圧があるほどにヘルプを出しにくくなる。このことは身を通してよくわかるけれど、黙っていれば黙っていたで怒られる。そういう過去のあれこれを解消するに、ただリラックスして好きな歌を歌うことは良い。
リズムとメロディ
私の中には常にリズムとメロディがある。ときに、眠っていても言葉が溢れる時もある。そういう、身体の中にぐつぐつしているものを、出さないでいると爆発してしまうのだろう。花火のように素敵に爆発できなければ、今回のように鬱病という内向になるのかもしれない。
もう、お金になるかならないかなんてことはどうでもよくて、このエネルギーを綺麗な花火として昇華できるように、日々、日々、日々、ぐつぐつの整理方法を試していくよりない。
誰もが天から生かされている。
その時間を咲かせることに使いたい。
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