社長との1on1

週末を挟み月曜日に出勤すると社長の秘書からメールが届いていた。

「金曜日の13時からブロックさせていただいておりますので、社長室にお越しください」

予定を見ると何と1時間抑えてあった。30分程度かなぁなんて思っていた私は驚いた。上場企業の社長が1時間タダの一社員のために時間をくれる程暇ではない。他の曜日も含め、ランチタイムまでみっちり詰まっている。予定を変更してわざわざ私の出張に合わせてくれたのだろう。

直感で社長に思いの丈をストレートにメールしたものの、果たして自分の取っている行動が良いのか悪いのかわからない。ただ私はこの会社が好きだから、日本だけでなく世界規模で素晴らしい資産が沢山あるのだから、それらの競争優位性をフルに発揮できれば、景気の不透明な今でも数字を伸ばしていける組織づくりをしたいだけだ。例え良い資産を沢山持っていても、結局それらを活用し数字を創っていくのは私たち社員だ。社員一人一人が受け身ではなく「魚を釣りたい」と自ら行動できないとダメなのだ。しかし残念ながら、今の私たちには「魚を釣りたい」という情熱がほとんどない。人は人でしか変わることができない。苦しい時期を経て結果を残せるようになれた私にできることがあるんじゃないのか、好きな仕事をさせてくれる会社に恩返しできることがあるんじゃないのか、ただただそんな思いに突き動かされていた。

忖度しない私の行動に上司はビビりながらもアドバイスを沢山くれた。今の組織に対して感じている課題は全く同じの上司。この上司のお陰で異動後の仕事はとんでもなく楽しく自由になった。とは言え何かアクションを起こす前にホウレンソウしつつ上司を立てることを忘れないのは組織人の基本。社長との1on1の後何か始まるのだったら上司の応援は絶対に必要だからだ。

当日。練りに練った3枚のプレゼン資料を準備した。世界の状況を踏まえた今の当社が取るべきアクション、組織の現状と課題、そして課題を解決するための提案だ。さあ、どうなるのか。組織のトップが私の話を聞いてくれる。ワクワクしかなかった。

1時間みっちり話をさせて貰った。「君とは2年前の懇話会以来だね。相変わらずストレートに話してくれてありがとう」という誉め言葉なのか何なのかわからない言葉から私の入社後から異動までの経緯や将来の目標等のアイスブレイクで始まった1on1。一社員の私に対しても社長の感じている課題やボトルネック、自身の反省点まで開示してくれるフランクさにどんどん私も話に夢中になった。「ウチには他社にはない競争優位性がこんなにあるんです。これらを活用できれば今の時代でも必ず数字を伸ばし、グローバルNo.1にきっとなれると信じています。・・でも残念ながら私にはこんな組織の課題があるように見えるんです。」

社長の意見もほぼ同じだった。そして社長は私たちに期待していた。

「組織を変えようと思う自発的な社員が出てくるのを待っていた。ただ、本気で組織を変えるためには"コレやったらこんな評価をくれますか”なんて言ってるレベルじゃ実現できないと僕は思っている。直属の上司を飛び越えて直接社長に物申すくらいのバイタリティがないとね。僕はそうしてきたよ。だって、自分の会社のトップがどんな人間かわからないままその会社のミッションを追いかけるなんておかしいだろう?社長がどんな考えの持ち主なのか見極めている価値があるのか判断しないと。そして自分で変えていこうと行動しないと」。

覚悟を試されている、そう感じた。一体私はどの程度の気持ちで今この場にいるのか、と。

「社長、ご提案があるのですが・・」いよいよ切り出した。苦しかった自分がなぜトップセールスになれたのかのプロセス、その過程を根底から自分の軸となって支えてくれていたライフコンパスという成長哲学、そしてその成長哲学をベースにしたコーチングを実施することで組織を変えていくこと。

「魚を釣りたいとみんなが思うようになれば、マネジメントは必要ありません。魚の釣り方ばかり教えるマネジメントだからみんな疲弊して思考停止になっているし、そもそもマネジメントしている方も魚を釣りたいと思っていないのかも知れません。メンバーだけではなく、マネジメントクラスにも魚を釣りたくなるようにコーチングを用いて変えていきます。もちろん、その先に設定しているゴールは数字と生産性です」

熱くも冷静に話す私に対して社長が言った言葉は、「ありがとう。ぜひ、よろしく頼むよ。僕のバックアップが必要なら、いつでも言ってくれ。定期報告もね。まずはどう進めていくのか具体的に知りたい。」だった。山が動いた瞬間だった。

1on1を終えてデスクに戻った私に「どうだった?」と上司が声をかけてくれた。報告しようとする私を遮って「別室で聞かせて」とミーティングルームへ歩き出した。社長の次は上司を巻き込まないといけない。社長と話した今この瞬間に巻き込んでおかないと。これはもう、成功するまでやるしかない。上司の後ろ姿を追いながら、動き出した現実に必死についていこうとしていた。


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