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徒然なる想い その十六〜人生初のペンクリニック〜

 ペンクリニックと呼ばれる万年筆界隈で誰もが知るイベントがある。ペンクリニックとは名前の通り、ペンドクターという方に万年筆の健康状態を診ていただけるイベントで、使い手の要望などに応じてペン先の調整なども行なっていただける$${^{(注 1 )}}$$。つまり、普段使っている万年筆が不調であったり、多少なりとも不満を抱いたりしていれば、その万年筆を診ていただける貴重な機会を提供してくれるのがペンクリニックであると言える。加えて、調整にお金が掛かるなどということはなく、修理を除いて無料で行なっていただける何とも太っ腹なイベントである。勿論、無料だからといって手抜きをするなどということは全くなく、ペンドクターの方は真剣に調整して下さる。

 私自身かれこれ5年以上万年筆を使っているため、ペンクリニックの存在は随分前から知っていた。しかし、首都圏と違って仙台では年一回のペンクリニック開催が普通であり、タイミングを逃すと一年後までペンクリニックに行けない。そのため、以前から何となく興味はあったものの、ついぞペンクリニックに行く機会が今までなかったのである。

 勿論、今までは使用万年筆に不満が余りなかったのもあり、血眼になってペンクリニックの開催情報を探していなかったということもある。しかし、ここ最近はスーべレーンの字幅の太さとレガンス89sのキャップに違和感を感じていたため、今年こそはペンクリニックに参加したいという想いがあった。そんなわけで、定期的にペンクリニックの開催情報を確認し、11月26日と27日にパイロットのペンクリニックが開催されるということを確認したため、予約受付開始日に急いで電話をかけ、何とかペンクリニックへ参加できることになった。

 予約当日は30分ほど前に店に足を運び、最初は別なものを色々と見ていたのだが、次第に飽きてきたため、受付の方に予約を入れたものなのですが、と伝えた。まだ前の人の調整中だったこともあり、パイロットの万年筆を色々と触らせてもらった。カスタムURUSHIを筆頭に、カスタム845、キャップレスLS、シルバーンなど触れる機会のない万年筆を試筆することができた。小振りな万年筆が好きで、大型万年筆を使ったことのない私にとっては、中々新鮮な機会であった。また、ペン先の種類も幾つか試すことができ、シグネチャー(サイン用に開発されたペン先)やフォルカン(エラボーよりもソフト調のペン先)に初めて触れることができた。

 そんなことをしている内に自分の番が来たため、ロール式のペンケースを開け、先ずはペリカンのスーべレーンを取り出した。ペリカンね、と直ぐにドクターの方が仰っていただき、字幅が太く感じることを伝えた。すると、ペンポイントの拡大図をスーべレーンで書きながら解説していただき、可能な範囲内で調整していただけることになった。会話をしつつ、ペン先の調整(ヤスリとフィルム上での調整・ルーペでペン先の確認)をされること10分強。スーべレーンを渡され、紙に字を書いてみたところ、全くの別物に生まれ変わっていることが直ぐに分かった。兎に角字幅が細く(エラボーのSFよりも細い線になっていたことが後に判明)、それでいてペン先の滑らかさも残っており、まさにこれだよこれという仕上がりになっていた。脱帽ものである。また、ペンポイントを長刀風の磨ぎにしてくださり、立てて書くとより細い線になるとのことで、早速試してみるとより細い線になることが分かった。

 これは凄い、と感動している暇もなく、次にパイロットのレガンス89sの出番が回ってきた。こちらの方はインナーキャップの劣化とリングの腐食が激しい(古典インクの酸でやられたかも……)とのことで、それによって嵌合の不良が生じていたようである。廃番になっているから部品交換をするなら今の内にしておいた方が良いという助言に従い、部品交換をすることになった。ちなみに、ペン先そのものには全く問題がないとのことであったが、インクフローがもう少し良いとなと常々思っていたこともあり、インクフローの調整のみをお願いした。今やパイロットにはショート軸の万年筆がなく、また名入れをしている万年筆だということもあり、大事に使って下さいと仰って下さった。

 そんなわけで、スーべレーンとレガンス89sの診察は20分ちょっとで終わり、次の人も控えているため、お礼を述べて、人生初のペンクリニックは終了したのである。レガンス89sは急遽入院(修理)となってしまったが、新しく生まれ変わったスーべレーンの方に想いを馳せつつ、道中では表情が緩くなっていたのではないかなと思う。

--こういった具合に人生初のペンクリニックは無事に終了したわけだが、万年筆の良さを実感するに当たってはペンクリニックの要素も入れるべきだと今回感じた。以前の記事では万年筆インクや万年筆本体の楽しみ方から万年筆論を展開したが、これらは万年筆を楽しむ要素の半分程度ではないかと思う。残り半分は、まさにペンクリニックでの調整だと考える。既製品の万年筆に既製品のインクを入れても十分に楽しめるが、ペンクリニックでペンを調整してもらえると、「あのドクターに調整していただいた万年筆」という感覚が芽生える。プレゼントなどで「あの人にもらったもの」という感覚が芽生えるのと同じで、ペンクリニックもものを媒介として人と人を結び付ける効果があると思う。すると、万年筆により愛着が湧き、一本のペンがまた特別なものになる。これは万年筆に特有なもので、万年筆に拘ることの意義がペンクリニックにも存在していると言える。勿論、ペン先を自分好みに調整してもらえること自体が万年筆の特権で、他の筆記具では既製品の中からより自分好みのペンを探すことしかできないのだが。

 私のように地方に住んでいると中々ペンクリニックに足を運ぶ機会もないし、ペンクリニックに敷居の高さを感じている人もいるかもしれない。しかし、一度足を運べば、今まで使っていた万年筆により愛着が湧く。しかもお金は一銭もかからない。そのため、ちょっとでもペンクリニックに興味を持つ方がいれば、是非足を運んでいただきたいなと思う。ちなみに、今回はスーべレーンとレガンス89sの調整をお願いしたが、来年も足を運びエラボーの調整をお願いしようかと考えている。

 最後に、この場をお借りして、今回のペンクリニックで調整していただいたパイロットの土田氏に感謝申し上げる。


(注 1 )
 ペンクリニックの主催はパイロットやセーラーなどが行なっているが、後に述べるようにパイロット主催のペンクリニックだからと言って、パイロット製の万年筆しか診ないわけではない。基本的にどのメーカーの万年筆も診てくれるし、ドクターが嫌な顔をすることもない。ただし、モンブランはダメと言われることがあり、そもそも持ち込まないのが暗黙の諒解になっているようである。

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