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学部長の教科書⑥ リーダーシップ編 第2ステップ−強力な改革推進プロジェクトチームの結成

第1ステップで、学部が危機に直面しており、変革が今すぐ必要だということを、学部長自身は認識できたでしょうか? また、その危機感は他の教員に共有できたでしょうか? まだまだ危機感を感じていない教員も多いかもしれませんが、学部長の思いに共鳴する教員も出てきたかもしれません。最初はそれで十分です。第2ステップに進みましょう。

どんな学部改革でも、学部長が一人でできるわけではありません。学部長が教授会でいくら演説をしたところで、すぐさま全員を巻き込んだ改革ができるわけでもありません。そもそも、既存の組織で改革が進むくらいだったら、学部長のリーダーシップなどは必要ないのです。

改革プロジェクトチームを立ち上げる

改革を進めるためには、まずアドホックな改革チームを立ち上げましょう。少人数でプロジェクトチームを立ち上げ、そこで改革をスタートさせ、それを学部内に広げていく手法をとるのです。前述のコッター教授も「大掛かりな変革プログラムでも、当初は1人か2人の体制でスタートすることが多い」と述べています。

私も、前任校の学部長就任直後の最初の1年間は、学部改革を一人でなんとかしようと悩んでいました。その時は改革の方向性も定まっておらず、いろいろ仕掛けては見たものの、見るべき成果はあまりありませんでした。その後、たまたま全学レベルで「初年次教育改革プロジェクト」が立ち上がり、そのプロジェクトと連動する形で学部の初年次教育改革プロジェクトチームが立ち上がりました。初年次ライティング科目の立ち上げを始めとする初年次教育改革が実際に進んでいったのは、初年次教育学会の理事の方々の強力な支援をいただいたほかに、改革プロジェクトをチームとして取り組めるようになったことが大きかったと思います。

北陸大学では、着任1年前に学部改組プロジェクトに参加し、将来の同僚となる数名の教員と、月に1回程度顔を合わせながら、学部の方向性について議論を交わしました。プロジェクトメンバーと、学部改革の方向性について1年間かけて議論できたことで、着任直後から学部改革をスピーディーに進めることができたと思います。

学部改革をチームとして取り組むことは、改革の成否を左右する重要なステップです。改革のハードルが高いほどこのステップを重視すべきです。

いつ立ち上げるか

では、改革プロジェクトチームはいつ立ち上げればよいでしょうか? 学部長の任期は大学によって様々ですが、2年または4年しかありません。短い期間に成果を出すためには、改革プロジェクトチームを始動させるのは早ければ早いほどよいでしょう。

まずは、学部長就任が決まった段階で、現学部長と話し合う時間を作りましょう。学部改革が待ったなしの状況ならば、あなたにバトンを渡す学部長は応援してくれるはずです。そこで、現学部長には、任期中にどんなことを手掛け、どのような課題に直面し、何が原因で改革が進まなかったのかについて、率直に話をしてもらいましょう。

これは引き継ぎの意味も含めて重要です。大学では、役職者間で引継書を作成することが少なく、いろいろな取組が「やりっぱなし」になりがちだと私の元同僚だった友人が指摘していました。ただし、学部長が選挙で選出される場合だと、しばしば政治的な思惑が入り込み、前任者とスムーズな引き継ぎが難しいケースもあるかもしれません。

ともあれ、現学部長に改革プロジェクトチーム立ち上げの意向を伝え、了承してもらう必要があります。就任期間前からプロジェクトチームを立ち上げることができればベストです。もし、現学部長から承認してもらえなければ、あなたを理解し、サポートしてくれる数名の教員と、非公式レベルで今後の学部構想について話し合うだけにとどめておきましょう。

いずれにせよ、学部長就任と同時に改革チームを立ち上げられるよう、学長執行部への根回しを含め、できる限りの手は尽くしておきましょう。

誰に参加してもらうか

学部改革プロジェクトチームには、改革への強い意志を持っている教員に参加してもらうことが大切です。あなたを補佐する予定の副学部長や学部教務委員長に参加してもらうことはもちろんですが、年齢や職位といった既存の組織の論理を気にしてはいけません。学部内のパワーバランスの観点から、参加してもらったほうがよいと思われる教員もいるでしょうが、そういう人への遠慮は無用です。前述したように、既存の組織構造や力関係のもとで改革を進められるのであれば、わざわざプロジェクトチームを立ち上げる必要などないのです。

プロジェクトチームが成果を出すためには、学部長が本気で一緒に仕事をしたい人たちを集めるべきです。その際、構成員一人ひとりが当事者意識を持っており、自分の意見を遠慮なく出せる率直で意志の強い人を選びましょう。また、多様性の観点から若手や女性教員からメンバーを選ぶのも一つの考え方です。ただし、メンバー選出に関しても、一人で決めるのではなく、多様な立場から意見を言ってもらえる人に相談することも必要でしょう。

また、改革内容を具体化するためにも職員の参加は不可欠です。学長、事務局長に根回しを行い、職員がメンバーに加わってもらうようにしましょう。その場合も、役職や年次にこだわるのではなく、危機意識を持ち、前向きで新しいアイディアを出せる職員さんに参加してもらうようにします。

私自身は、プロジェクトメンバーを選ぶ際には、改革に向けて実際に行動する人かどうか、また、学部長に対してはっきりと意見が言える人であるかどうかを判断基準にしていました。私に対してしっかりと苦言を呈することができる人に参加してもらわなければだめだと思っていました。

なお、メンバー数は固定する必要がありません。改革の進度に応じてメンバーを増やすことができれば、改革を広げることにも繋がります。複数のプロジェクトチームを立ち上げることもありえます。私も前任校で初年次教育改革プロジェクトに加えて、2年後にはカリキュラム改革プロジェクトを立ち上げました。

何をアジェンダとするか

プロジェクトチームのアジェンダ(検討課題)は、まず最初は「今後の学部の方向性について」以外にはありえないと私は考えます。学部の教育ビジョンや人材養成の目的を再定義し、教育改革の大きな方向性を考え抜くことこそ、プロジェクトチームおよび学部長が最初に取り組むべきことです。

この段階で、「どうすればオープンキャンパスの参加者が増えるか」とか「どうすれば退学者が減るか」といった個別課題を取り扱うべきではありません。そうした対処療法的なアジェンダを最初に設定してしまうと、おそらく結果ははかばかしくないものになるはずです。

なぜなら、募集問題、退学者問題、成績不振者問題、就職問題などの個別問題は、そもそも学部の方向性が曖昧で、競合校との違いが打ち出せず、教育が組織的に動いていないことが根本にあるはずです。根本的な問題に手を付けずに、個別問題に対処療法的に対応しても、結局はプロジェクトに参加した教員が疲弊するだけです。

どのようにチームを運営するか

プロジェクトチームは、「チーム」です。チームを運営するにあたって、学部長が注意すべきポイントを考えていきましょう。

「心理的安全性」というキーワードを世に知らしめたエイミー・エドモンドソンは、チームの成功には、4つの行動が必要だと述べています(『チームが機能するとはどういうことか』英知出版、2014年)。すなわち、はっきり意見を言うこと、協働すること、試みること、そして省察すること、の4つです(p.71)。メンバーが互いに率直に意見を述べ合い、協働の姿勢と行動をとり、何度も試み、プロセスと結果をしっかりとふりかえり次につなげられるようなチームが、成果をもたらすために必要になるのです。

そのためには、学部長がまずチームに期待する行動規範をきちんと伝えましょう。たとえ学部長に対して耳の痛いことを言っても正当な意見ならば認められることや、トライアルアンドエラーが推奨されること、メンバーの中で生産的な対立が生まれることを歓迎する価値観等を伝えるべきです。

こうしたリーダーシップは、チームに心理的安全をもたらし、チームが前に進むために必要です。自信がなければ、「自分はチーム運営の経験が少なく、失敗することも多いかもしれない。そんな時は遠慮なく指摘してください」とメンバーに伝えればよいのです。改革プロジェクトチームは、学部長がリーダーシップを身につけるためのトレーニングの場所でもあるのです。

私自身も、前任校の学部長時代に、自分のリーダーシップがいかに不十分であるか、そのことについてプロジェクトメンバーがいかに不満に思っているかを率直にぶつけられる機会が何度もありました。それを受け入れることで、私も少しずつ成長すると同時に、チーム全体も動き出したように思います。誰もが「未熟な学部長」から始まると考えたほうがよいでしょう。そんな未熟な自分を率直に認め、メンバーの声に率直に耳を傾けることから、次第に周囲の教員から認められるリーダーに成長していくのではないでしょうか。

なお、エドモンドソンは、「心理的安全を高めるためのリーダーシップ行動」として、次のようなリストをあげています。

・直接話のできる、親しみやすい人になる
・現在持っている知識の限界を認める
・自分もよく間違うことを積極的に示す
・参加を促す
・失敗は学習する機会であることを強調する
・具体的な言葉を使う
・境界を設ける(望ましいことと、すべきでないことを明確にする)
・境界を超えたことについてメンバーに責任を追わせる(メンバーがすべきでないことを行ったり、目標達成できなかった場合、メンバーの責任を明確にする)

(前掲, p.181)

エドモンドソンは、そもそもこういった行動がリーダーにとって「ときに経験と相容れない姿勢や行動」であると認めています(p.180)。リーダーだからといって自然とできる行動ではないのです。しかし、このような行動をリーダーが意識的に取ることによって、「メンバーが相互に質問したり意見を述べたりすることを尊重しあう環境づくりをリード」できるのだと述べています。

会議をどう工夫するか

プロジェクトチームがチームとして機能するには、「チームビルディング」が必要になります。最初はバラバラだったメンバーが、一体となったチームへと成長するための仕掛けが求められるのです。

ただし、そのために、みんなで森の中にチームビルディング・アクティビティを行うという意味ではありません。そうした活動ができれば素晴らしいことですが、もっと身近な方法から始めていきましょう。普段の会議でもコーヒーやお茶菓子などの準備をしておくことは重要です。また、ホワイトボードや付箋を使った形式で進めていくこともよいでしょう。

北陸大学経済経営学部カリキュラムWGの様子

できれば、予算を獲得し、大学を離れて「オフキャンパス」形式で会議や研修を行うとよいでしょう。コッター教授も次のように述べています。

誰かが音頭を取って、チームメンバーをまとめ、自社の問題点やビジネスチャンスに関する認識を共有させ、必要最低限の信頼関係とコミュニケーションを築き上げなければならない。その歳の常套手段は、会社から離れた場所で二、三日、合宿形式のミーティングを開くことである。5〜35人までの幹部たちを、数ヶ月に何度かこのような合宿に参加させている例は数多い

コッター、前掲、85頁

オフキャンパス合宿研修は、集中的に課題に向き合い、参加者の一体化を促進し、チームビルディングにとても効果的です。合宿所を持っている大学であれば、そういう場所が使ってみると良いでしょう。また、ゲストあるいは講師として外部のFDerに参加してもらってもよいかもしれません。

正式な会議体(教授会)との相互作用を目指す

プロジェクトチームと正式な会議体は、ある意味で、水と油の関係にあります。プロジェクトチームは手続きよりもスピードが重視され、フラットで自由な雰囲気が求められます。一方、教授会のような正式な会議体は、職位の上下やデュープロセス等が重視されます。プロジェクトチームは短期間で成果を出すため脚光を浴びがちです。一方、教授会は「抵抗勢力」として見られがちです。

当然ながら、プロジェクトメンバーに加わらなかった(=声がかからなかった)教員の中には面白く思わない人もいるはずです。そのうち、教授会が蔑ろにされていると考える教員が出てきても不思議ではありません。教授会を無視して改革を進めようとしているとか、学部長と仲の良い教員だけを集めようとしているという声が出てくることもあるでしょう。

そこで、まず、プロジェクトチーム立ち上げ時には、学部長は教授会で次のように伝えておくべきです。

「学部改革は、教授会とプロジェクトチームの両輪で進めていきます。公式の会議体と機動力あるアドホックなプロジェクトが噛み合うことで改革が進みます」

続いて、教授会でプロジェクトの経過報告を丹念に報告し、教授会の理解を得ながら進めていくことが必要です。それは、プロジェクトに加わっていない教員に不信感を持たれないためだけではありません。プロジェクトチームがいかに成果を出そうが、その内容を教授会でオーソライズすることではじめて学部全体での組織的な取り組みにつながっていくからです。

私も、北陸大学でカリキュラム改革を行ったときには、1年間でカリキュラムワーキンググループは1年間で19回開催しました。その内容については、教授会で合計8回にわたって審議事項として徹底的に議論を行いました。プロジェクトと教授会は別個に動きながらも、密接に繋がっているべきです。それはプロジェクトチームが、教授会から信頼を得ることにつながり、結局は組織的な成果へと結びついていくのです。

それでは、プロジェクトチームでアジェンダとして設定される「今後の学部の方向性について」とは、どのようなものであるべきでしょうか? 次回はいよいよ学部ビジョンについてです。

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