2013年4月 思い出の築地市場

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その時ホテルで働いていた私は、お客さまに案内できるよう、時間を見つけては都内の観光スポットを巡っていた。築地市場でのマグロの競りは、お客さまからよく行き方などを聞かれる場所で、行かない理由はなかった。

市場はとにかく朝が早い。このマグロたちが寝っ転がっている写真を撮った時刻は午前5時半である。働いている人たちは一体何時に出勤していたのだろうか。また、見学者たちだって、受付のために朝4時には市場に赴いていた。当時は、あまりにこの見学が人気のため、5時に行っても定員締め切り受付不可、という事態が頻発していたのだ。夜型人間の私からすると恐ろしいほどの朝活がここでは繰り広げられていた(ちなみに私は終電で近くまで行き、近くのファミレスで受付まで時間を潰した)。

受付をすませると、椅子のない待合室に通されたのだが、そこは超多国籍の密な空間と化していた。とてもたくさんの人が、その日もマグロの競りを見にきていた。見学者たちは黄色い蛍光色のベストを渡され、さっそくそれを着て、意気揚々と競りが始まるのを待った。

さて、実際の競りを見た感想だが、関係各所には大変申し訳ないのだが、たくさんのマグロとたくさんの真面目に働くおじさんがいるな、という以上の気持ちが持てなかった。そもそもこれはエンターテイメントではないので、当然と言えば当然の感想とも言えた。周りの見学者たちも、おおむね私と同じ感想を抱いていたように見えた。競るおじさんたちが何を言い合っているかは、日本人の私にもよくわからなかった。また、彼らは見学者がいることにストレスを感じているようにも見え、少し申し訳なくも思った。ここに来てよかったのかな。

ただ、近くにいたイタリアから来たシェフらしき人はお付きの人とかなり興奮した様子だったので、見る人が見れば分かる面白さなのだろう。

何か肩透かしを食らったような気分でせり会場を出ると、小さな食事処や商店が並んでいた。せっかくだからお寿司でも食べて帰るか。私はひときわ行列のできている寿司屋に並ぶことにした。行列=うまい、という単純すぎる連想だ。この日は雨で寒かったので、天気のいい日よりは早く席につけるような気がした。1、2時間待っただろうか。寒さと孤独で心の凍てつきも最高潮になったころ、店内に案内された。小さなカウンターの店で座席はお客さんでひしめき合っていた。「さむかったでしょう?」「お待たせしてごめんねなさいねぇ」と言う寿司職人さんたちの温かな声に、心は瞬時に溶けた。そして寿司は最高にうまかった。「寿司大」というお店だった。

それ以来仕事では、「築地に行きたい気もするけどどうしようかなぁ」と心決まらないお客さまにはこの寿司大を、こそっと、しかし力強くおすすめしていた。あの寿司はどんな人も幸せにする、という確信があった。

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市場は築地から豊洲に移転し、今はマグロの競りも見学用の専用デッキがあるらしい。また、朝4時などの早朝に行かなくてても見学できるようになったとのことだ。よかった。あれはかなり難易度の高い観光だった。

また寿司大も豊洲に移転し、営業を続けているようだ。この状況下で今はお店を閉めているようだが(先ほどSNSで見た限りだが)、少なくともお店はある。これはもう、また関係各所には大変申し訳ないけれど、競り見学の環境整備以上にめちゃくちゃに私にとっては嬉しいことだった。あの幸せは何にも代えがたいのだ。

いつかまた寿司大に行けるだろうか。あれだけ人にすすめまくっていたくせに、あれっきりまだ1回しか行ってないじゃないか。ばかだ私は。勝手だが、どうかこの時間をしのいでほしいと願ってしまう。そして、そう願う店は他にも沢山ある。願う以外に、今何ができるのだろうか。

今日もお疲れ様でした。

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