見出し画像

ほぼ毎日エッセイDay9「天気頭痛の子」

「何かに押し潰されそうな感覚があって、それに必死で抵抗しようとする圧力が頭の内側にもあるのよ。私は頼んでもいないのに。外側からも内側からも圧迫されて、私はその真ん中の薄い膜みたいなところでしか呼吸ができない。そういうのが天気が悪い間ずっと続くんだよ」

その日初めて会った僕らは、品川方面へ向かうりんかい線の車両の中にいた。動体視力を試すといった感じで、窓の外の駅看板の文字が引き伸ばされたり、押し潰されたりしていた。車内の冷房は効きすぎていて、冷徹な風が、靴で跳ねた雨に濡れたロングスカートの裾を無情に冷まし続けていた。タオルか何か持ってくるべきだったのだ。
「おまけに、私もうすぐ」というところまで呟いて彼女は口を噤んだ。


水族館ではクラゲの特別展示をしていて、彼女は真剣にクラゲを眺めた。ライトに彩られたクラゲは魂の救済でも求めるみたいに水槽を浮遊していた。
イルカショーの時間になると、どちらからともなく手を繋いで(なんとなく何かを試すような雰囲気があった)、人混みを掻き分けながら僕らは会場へ向かった。周到な訓練と打ち合わせの通りにイルカたちはパフォーマンスをし、尾びれで水を叩き、たくさんの観客を濡らした。きゅー、きゅー、とイルカは楽しげに鳴いた。


相変わらずドシャ降りの中、品川駅に戻ると「耐えられない」と言って、彼女は改札の向こうに消えた。

次の日、「あなたに悪いことをした」と彼女は連絡をくれた。
「なにもあやまることはないんだ」としかそのときの僕には言えない。

低気圧のニュースを見るたびに、その子を思い出す。

よろしければお願いします!本や音楽や映画、心を動かしてくれるもののために使います。