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音楽よもやま話-第8回 ゴスペラーズ-愛してるなんて言ったこともないが、そう歌いたかった

路地裏のバーで

「学校のさ、一番響くところを探し回ってさ、歌ったよね?」
街の通りから少し外れた路地裏のバーで催された二次会では、度数の高いカクテルを片手に思い出話が花開く。
「渡り廊下が一番響いたんだよね、たしか。それで放送部に頼んで録音までしてもらってさ。あの録音どこ行っちゃったんだろうなー」スナック菓子を頬張りながら、空間の一点を睨む。
「そうそう。歌ってたら、人だかりが出来ちゃってサ、困ったななんて思いながらちょっとカッコつけてた」友人の指がクルクルとウィスキーに浮かぶ氷を回すと、氷は店内のセピア色の照明を反射した。冬の夜の中で淡く輝くメリーゴーランドのようだ。
「定期演奏会でも文化祭でも、クリスマスコンサートでも歌った。なんか合唱曲よりも必死に練習してたような気がする」
「なんてったっけ?」
「忘れたの?」
「いやいや、忘れてない」
「こう歌ったんだよ」

◇◇◇◇◇

古典の再テストは置いてけぼりで

10年前。
コンサートの開演時間までもう30分も無くて、僕は焦っていた。先生、ゴメン。今日は古典の再テストになんて、かまってらんないんで。この埋め合わせは必ずするよ。帰りのホームルームを早退して市民文化ホールへ車を走らせてもらって、コンサートへ讃歌した。梅雨が駆け抜けた後の、良く晴れた6月のことだったはずだ。
確かあれは、15周年漂流記 春夏。
会場、開場、開演。ステージに映える5つのシルエット、その5つのマイクロフォンが届けるソウルナンバー、ラブソング。どうしても、聞きたかった曲があった。それはアンコール、最後の曲。「ひとり」。あいしてる~♪の印象的なフレーズで始まるアレ。


「愛してる」って最近言わなくなったのは 
本当にあなたを愛し始めたから


このセンセーショナルな歌い出し、余りにも強引すぎるんだけど、「愛するってそういう具合にだんだん言葉を伴わないくらい好きになることなのかなぁ」なんて漠然と、夕暮れに散歩をしながら聞いていたものである。一度離れた二人が、たったひとりのためにもう一度深く愛そうっていう誓いの曲なんだけど。わらば少年は、誰にもかけてあげる愛の言葉など持てずに大人になりゆく。

で、生で聞いた時に、自分でも歌いたいと心の底から強く願った。高校でも合唱部には入って、曲がりなりにも歌は続けていたし、人数さえ集めることが出来れば歌えるだろうと確信していた。
愛してるなんて言ったこともないが、そう歌いたかったのだ。根拠なんてないが、愛してると歌って、その声が届いていく先が僕らにもあった気がするのだ。

アイザックスターンホールの残響時間はおよそ2秒

「はじめて聞いた! これやりたい」僕が貸したiPod nanoから伸びるイヤフォンの片耳を外して、驚きと決意の眼差しで友人が言った。やっぱりな。ノってくれると思ったよ。
「へっへ~ん、そう言ってくれると思ってさ、見つけたんだよね、楽譜。ありがたいぜ名も知らぬ歴々の先輩方」音楽室の隅っこで霊安室のように鈍い光を返す本棚の中に、その楽譜は眠っていた。「誓い」「永遠に」「ひとり」「Promise」が収録されている。
コンクールの課題曲である、ラテン語の宗教音楽なんてほとんど見向きもせず、僕らは練習した。黒く艶やかなYAMAHAのグランドピアノの周りに集まって。

冒頭4小節のコード進行が基本となっていて、フレーズごとに音を足したり引いたり色んな展開を見せていく。「ウーアーコーラス」が歌詞の主人公の背景音楽となって、恋愛模様を文字通り変化させていく。僕がベースをしたとき、弦楽的なコーラス歌唱法ではなく器楽的に歌うことを努めた。コントラバスというよりは、オーボエ的なイメージで。サビにたどり着くと瞬時にすべてのパートが「字ハモ」に移り変わる。歌い出しよりはあるいはずっと落ち着いた感じで。「やくそくしたんだ」、「あるいていくんだ」と誓いを立てるたびに力強く。とにかくこの曲の醍醐味はサビの字ハモなわけ。トップのパートが歌う主旋のメロディは、感情が爆発しちゃってほとんど全部ファルセットだし、そのバッキングのコーラスはコードの構成音のみで真っ直ぐハモる。真っ直ぐハモったかと思えばメロディと同じ動きを見せたり。そして最後にトップのパートだけが残る。

アイザックスターンホールの残響時間はおよそ2秒間。豊かな響きの残響が、浜に打ち寄せる波のように朧げに、ただし確実に観客の心に届いていく。濡らしていく。
その2秒をあとに、コンサートホールに響きわたったのは、観客のざわめき、そして賞賛の拍手だった。その日、学校で一番目立つ存在に我々は生まれ変わった。あの感覚は何ものにも代えがたい快感だった。
大学に行ってアカペラをはじめたのだってもう一度「ひとり」を歌いあの快感に酔い知れたかったからだ。僕自身が紡ぎ出す音楽の中心はいつもゴスペラーズとともにあった。


「永遠に」「星屑の街」「Promise」「潮騒」「終わらない世界」「侍ゴスペラーズ」「Love me! Love me!」「ウィスキーがお好きでしょ」「夜をぶっとばせ」「Stand By Me」「星空の五人」「Never Stop」「いろは」「One more day」「Platinum Kiss」などなど。


いつも誰かがそばにいた。いつも誰かがそばにいて一緒に歌っていた。ゴスペラーズの音楽には「誰か」の存在がある。

おすすめ


初心者向けゴス曲はそっと君のポケットにG10なりG25なりを忍ばせてあげるとして、君に直接手渡して、ヘッドフォンに手を添えながら聞いてもらいたい珠玉の10曲はこちら。お気に召せば、日常のお供に。

Right on, Babe

夏の夜に海へ出ると、生暖かい潮風が涙を乾かす。それでなんのために泣いてたんだっけ、って4分33秒間だけ忘れることができる。そういう感覚の歌。なんといっても酒井雄二のどこか諦念漂う、それでいて優しいクリアボイスがいいね。

Yes, No, Yes...

YesとNoの二つの言葉だけで、夜の輪郭をなぞり、その濡れた指先が夜と二人の境界線をぼやかす。安岡優のあくまで妖艶で耽美な甘い声に耳がとろける。

北極星

透明感を持った情緒ある北山陽一のリードから、黒沢薫のエモーショナルなハイトーンボイスへ。あまり知られていないアカペラ曲だと思う。

真夏の夜の夢

しっとりとしたバックミュージックの上で繰り返されるリフレイン。だんだんと感情が吐露されていく黒沢薫の声が好き。

LAZY RAIN

ゴスペラーズの最高傑作だと思う。村上てつやのファルセット・リードから酒井雄二へバトン、そして黒沢薫のキリキリと琴線に触れてくるサビ。サビの裏でハモる北山陽一の声が好き。2番サビ「止められないことぐらい」の”ぐらい”を何万回もリピートして聴きたい。

愛は探し出すのさ

ファルセットで歌うリーダー・村上てつやもいいけど、語りかけてくれるように優しく歌うリーダーの歌声が一番魅力的なのだ。

Love Vertigo

イントロのアドリブだけで心がいっぱいいっぱいになる。そこにきて「倒れてゆくように恋をした」だ。酒井さん、あなた罪な男だ。

狂詩曲

ライブで何人かシャツがはだけてる、エロい曲。あぁもうけしからん。村上てつやも黒沢薫もひときわ存在感を放ってる。でも短いフレーズでも強烈な色気の残り香を放つ安岡優はさすがとしか言いようがない。

一筋の軌跡

こういう爽やかで、みんなで歌えるところもあって大団円を迎えることができるような器の大きい曲、大好物です。

Right by you

ゴスペラーズ最高傑作(二つ目)。俺主演のドラマがあったら主題歌にしてくれ。奥深い物語が隠されていそうなラブソング。

エピローグ

バーを出て、改めて友人を祝う。
「結婚、おめでとう」
愛してると歌って、その歌声が届く先は確かにあった。そしてあり続ける。

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