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大項目から決断してゆくことへの違和感

大きな買い物などの決断をするとき、世の中一般的には大項目→小項目へと絞ってゆく決め方が当たり前で、私の感覚とズレている気がする。このことを言葉にしようと試みた。

車検が近付くといつも悩む

今乗っているスペイドが次の秋に車検を迎えるので、この連休は車検前の見積もりに行ってきた。毎度、このタイミングでは選択に悩む。

選択肢1: 新車か中古に買い替える
選択肢2: 車検を受けて乗り続ける
選択肢3: 手放してシェアリングに移行

2人目の子供が産まれたタイミングで、それまで乗っていた軽自動車(愛称:コテツ1号)ではチャイルドシートが入りきらなくなり、妻方の親戚と物々交換で今乗っている車が家にやってきた。新車から数えて10年を超えるので、カーディーラーに言わせれば買い替えても良いタイミングではある。

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利用状況については、妻は車を運転しないので私が休みの日だけ週一程度で乗る。半年に1回は2~3泊で帰省したけれど、最近は行ってない。この頻度であれば、日常使いはタクシーかカーシェアで置換え、遠出の時はレンタカーを利用しても、車代・駐車場代・維持費より安くつく見込みである。利用頻度に見合うコストだけ払えばよいカーシェアは魅力的だ。

カーシェアに抵抗があった理由として、これまでは「チャイルドシートの付け外しが煩雑だった」のが、ここ最近は子供達も座布団タイプでいけるくらい成長した。カーシェアの選択肢は「今か or 次か」で候補に挙がる。ただ、私の計画性なさも問題で、その日のノリで行動を決めたいのが、カーシェアーだと予約が取れない可能性もある。所有していると思い立ったらすぐ使えるのは捨てがたい。

不便不安なく移動できる意味で、今の車でも整備されていれば不調もないし、道具としては過不足が無い。もし買い替える選択肢があるとすれば、所有することへのワクワク感くらいのものだろうか。もともと所有欲は強くない私は、ディーラーの新車を見てもトキメキが薄かった。もし買い替えるとすれば、クセのある車とさえ思う。

大項目から決まる前提への違和感

先の選択肢は、カーディーラーが選んで欲しいだろう順番に並べた。私が選択肢1~3のどれなのかを決めてから話をすることで、相手にとって「せっかく話を進めたのに無駄になる」ことは避けられるだろう。

一足飛びに決められなくても、以下に挙げるツリーような大項目→小項目へと決めてゆくのが世の中の常識だろうとは思う。

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一方で、自分が判断するプロセスはそのようになっていない。以下に挙げるような価値観を優先度付けして、それぞれの選択肢が価値観をどのくらいを満たすのかを調べて、重み付けをかけて決める。

・不便不安がなく移動できる
・思い立ったらすぐに使える
・利用頻度に見合うコストだけ払えばよい
・所有や乗ることへのワクワク感

すべての選択肢を洗い出すのは労力もかかるけれど、自分のイメージに合っていない大項目から絞ってゆくのも、枝刈りしたところにある最適解を漏らしてしまう気がする。

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私としては「自分がどれだけその価値観を大事にしているんだろう?」「実際にやってみたらどのくらい満たされるんだろう?」というのを試しながら探ることで決断へと向かっている。ところが、悩みに伴奏してくれた人からすると「いきなり選択肢がジャンプした」ように感じてしまうようだ。

だから何という訳でもないけれど、生活していて感じるメンタルモデルの違いを言葉にしてみた。


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