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染物屋の椅子


あぁ、あの子かい?あの子はよく来るよ。しばらく、あぁやって座ってそのうち帰っていくさ。さぁね。悲しいのか嬉しいのか、アタシにゃ分からないよ。

ただ、楽しいことを置き去りにしたいやつなんているかい?たぶん、そういうことだよ。

ほら、奥に座ってる若い母親と子どもがいるだろ?あの坊やだって座るんだから。

え?あんなに小さいのに?って?
小さくったって、色々あろだろうよ。アイスクリームが溶けたとか、風船が飛んでいくことだってあるだろうし。
人様の感情に重いも軽いもあるかね。そりゃあ、差別ってもんじゃないかい?

朝になったら、その椅子に彩玉が出来てるんだよ。それを瓶に集めて入れて。沢山取れる時もあれば、そうじゃない時もあるさ。最近は、ちょっと多いかもしれないね。

彩玉が何か?って?あんた人の話きいてたかい?瓶に入れて置いとくのさ。そしたら、色が出来上がってるんだよ。時間?さぁ。どれくらいかね。出来た時がその時だから、時間なんて考えたことないよ。

あんたのその服、どうやって染められたか知ってるかい?何もかも知ってるやつなんざ、いるのかね。今、目に見えてるもの、それだけでみんな手一杯じゃないかい?

色?アタシが決められるわけないだろ。彩玉任せさ。何色になるかなんて誰にも分かりゃしないよ。明日何が起こるかあんたには分かるのかい?

悲しみが悲しい色になるとは限らないしね。悲しみは深く深ーく沈むからね。その上澄みが一番綺麗でアタシは好きだね。もう長らくそんな色のモノは身につけちゃいないけどさ。

楽しさは軽やかだろ?だから、色止めが難しいんだよ。うちではあんまり扱ってないね。
さあ、何処で扱ってるかなんて、アタシには分からないよ。


みんなここに勝手に置いていくのさ。明日を生きるためにね。それを頂いて色にしてモノを染めて、アタシはずっとそうしてやってきたんだよ。

挨拶?されたことなんかないね。忘れることが大事ってあるだろ?え?ないのかい?


あぁ。そうか。あんたにゃ、アタシがみえるんだったね。じゃ、しばらくあの椅子には用はないだろうよ。

あんた、よくよく幸せな子だよ。アタシが保証してやる。


早いとこ帰りな。





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