カフェなんてものがまだない時代の

それぞれ行きつけの喫茶店があった。 学年やクラスにクラブ、色んなカテゴリー毎に上手く店を棲み分けしていた。 属している場所があるだけ行きつけの店も増え、顔を覚えてもらうと、裏メニューを飲み食いできた。 

かれこれ40年程前の話。

ホットドッグが美味しい店、朝だけ学生に安くしてくれる店、マスターの思い付きパスタが格安裏メニューで出てくる店、休業日に個展と称する雑多なものを並べるためだけに店を開放してくれる店など、特徴を上げだすときりがないぐらい沢山の店が、徒歩圏内にあった。 

 入学したて、入部したての新参者は、とりあえず先輩に誘われて初めて、先輩方の行きつけに「行く」ことを許される。 他のカテゴリーの行きつけにはなるべく足を踏み入れないという暗黙の了解もあった。 たまにまだどのカテゴリーにも属していない人たちが、カウベルを鳴らせて店内に足を踏み入れることもあり、 行きつけ組の「あれは〇〇の奴ら」という目と、新参者の「やばっ。」という緊張感で、一瞬場が凍る。 そういう時は、マスターが行きつけ組から遠くて、ドアに一番近い席に案内して、人一倍優しい声で応対するのを見届けてから漸く、行きつけ組が新参者から視線を外す。初めのうちは、少し歪で怖い世界だと思った。

人気の店は、曜日や時間帯でも訪れるカテゴリーが細かく分かれていたから、うっかり訪れると見たこともない人間と話題で盛り上がっている異空間の扉を開いてしまうことになる。 行きつけとは言え、ただお茶を飲み駄弁りに行くためには、曜日と時間の確認は必須だった。

先輩と呼ばれる立場になると、以前の先輩の手垢が付いていない自分たちだけの場所が欲しくなる。 新規オープンの情報が入ると、いち早く駆け付け通い、マーキングに精を出した。 「いつもの」でオーダーが通り、むやみに水をつぎ足しに来なくなり、オリジナルメニューのレシピを教えてもらい、教師の巡回情報を教えてくれるようになれば、行きつけ認定である。 

私にも、いくつかの行きつけがあった。 先輩に連れられた行った手垢の付いた幾つかの店、仲間と開拓した新規の店。

その中で特に忘れられない飲み物がある。 

入学したてで連れられて行った昔ながらの喫茶店で、注文したクリームソーダ。 豪快なママが作るクリームソーダは、赤かった。私はグリーンの普通のクリームソーダが飲みたい…。 控えめに先輩に抗議すると、それを耳にしたママがカウンターの中から「女の子は赤でしょっ!」と有無を言わさぬ圧を掛けてきた。 メニューのどこにも表記されていないクリームソーダにおける男女の棲み分け。 意味わからん。 薄い苺シロップの味しかしない甘ったるい炭酸水。 数回通ったが、こちらの希望を聞いてグリーンのクリームソーダを出してくれることはなかった。 あの頑固さは誰得なんだろう。

今思えば・・・

 制服を着た男女が向かい合って色違いのクリームソーダを飲んでいる・・・昔懐かしい漫画にあるような世界を見たいだけ、自分の手でそれを作りあげたいという、あの豪快なママの唯一の乙女心がなせる業だった気がしないでもない。被害者はきっと私だけではないはず



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