こしあん荘のお台所日記

懐かしいオレンジ色に染まる、夕焼け町のアパート「こしあん荘」 4部屋の住人さんは、変哲…

こしあん荘のお台所日記

懐かしいオレンジ色に染まる、夕焼け町のアパート「こしあん荘」 4部屋の住人さんは、変哲も無く、趣味も仕事も違うけれど、一つだけ、みなさんが愛して止まないのは 美味しいものを作ること、そして食べること。 今日もまぶたを閉じると浮かんでくる、オリジナル小説です。

最近の記事

#04 102号室 いももち

「寝坊して楽単落としたけど、  俺は泣かないと決めた」 隼人にそういってLINEを送ったあと、くしゃくしゃになった布団の上で、朔は力尽きた。 というのは嘘。自分で自分がおかしくなって、笑い出した。こじんまりしたアパートの一室が、壁中こぞって笑っているようだった。 朔はそういう男子大学生だった。 昨日の夜から、次の冒険先はどこにしようかと、 パソコンと『地球の歩き方』をちゃぶ台に広げ、 結局窓の向こうの山際が白み始めるまで起きていたツケが回った。 おかしいなあ。 上の階

    • #03 202号室 半熟卵がけご飯

      「おばあちゃーん。上履きがなーい」 オレンジジュース色のドアの 202号室の月曜日は いつも和花の元気な困り声で始まる。 洗面所の 綺麗に磨き込まれた鏡の前で、 真っ白い髪を結い上げていた八重子は ひょい、と顔だけ廊下に突き出した。 「ちゃんと洗って、 ベランダに干しておいたでしょ。お外見てごらん」 しばらくして 「あったー!」とまた元気な声が返ってきた。 八重子は「でしょう」と呟いて、 それから鏡の中の自分によおしと気合を入れ ぎゅっと割烹着の紐を結んだ。 今年

      • #02 101号室 カレー

        「ラムネ色のドアが、真夏の山を思わせていいね」 と、夫の正一と決めたのは、15年以上前のこと。 当時、大きなお腹を抱えていた香織は、 「こっちへおいで!」 と呼んでいるような遥かな山々と その麓に抱かれた  夕焼け町を見渡せるこのアパートを、 一目見て好きになった。 それから、 夕焼け町のいちとせ病院で、息子の卓哉を 2年後には娘の凛を出産した。 現在は、 中高生になった子ども達2人、 42歳の夫 正一、そして柴犬の餅太郎の 合わせて4人と1匹で、このアパート『こしあん

        • #01 201号室 コロッケ

          レモネード色の扉が可愛くって、 美琴が『こしあん荘』に引っ越してきたのは 2年前の春のことだった。 新卒で入った都会の広告代理店を辞めて、 土に触れる仕事がしたいと思ったのは、 23歳になった日のこと。 それ以来、吹春美琴は 懐かしいオレンジ色に染まる 夕焼け町の外れの農家で働いている。 夜が明ける前に起き出すと、 赤い長靴とそら豆色のツナギ姿で、 長い長い坂道を下り、朝靄の中を町に向かって歩いて行く。 やがて山の向こうから太陽の光が差してきて、あちこちの家から、人々

        #04 102号室 いももち