ロングヘアー

夫とは高校生の時のバイト先のコンビニで出会った。

当時夫は大学生で、坊主頭にガリガリに痩せた体、制服をだるだるに着崩していて休憩時間にはカップラーメンと煙草という見るからに悪そうで不健康そうな若者だった。

勤務時間もずれていたので挨拶や軽い会話をかわす程度で数ヶ月がたち、夫が先にバイトを辞めた。

夫は在籍中ずっとそのスタイルだったので、私から見た夫の印象は坊主のガリガリBボーイだった。

それから10年あまりの時がたった。
SNSでゆるくつながっていた私たちだが、夫のインスタの投稿を見て心底驚いた。
その投稿には、ギターを抱えてすかしている彼の姿。
久しぶりに見る元坊主のガリガリBボーイは
中肉中背となり、胸上まである長さの髭面ロングヘアーおじさんに変身していた。
しかももみあげと繋がってるタイプ。
ちなみにBボーイスタイルは年齢的にも卒業していた。

それを見た時の心の中の第一声は
「いや無理すぎる!ロン毛似合ってないしなんか無理すぎる無理!」だった。
私はめちゃくちゃにロン毛が苦手なのである。
無理すぎてそのスクショを姉に送った。

当時の私はまさかこの人と結婚することになるなんて1mmも思っていなかった。
そして姉にもまさかこの人がギリの弟になるなんて思ってなかっただろう。

そんなこんなで、
彼のインスタの投稿によく出てくる音楽スタジオやライブハウスが私の職場の目と鼻の先だったということにコメントをしたのがきっかけで、
特に仲が良かったわけでもない私たちが軽いノリで10年ぶりに顔を合わせることになった。

バイトをしていた頃、夫は大学に通いながらラッパーとして音楽活動をしていた過去がある。
昔からおしゃべりな私はそれを知った当時、ライブ行ってみたいだの音楽聞いてみたいだの調子のいいことをペラペラと話していたので、
ラッパーとしてリリースしていたCDを過去に夫からもらっていた。

当時iPodに入れてよく聞いていたものがそのままiPodに入っていたので、話のネタになるかなと
10年越しの再会の待ち合わせに向かう道中でそのCDを聴きながら向かった。

そのCDは全8曲ほど入っており、セルフプロデュースの曲とラッパー仲間とセッションしている曲が入っていた。
音楽はもっぱら聞くだけ担当の私だが、大学生が作ったとは思えないクオリティで(本当に)当時はもちろんそれからも時々思い出したように聞き、口ずさむほど頭に入っていた。

なんせ10年ぶりの再会。
しかも特に仲良くもなく電話もしたことのない年上のお兄さん。
しかも髭ロン毛。(ここ重要)

私はおしゃべりではあるが沈黙が嫌いなタイプなので、顔を合わせてからのシミュレーションをしていた。
夫の曲を聞きながら。

そして待ち合わせ場所につき、ターゲットをあっさり発見。
やっぱりロン毛。やっぱり無理。笑
顔を見ただけで、このロン毛とこれからご飯を食べるのか、と覚悟をした。

そして夫がこちらに向かって歩いてきた。

そして私の目の前についた夫の第一声は、
笑顔もなく目も合わせずに口を小さく開けて発声した
「こんばんわぁ〜」だった。

なんやそれ。
とんでもなくスカしておる。

だいぶ動揺はしたものの、私は愛想がいいので
「お久しぶりでーす」と笑顔で軽く手をあげた。

そしてツカミとして、
「ここに来るまで前にもらったCD聞いてきたんですっ☆」と茶目っ気たっぷりに伝えた。

すると、夫は表情はそのままで眉毛を少し上にあげ、
アゴから顔をぺこりと下にずらしただけだった。
それに擬音をつけるならスン。

そんなことある?

私のシミュレーションでは、
「えーやめてよ恥ずかしい//」とか、
「まじ!まだ持ってたの!」とか、
そういう照れとか笑いとかアハハみたいな流れから
盛り上がって、ちょっと気まずい空気が緩和される的な
そういうプランだったんですけれど?

というか、過去にも2度同じようなパターンをもとバンドマンの人にしたことがある私の経験上、
その2人とも思った通りのリアクションだったので
夫のこのスカし具合に最初から心が折られ
テンションも下がり、早速帰りたくなった。

おまけにロン毛だし。

そこからどんな風に会話を切り出したかはもはや覚えていないが、
苦笑いをしていたことだけは覚えている。


つづく。