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#89:須賀敦子著『こころの旅』

 須賀敦子著『こころの旅』(ハルキ文庫, 2018年;原著は2002年刊行)を読んだ。著者の名前を初めて知ったのは20年近く前、亡くなられた後に全集が刊行されたことを取り上げた新聞記事だった。

 その時以来、ずっと気になってはいたのだが、実際に手に取る機会は訪れなかった。つい先日読んだ鈴木國文氏の著作の中で、著者の文章が引用されているのを読んで、この機会に著者の文章を一度何でもいいから読んでみようと決意して、近所の中古書店でたまたま見つけた本書を読むに至ったという次第。

 本書を読み始めて、最初に唸らされたのは、「旅のむこう」。そして、「きらめく海のトリエステ」。とどめは、「父ゆずり」。読み終えて、ただ、感嘆するばかり。柔らかな文章の、その行間からたちのぼる思いが、少しずつ胸に沁み入り、最後には、強く、鮮やかな心像が胸にずっしりと残る。月並みな表現だが、「絶品」と思う。

 このような文章の書き手をこれまで読まずにきたとは何という不覚。私は、仕事を引退したら、吉田秀和氏の書いたものを可能な限り読みたいと思っているのだが、須賀敦子氏の書いた文章も、できるだけ読んでみたいと思った。