見出し画像

#640:本格ミステリ作家クラブ編『見えない殺人カード 本格短編ベストコレクション』

 本格ミステリ作家クラブ編『見えない殺人カード 本格短編ベストコレクション』(講談社文庫, 2012年)を読んだ。本書には9人の作家の短編と、1篇の評論が収録されている。解説は我孫子武丸氏。

 収録作の中では、黒田研二「はだしの親父」が、私の印象に最も残った。父親が病死したときの奇妙な状況と家族の情とを絡めた作品で、ぎこちなさは感じるが、うまく構成された佳作であると思う。

 東川篤哉「殺人現場では靴をお脱ぎください」は、後にシリーズ化され、映像化もされたヒット作品の第一作とのこと。ユーモア小説的世界観と謎解きのロジックの切れ味とのブレンド具合が著者の腕の見せ所で、本作はそれが比較的成功していると思われる。個人的には、失礼ながら、これまで読んだいくつかの著者の作品の、“水と油”感が惜しまれることも少なくないのだが。もちろん、ブレンドがうまく行ったときのめくるめく落差感には得難いものがある。

 乾くるみ「四枚のカード」は、考え抜かれていて、アイデアを生かすための設定にも工夫が凝らされているが、動機の不自然さは置いておくとしても、最後に明かされる真相の手順に小さな“傷”があるように見えるのが惜しい。この程度の“傷”は気にならないという人の方が多いのかもしれないけれど。

 他の収録作品も、それぞれに工夫が凝らされているとはいえ、作品を成立させ、着地させるための無理の目立つ作品も多い(確信犯的な作家も混じっているが)。“本格ミステリ”と称されるジャンルはもともとそういうものでしょ、と言ってしまえばそれまでだが、少なくともその作品世界内ではそれを不自然でないように見せて読者をある程度以上納得させることも、このジャンルの基本的な“お約束”であり、作家としての腕の見せ所ではないかと思う。

 それぞれの作家さんたちの苦労には思いを馳せつつも、わがままな読者としては、勝手な期待を込めた感想を書きたくなるのだった。