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#110:今村昌弘著『兇人邸の殺人』

 今村昌弘著『兇人邸の殺人』(東京創元社, 2021年)を読んだ。評判になったデビュー作を半信半疑で読んで大いに感心させられ、期待と不安を抱いて読んだ第2作に唸らされての、待望の第3作が本書である。発売日の翌日に入手して、一気に読ませてもらった。

 著者の作品には、毎回周到な工夫が凝らされていることに感心させられる。著者は何かのインタビューで、デヴュー作を書くにあたって先行作品を相当に研究したと語っていたと記憶しているが、その成果は本作にも存分に生かされている言えるだろう。

 私が大学生の頃、講談社ノベルスを主戦場に、いわゆる「新本格ムーブメント」がわき起こり、次々に出版される新刊を貪り読んだものだったが、著者の作品には、その頃の諸作品の雰囲気が感じられて、私にとってはとても懐かしくも好ましく思える。そのような懐古趣味の眼差しで見られることは、著者には心外だろうけれど。綾辻行人氏の初期の諸作品、有栖川有栖氏の学生アリスシリーズ、あるいは、斎藤肇氏の「思い」三部作などなど。

 著者の作品の最大の特徴は、「組み合わせの妙」にあると言えるのではないかと思う。一つ一つの要素には類似の先行例があるとしても、舞台設定、推理のロジック、謎を提示して解き明かす手順、それらを包み込む物語性の設計の巧みさが、これまでの著作の作品の長所であると、私は評価している。例を挙げれば、、物語の最終盤の「脱出のロジック」には、私は大いに唸らされた。

 反面で、その入念な作り込みぶりに対しては、あまりに人工的・作為的だと鼻白む読者がいても不思議ではない(例えば、私自身も、若い頃にはそうした理由で麻耶雄嵩氏の作品を敬遠していた節がある)。

 前2作と比較すると、やや軽量級(とはいえ内容は十分におどろおどろしい)の作品と言えるかもしれないが、十分に水準を保った作品として、私は肯定的に評価したい。作品の発表ペースは少しゆっくりになっても構わないので、著者にはこの水準での作品づくりを今後も期待したい。次回作も楽しみである。