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#105:倉知淳著『豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件』

 倉知淳著『豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件』(実業之日本社文庫, 2021年)を読んだ。元の単行本は2018年に発行されたとのこと。著者の作品は結構読んでいる。調べて確認してみると、既読は、おおよそ刊行順に、『日曜の夜は出たくない』『過ぎ行く風はみどり色』『占い師はお昼寝中』『星降り山荘の殺人』『幻獣遁走曲』『壺中の天国』『猫丸先輩の推測』『ほうかご探偵隊』『猫丸先輩の空論』『なぎなた』『こめぐら』『シュークリーム・パニック』『片桐大三郎とXYXの悲劇』『皇帝と拳銃』。ほとんど読んでいる(笑) 好きな作家の一人である。

 本書は、多少寄せ集め感の漂う、軽めの短編集。もっとも、「軽い」のは良くも悪くも著者の特徴ではある。著者のファンになら勧めることができるが、一般の読者にはあまり勧められないかな。著者の作品が未読の人には、「猫丸先輩」シリーズがおすすめ。特に、著者の数少ない長編作品の一つ、『過ぎ行く風はみどり色』は傑作だと思う。私は読んで驚かされ、唸らされた。『片桐大三郎とXYZの悲劇』も個人的には好きな作品であるが、これは下敷きになっている古典作品をよく知っている方が楽しめる。

 著者の特徴は、結構な仕掛けを作中に潜ませていることがあるのだが、演出効果を狙わないこと。おそらく、意図的に、仕掛けが目立たないように、真相を明らかにする過程でも、さらりと、仕掛けについての説明をこれ見よがしにして見せることなく、淡々と通り過ぎる。なんだか著者の苦労が報われにくいようにも思うけれど、著者が目指しているポイントは、多分そこではないのだろう。

 本書でも、収録されているある作品は、読み終えてから、ふと冒頭に戻ってみると、すれっからしのミステリマニア以外にはちょっと気がつきにくい大胆な仕掛けが施してあることにちょっと驚かされるのだが、もしかしてそれは読者の側の深読みに過ぎないのか・・・と疑心暗鬼(?)になってしまうぐらいのさりげなさである。何というか、ぬけぬけとというか(笑)

 また別の作品では、事件の解決が「二重の解決」の手法で処理されるのだが、実はさらにその奥があって、そこまで読んだときに、この作品の中心的な謎は、少なくとも、読者にとってではなく作中人物にとっての謎は、まったく別のところにある・・・ということを、その謎の重さとともに突きつけられることになる。

 著者の駆使する文章のテイストを楽しんでいると、そこに仕込まれた仕掛けのさりげなさ(見えにくさ)と、その仕掛けが意外に大掛かりであることとのギャップに、時々驚かされるという、何とも油断のならなさが、私にとっての著者の作品の魅力である。