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#571:小杉健治著『父からの手紙』

 小杉健治著『父からの手紙』(光文社文庫, 2006年)を読んだ。本書は2003年にNHK出版から刊行された単行本を文庫化したものとのこと。私は著者の作品はこれまで各種アンソロジーで数編の短編を読んだことがある程度で、長編作品を読むのは今回が初めてだと思う。

 ヒロインの女性と、殺人の罪を犯した刑期を終えて出所したばかりの男性の二人を視点人物として、視点人物を交互に交替しながらストーリーが進んでいく本作は、この別々のストーリーがどこで絡んでくるのかが、読者にとっての興味の的の一つとなる仕掛けになっている。ヒロインは婚約者が殺害された事件の真相を追い求め、男性は自分が犯した罪の決定的な動機に関する記憶の欠落に悩まされながら、それぞれの物語が進んでいくのだが、その背景に存在し続けるのが、ヒロインの元に毎年誕生日に届く、10年前に失踪した父からの手紙である。父はどこでどうしているのか・・・。

 フィクションとしての作為が目立つ箇所がわずかにある点が、私としては少し惜しまれるが、それは本作の魅力を損なうほどの傷ではない。堅固に構成された物語が、終盤に動き出して真相が明らかになっていく、その過程の中である人物の情が浮かび上がる構成の妙が光っている(最後の数ページは電車の中で読んでいて危うく涙腺が崩壊するところだった)。本作は著者の熟練の筆力を堪能できる良作と言えると思う。