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十一月十一日

今日こそは銀行に行かなくちゃ。
クレジットカード有効期限が今月で切れる。
青色のカードがないと、私はあの子の写真集が買えない。ずっとカートに入ったままの写真集。
住所変更しないままだったから行方不明になったわたしのカード。

好きな香りを身につけて、お気に入りのコートを羽織る。中には白いレースのワンピース。
衣替えしてもこのワンピースだけは押し入れに仕舞わない。

銀行って嫌い。
平日なのにずっと混んでる。
待ってる間、ふかふかのソファーで本を読もうとしたら、「待ち時間、貯蓄について話を聞いてもらえないか」と声をかけられた。

同い年ぐらいの女の人だった。
30分くらい頭の痛くなる話を聞いた。
おばあちゃんになる頃には1000万の貯金が必要とかなんとか。

わたし昨日、人生で1番高い買い物をしたばかりなのに。

来月また話を聞きに来ると口約束をして、住所変更をした。

随分前に住んでいた住所のままだったから、ずぼらなことがバレたみたいで恥ずかしかった。

急ぎ足で銀行を出て、真向かいのカフェに入る。

ようやく1人になった。


"ことばとからだ"
戸田真琴さんの"海はほんとうにあった"

いろんなページをすっ飛ばして、107ページを捲る。

彼女の描く情景に心を落とすには、あまりにも今まで起きたことが現実的すぎて時間がかかる。

クリームソーダを飲みながら、最初の数行を何度もゆっくり読む。

これは読書じゃなくて体験。
毎回、読み終えた後に気付くのは"彼女の明朝体ほど美しいものに出会ったことがない"ということ。
そして体内温度が1、2℃高くなること。

目の前が白く、黒く、青く、赫く、光る。

クリムト接吻 知らなかった。
美しい絵。誰にも汚されない綺麗な言葉。

読み終えた頃にはクリームソーダは液体だけが綺麗さっぱり無くなって、ギリギリ白を保ったアイスが底にどぼっと沈んでいた。

そういえば、お気に入りのカップにカビが増殖しているのを朝見つけて、キッチンハイターを大量かけたまま家を出たことを思い出した。

家に帰りたくない。

ほんとうの海に行きたい。

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