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人として弱いから歯医者に貢いでいます。

七分前まで歯医者にいた。今帰って来た。
とても落ち込んでいる。全く共感することのできない思想を持った集団に無理矢理ノセられてしまい、お金を支払ってしまったような気分だ。

真隣で治療を受けている50代のおばさんが「じ、次回ですか?」と言った。
「あと2回か、3回ですね」と50代のいおじさん歯医者が答えた。強い口調だったことから「次回ですか?」と我々に聞かれることを彼は恐れているのだなと思った。
「はい。」とおばさんは言った。
分かる。めっちゃ分かる。俺はもうこの歯医者に今月だけで4回も来ている。毎度20分の虫歯治療をしては「今日は右上の虫歯を治したので、次回は左下ですね~。はい終わりで~す。」と言われ、あとはベルトコンベアーの上に乗った商品のように受付に流され、金を支払い、予約を入れる、の繰り返しであった。
この歯医者に来る度に温泉旅館の夜食を思い出す。お通し、焼き物、蒸し物、御飯・香り物・果実、と何分割もしやがって、米のタイミングが焼き物のあとってどうかしてるだろ、と俺は歯医者に言いたかった。

「じ、次回ですか?」と聞いたおばさんの声は上ずっていた。緊張していたのだと思う。俺は「そうゆうの大事なんだよなあ」と心の中で思っていた。こうゆう瞬間に自分が嫌だと思ったり、おかしいと思ったことを口に出してい言わないと、帰り道の自転車を漕いでいる時とか、友人とナイスな夜を過ごした帰りの電車とか、風呂とかでめっちゃ落ち込むことになる。
「ああ、なんで言えないんだろう。」と何度も何度も自分を責めることになる。
これを解決するためには、またこういう瞬間が来たときに「ハッキリ伝える」という選択を意識的にするしかない。そういったことの積み重ねで己を強くしていくしかないと決まっている。だからあの瞬間おばさんにとってはかなりのバトルだったに違いない。俺は隣の席で「偉い!偉いぞ!」と思いながらも「これまでお前は一体なにをしてたんだ!!!」とムカついてもきた。

「次回ですか?」ではなく「じ、次回ですか?」というのを50代で言っているのは遅い。言い慣れていないのは、そういった自分をこれまで許してきたからに違いない。何歳であっても絶えず変わろうとすることは素晴らしいのは確かだし、彼女のそういった姿勢を俺は尊敬はしている。
のだけれども、こうゆうバトルはもっと若いうちから初めておかなければならないのである。
前回俺は被せ物をした時「今噛んでみてどうですか?」と聞かれ「いい感じです。」と言ったのだけど、本当のところは全く嚙み合わせが上手くいっていなかった。あの時「下顎が俺のじゃないみたいです」と言えていればどれだけ今現在歯が嚙み合っていたことか。肩を落として帰るガンタンクのようになったおばさんが、俺の真横を通り受付に流されていった。

「今日は最後の虫歯ですね~。やっちゃいましょ~」と医者は言った。今日が最終日であることは前回から言われていたので、これで終われるのだと俺は内心ホッとしていた。
治療中、唾液を吸い取るホースみたいので何度も上唇を吸引され惨めな気持ちになった。煙草を吸う時にたまに「ちゅぱっ」って音を立ててしまった時の気分と似ている。
「はい終わりで~す。手鏡持ってください。これね、この奥の歯のところなんだけど、見えるかな?中々歯ブラシで磨きにくいんだよね。うん。だから次回そこがちゃんと磨けているか見ますので、はい!!!今日はここまでとなります!」
ここだあ!!!!と俺は思った。「次回は来ませんよ。今回で終わりだと言ったじゃないですか。なんなんですか歯をちゃんと磨けているかの確認って。確認って一生金取りますって断言してるのと同じじゃないですか?」と言わなければならない!!にも関わらず俺の口は「はい!!お願い致します!」みたいなことを勝手に喋っていた。なんなら「歯磨きもっと頑張ります!」的なことまで言ってしまっていたかもしれない。「なんかコツとかありますか?」みたいな乗り気でないことを悟られないために、逆に質問していく感じのアレとかやっちゃってたらどうしよう。

いつも屈託のない笑顔を見せてくれる受付のお姉さんの「落合様、次回のご予約は何日になされますか?」という言葉を聞いて俺は心底震えた。
屈託のない笑顔というのは病気だと思った。昨日西武新宿駅の喫煙所で煙草を吸いながら見た、巨大モニターの中で歌って踊るももクロの笑顔と結構似ていた気がする。「なんか予定が決まらないのですいません。」と言って急いで歯医者を出た。心なしか受付のお姉さんの「ありがとうございました~」がバックヤードにいる時に言う感じのやつだった。ちなみにバックヤードというのは店舗のうち売り場に供さないスペースのことだ。もう俺は商品ではなくなったということなのだろう。つまり完治である。
噛み合わない歯を食いしばりながら、俺は自転車を漕いだ。


落合諒です。お笑いと文章を書きます。何卒よろしくお願いします。