スクリーンショット_2018-09-14_19

12月20日 千円。

胸ポケットから小さく折りたたまれた千円札が出てきた。
レジではマイナス千円がでている。千円以上の過不足は本社に連絡をしなくてはならないので、社員の二人がイライラを抑えながら必死で何度も点検をしている。

「どう説明しよう。」という事で頭が一杯になった。何故自分の胸ポケットから千円が出てきたのか説明がつかない。現在僕は電気、水道、ガス、全ての公共料金をギリギリ目一杯まで滞納している。休憩中はいつもポテチを食べているので、「ご飯を食べなさい!」とおば様方に良く言われる。
金欠であるという事は社員2人も知っている。
つまり千円を盗む動機が僕にはありすぎると言うことだ。

僕は一度落ち着くためにトイレに行った。何故千円が胸ポケットから出てきたのかを把握する必要があると思ったからだ。もう一度、胸ポケットを探ってみるとそこには小さなレシートが入っていた。これで全て謎が解けた。

僕はレシートを、レジの上のお金を一時的に留めておく場所に貯め、邪魔になったらそれを胸ポケットに入れてしまう癖がある。僕は折りたたまれた千円札をレジの上に止め、更にその上にレシートを重ねてしまった訳だ。
そしてレシートを胸ポケットに入れた時、同時に僕の所持金がプラス千円になったといった具合だ。
「成る程ね〜。謝るか〜。」と思いながら店に戻ると、
鬼気迫るような表情で「千円見つかりましたか!!?」と僕は言っていた。

時間が経過し過ぎたのだ。

今このタイミングで「千円は僕が持ってました。」だなんて言うと、確実に怪しい。トイレに行ったのも、「今一度自分と向き合って、罪の意識に負けた奴」に見えるし、それイワンヤ「盗人宣言」でもあるのだ。
この一ヶ月で築き上げた人間関係が崩壊するのも嫌だし、この人達とはこの先何ヶ月も共に仕事をしなくてはならない。「今日ドロボーとシフト同じっすよ。流石にロッカーの鍵閉めちゃいましたよ。」だなんて裏で言われたらたまったもんじゃない。
そんな事に思いを張り巡らしていると、人間というのは不思議なもんで
「これは俺の千円であり。レジのマイナス千円とは関係がない。レジの失われた千円と、僕の胸ポケットに入ってた千円が同じものという証拠はどこにもないじゃないか。」といった調子で合理化を始め、終いには自分の財布から胸ポケットに千円を入れた記憶まで出てきやがる。

「お疲れ様でした〜〜!」と颯爽とコンビニを後にすると、僕は駆け足で蕎麦屋に向かっていた。金欠のはずの僕が、この千円を早く使ってしまいたいという気持ちに駆られていたのだ。
渋い感じで「カツ丼そばセット」と言うと、甲高い声で「はいお待ちを〜」と店員は厨房の奥の方へと消えていってしまった。
店内は濃いオレンジ色の照明で、席はお座敷。僕以外に客がいないので、聞こえるのはテレビから流れるニュースの音声だけ。

この世界に自分一人だけが取り残されたみたいだった。

世界に自分一人、今一度自分と向き合わなくてはならない時、
一体我々は何と向き合わなければならないのか。そう。

あれは結局誰の千円だったのか。

という事だ。
何だか蕎麦が気持ち良く喉が通らないような気がしてきた。
「せっかく蕎麦を食べるというのに、それは勿体無い。」
「勿体無いも何も、それは店のお金じゃないか。」
「阿呆。これは自分の財布から出てきた金じゃい!!」
「確かにそれもそうか。気にせず蕎麦を食ってビールを飲んで今日の事は終わりにしよう!!」

僕は錯乱していた。

「すいませんでした!明日千円持ってきます!!」と電話を切り店内に戻ると、テーブルの上には蕎麦とカツ丼が並んでいた。
結局自分の金で食う飯は旨かった。
二人共僕に怒る事もなく、「次からレシートはきちんとレシート入れに」とだけ注意されるだけだった。

それから二週間くらいが経過した今日、福田さんが店の通帳を見せてきた。「落合君!これ見て〜〜〜!!」
この店のオープン当時からの売上の全てがそこには入っている、
「えええ!凄い額ですね!こんなに0の数が並んでるの初めて見ました。少し抜いてもバレないんじゃないですか〜笑」

返事がないと思って、白山さんの顔を見ると、
驚きと確信を混ぜたような顔で俺の事を見ていた。



落合諒です。お笑いと文章を書きます。何卒よろしくお願いします。