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介護ネゴシエーター

どこのデイサービスでも直面するのが、入浴拒否をする利用者様への対応だ。手を変え品を換え、人を変えてもうまくいかないことは、経験したデイサービス職員なら、きっとうなずいてくれると思う。やがて職員のイライラは募り、「入浴のお誘い」の口調から「入浴の説得」、「入浴の強要」、「入浴の脅迫」へと語気は荒くなった経験はないだろうか?

ここでいったん深呼吸して、もう一度、入浴介助について、整理してみたい。いや、手順や方法論ではない。まず、入浴介助は、いや、入浴は何のために行うのか、ということである。

入浴介助は、何のために行うのか?

その問いに対する答えが、「プランにあるから。」とか「義務だから。」といった類のものであれば、入浴拒否の利用者様と職員が両想いになることはかなり難しいと言わざるを得ない。

入浴介助は、利用者様本人のためであり、保清のためであり、認知症や身体的な不自由さにより、入浴動作を行うことが難しい方に対し、あくまでも「自立支援」のために行うもの、というのが、僕なりの定義になっている。

利用者様本人のため、という不動の目的を根っこに持っていれば、出発点は、「どうすれば、目の前の人に、気持ちよく入浴してもらえるだろうか?」に尽きると思う。

そう思えば、決して、「お風呂に入れないと、利用者様の家族にバツが悪いから。」とか、「ケアマネに叱られるから。」という出発点には立てないはずだ。

そう、入浴拒否が、拒否のまま終わるのは、本来であれば、「どうすれば、目の前の人に、気持ちよく入浴してもらえるだろうか?」という出発点から考えなければならないことを、いつの間にか「どうすれば、この人をお風呂に入れることができるだろう。」という、こっち都合の出発点にすり替わっているからこそ、そうなってしまうと考えている。

先日、入浴拒否のあるD様に関わることがあった。職員が入れ替わり立ち替わり説得してもダメ(そもそも、説得自体、こっち都合である)。

職員の言葉を聞いていると、「娘さんに、お風呂に入れるよう、頼まれたから。」と、説得しようとしている。

この説得の何がマズいかお分かりだろうか?

そう、D様本人の気持ちがそっちのけになっている。

肝心なのは、D様が風呂に入りたいかどうかであって、娘がどう言おうと、何を頼もうと、D様にしてみれば、知ったこっちゃないのだ。

また、別の職員は、「温泉、気持ちいいですよ〜♪」と試みる。
しかし、認知症のあるD様に、「温泉」=「気持ちいい」=「行きたい!」というフォーミュラがあるかどうか、そもそも不明である。

人によっては、温泉地で盗難にあった、50℃近いお湯に浸かって肌が真っ赤にただれた、なと、「温泉」=「最悪な思い出」、の可能性だってあるのだ。

案の定、D様は、その後も徹底して入浴を拒否した。

僕は、考えた。

「とりあえず、入浴は置いといて、D様にいい気分になってもらおう。」

D様は、会話好き。

しかも、生まれ育った萩については楽しそうに話す。

僕は萩にそこそこ詳しい。妻が萩出身ということもあり、萩の名所旧跡、町名まで割とよく知っている。

かなりローカルな話をすると、D様は目を見開いて「よくご存知ね〜」と驚く。D様が、僕のことを、にわか萩フリークではなく、自分と話ができるレベルの萩通だと認めてくれる瞬間である。

そのまま会話を続けながら、自然にD様の掌をマッサージしていく。
マッサージといっても、手根骨をモビライゼーションするだけだが、D様は目を細めて気持ち良さそうにしている。

まだ、入浴の話題は出さない。

そのまま、足のマッサージをすると伝えつつ、脱衣室へ誘導する。

脱衣室では、足のマッサージ(足根骨のモビライゼーション)をするため、靴と靴下を脱いで頂くようお願いする。

D様、言われた通り、脱いで下さる。

脱衣の第1関門クリア。

次は、さっきマッサージした手を軽く拭きたいと伝えつつ、お湯を浸した洗体タオルで前腕と掌を優しく拭く。

D様、気持ち良さそうにしている。

ついでに肩の上の方も拭きましょう、と提案。

D様、快諾。

ちょっと拭きにくいから、上着とシャツ、脱いでもらって良いですか?と言いつつ、手早く、脱ぐのを介助。

脱衣の第2関門クリア。

同じ要領で、さっきマッサージした足を軽く拭きたいと伝えつつ、下着およびズボンを脱ぐのを手早く介助。

脱衣、すべて完了。

この時点で、入浴に関する拒否はなく、洗体、浴槽へ入ることまで可能。

上記、経過を追ってもらえば分かるが、僕はD様に対し、すべて、一貫して「快刺激」で臨んだ。

不快刺激をリセットしつつ、絶え間なく快刺激を重責させ、結果、本人にも職員にもご家族にも、「三方良し」の方法を考え、実行していく。

介護ネゴシエーターの醍醐味は、ここに尽きると思う。

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