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ゲームにおいても大切な「言語化する力」

先日、プロゲーマーによる、鉄拳の講習会に行きました。ゲームの内容は別として、仕事でも活かせる大切なことを学びました。というより、思い出したという認識が正しいのかな。

それは、考えていることを「可能な限り言語化する」ことです。

講習では、ゲームの特定の状況をプロが提示し、「このあとどうすれば良いのでしょうか」と出題しました。受講者は、自分がこれから起こすであろう行動を、理由とともに説明します。

講師はそれに対して、明確な論拠を持ち反論します。受講者はその反論に対し、自己の戦略が正当であることを説明します。ゲームだけでなく、思考で対戦するのです。

思考の対戦でも、プロゲーマーに全く勝つことはできません。大変ためになったと思うのが、「自分の考えを言語化すること」の大切さでした。自分は何を考え、どう振舞っているのか。
ただ何となくゲームをやっているのではなく、自分が何を考えて行動しているのか、ゲームの解像度が大きく変わりました。
どこが分からないのかが明確になれば、discordのコミュニティなどで上級者に説明するときも伝わりやすく、適切な答えが返ってきやすくなります。

しかし、実際のところそれがうまくいかないことにも気が付きました。なぜなら、僕は反射神経がとても弱いからです。
展開が速い場合に、思考が追いつかず言語化することが困難になります。そういう場合に不意に手を出して反撃を食らったり、棒立ちになって一方的に攻められることが多いのです。そして、その時何が悪かったのかが全く分からない。

これに対する対策としては、リプレイを10~30秒刻みで何度も見ていくしかないのかなと思いました。細かいところまで言語化する、それが僕の強くなる道ではないかと思うのでした。

中年ゲーマーの道は遠い。還暦までに強くなれるのでしょうか。

さて、この「出来るところまで言語化する」ということは、仕事においても重要なことです。

研修医さんやレジデントの先生と話した時、自分と何が違うのかなぁと考えたところ、知識の量もありますが、それよりも「言語化能力」でした。
このシチュエーションに対して、どの疾患が疑われ、どういう検査をするのか。
ある治療を行ったとして、どういった効果が予測され、うまくいかなかった場合は、何が考えどう対処すればよいのか。

などなど、経験や鍛錬を生かすには「言語化」が必要だったことを今更思い出すのでした。そうか、こうやって努力してきたんだなぁ。

そして、仕事においてもいずれ、老化とともに言語化能力が落ちていくのかなと思います。老いるってのは本当に嫌ですね。考え抜いて努力していきたいものです。


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